§V-18. 茜色の桜の丘で


 夕陽に照らされた桜ヶ丘はいつも以上にキレイに見えている。


 きっとこれは気のせいなんかじゃない。――いや、まぁ、たしかに。その時の気分で見える景色は違ってくるなんて言う話は知っているし、今日は間違いなくいつもの数万倍は気分が良いので景色に下駄が履かされているのは事実だと思う。


 でも、キレイなんだから仕方ない。それはしっかりと認めてあげるべきだとも思うのだ。


 敬明学園桜ヶ丘高校の付近には、校名の由来にもなっている桜ヶ丘公園というかなり大きい公園がある。その名前には一切の偽りがなく、春にはとてもキレイな桜並木が公園中を桜色に染める。


 残念ながら桜ヶ丘高校にあたしたちが編入してきたのは夏の終わり際だったから、まだこの高校の生徒として桜並木を見ることができていない。卒業までここに居られることは確定しているから、今から来年が楽しみだったりする。


 ――もちろん、ただひとりでそれを眺めるだけで満足するはずがないのだけれど。


「良い景色だよねー」


 思わず口をついて出てくる感想。


「そう、だねえ」


 穏やかな口調ですぐに答えてくれるリョウくんは、とてもやさしいと思う。


 昔からそうだ。


 自分の記憶を辿れば辿るほどに、リョウくんの優しさがあたしの胸を容赦なく突いてくる。優しさのクセに一切の容赦がないのがちょっと面白いと思う。


「春も良いんだけど、実は夏とか秋も良いんだよね。ここの公園って」


「そうなんだ」


「秋はほら、……紅葉狩りっぽいことができるし」


「あ、なぁるほど」


 リョウくんが指し示したあたりは丘の下あたり。丁度イチョウの並木があるあたりだった。まだまだ緑の葉が多いようだけれど、日陰になりやすそうな辺りはよく見れば早くも緑が褪せてきているようにも見える。


「そっか、そっかぁ……」


 良いことを聞いた。並木道デートなんていうのもいいんじゃないかな――なんて。


 そんなことに思い至ろうとして、ふと気付く。


「ねえ、リョウくん」


「うん?」


 そのまま『何?』とは訊かない。あたしが話を切り出したのだから二の句を告げるのは当然だろうけど、それを焦らせるようなことはあまりしてこない。


 ――やっぱり、優しい。


 だからこそ。


「いっつもワガママ言ってゴメンね」


「……んー。ん?」


 歯切れが悪い。意味を咀嚼しようとして飲み損ねた、みたいな反応。


「あれ?」


「ワガママってどれだろうな、って思って」


「……っ」


 ほら、また。そうやって何でも無い感じを見せるんだ、この人は。


「たしかに、なかなか難しいこと言うなぁとか、突然だなぁって思わないわけじゃないけど、それをワガママだって思ったことは無いなぁ」


「……だってさ。愛瞳ちゃん」


「あっ。ちょっとー、マミちゃんその言い方ってズルくない!?」


 きっとこの3人ならば、あたしとリョウくんより、マミちゃんとリョウくんの方が良く似通っている部分が多い。こういう風に俯瞰してモノを見ることがすぐに出来る点もそうだと思う。


 あたしにはきっと、どうしたってそういうことはできない。もちろんただ指を咥えているだけなんてことはしないけれど、いくら追いつこうとしてさっきまでマミちゃんが居たところに辿り着いたとしても、もう彼女はそこにはいなくて――みたいなことを繰り返すことになる。


 スゴイなと思うし、羨ましい。


 だからこそ――。


「別にぃ。私は愛瞳ちゃんほどには無茶なこと言ってないと思ってるし」


「……ねえねえ、リョウくん。マミちゃんはああ言ってるけど、リョウくん的にはマミちゃんはどーなの?」


 逆襲っ――になっているかはわからないけれどっ。




     ☆




「……ねえねえ、リョウくん。マミちゃんはああ言ってるけど、リョウくん的にはマミちゃんはどーなの?」


 なるほど、そう来ましたか。


 得意げに鼻を鳴らす愛瞳ちゃんは、相変わらず陽気。というか、本当に元気な人だと思う。片付けのときもきっと私より手も足も――もちろん口も動いていた。見習おうにも見習いきれない。


「マミちゃんからの弁明はなし……っと。リョウくん的にはどうなのー?」


 ここで私が何かを言ったところで何かが変わるとは思わない。そのままキラキラとした目で遼成くんに訊きまくる愛瞳ちゃんは一旦そのままにしておいた。


 とはいえ少し気になるのは、愛瞳ちゃんの質問の答えに対して窮しているようにも見える遼成くんだった。


 もしかして、やっぱり私も迷惑をかけていたのだろうか。


 いや、もしかしてもなにも、迷惑はかけているだろう。今回の夏季体育祭だって、準備段階からいくらか無理なお願いを通してもらっているし、呆れられていても仕方ないと思う。


 ああ、イヤだ。何だか自信が無くなって――。


「うーん……」


「やっぱり、迷惑だった……?」


 さっきまでテンション高めだったはずの愛瞳ちゃんまでもが、何故が自信無さげに訊き直している。


「いや、何というか……」


「何というか?」


 輪唱のような言い方で訊いてみれば、遼成くんは私たちの顔を交互に見て――。


「俺の方こそ、いつもお世話になっているというか、迷惑かけたりしているような気がするんだけどな」


 ――こう言った。


「……へ?」


「え?」


 間の抜けた声が、遼成くんの耳にも届いただろう。



 そんなことを言われるのは、さすがに想定していなかった。


「そ、そんな! 絶対、……ぜっっったいにそんなことないよっ!?」


「そうそうっ! 遼成くんが私たちに迷惑かけてるなんて、あり得ないってば!」


 慌てて取り繕うみたいな言い方になってしまう。今の言い合いだって結局遼成くんの迷惑になってしまっているのだし、混乱させたりしているのはいつだって私たちの方だ。


 それなのに。


「だったら、俺に迷惑をかけてるなんてことも絶対にあり得ないんじゃないかなぁ」


「そ、そうなの?」


 思わず訊き返してしまう。めんどくさい子になっているような気がしているけれど、それでも訊かないといけないような気もしていた。


「……恥ずかしいこと言うと思うから、聞き流してくれて良いんだけど」


 だけど、遼成くんから返ってきた言葉はこんな前置きから始まって。


「中学の終わり際ってホントいろいろなことがつまんなくてさ。本当に投げやりになりそうになったんだ。実はこの学校も致し方なく選んだっていうところもあって、最初はそこまでやる気がなかったというか、……楽しくは無かったんだ」


 その独白は、全く思っていない内容だった。


「でも、何やかんやあって放送局に入って。そうしたらラッキーなことにコンテストで賞貰って」


 そう。だからこそ、私は――私たちは。


「そのおかげで、こうしてふたりにまた逢えたんだから」


 遼成くんに逢えたんだ、って。


「迷惑なコトなんて、無い」


 きっと、愛瞳ちゃんも今、私と同じことを想っているのだろう。


 私はそんなことを確信した。




     ☆




「ただいまっ!」


「あはは、おかえりー」


「……もう、愛瞳ちゃんは」


 マナちゃんは、家主よりも早く帰宅の挨拶をすることに命を賭けているのだろうか――なんてことを冗談で思ったりもしてしまう。


 何だかんだで無事にまみちゃんの家まで来ることができた。途中何度か視線を浴びることがあったものの、ふたりの名前を呼ぶような声は聞こえなかった。たぶんだけれど、それだけハイレベルな女の子が俺みたいなヤツを挟んでふたり楽しそうにしていれば、視線を集めるのも当然だろう。


「遼成くんも、おかえりー」


「あ、えーっと……、……ただいまです」


「はい、よくできました」


 ――良いのか、それで。


「それにしても、みんなお疲れさまだったねー。学年別では優勝でしょ? スゴイわぁ」


「えへへー。みんながんばりましたっ!」


 ミネラル補給は大事よと、何だかちょっと高そうなスポーツドリンクっぽいものを手渡された。各自の成績は小夜子さんや愛花さんに適宜送られていたらしい。


「あ、ほら、リョウくん! メダル見せてあげたら?」


「そうそう! 見せてほしいなぁ」


「ですね、ちょっと待っててください」


 もちろん競技の結果については俺のモノも例外では無かったらしい。


「ホントは一番イイ色が良かったかもですけど」


「ううん、ステキな色でしょ」


 銀メダルを眩しそうに掲げる小夜子さんはそんなことを言ってくれる。実はほんの少しだけ悔しさが自分の中にあったことを初めて自覚しながらも、それがすぐに消えてくれたことを感じた。


「あ。あと、ふたりとも今日から放送局員ってことになりましたので」


「ね。遼成くん、これからもよろしくね」


「こちらこそです」


 俺と小夜子さんでぺこぺこしているところに、一度自室に入っていたまみちゃんと、いっしょにくっついていたマナちゃんが帰ってきた。当然のようにふたりからもよろしくの応酬を受ける。


「早速訊きたいことあるんだけど、この後また大きな活動はあるの?」


 その流れの終わり際、まみちゃんがふわりと訊いてきた。


「……クリスマスくらいの時期までは無いかな。だから、基本的には本読みとかをしたりして、日常的な活動に慣れてもらう感じになると思うよ」


 だからこそ、体育祭の後での参加という形式になったのだけれど。


「なるほどねー」


「落ち着いた活動ができるはずだから、いろいろと答えられると思うよ」


「わ、やった! じゃあ遠慮無くいっぱい訊いちゃお」


 マナちゃんが満足そうに言うが、その隣でまみちゃんが何やら思案顔をしている。


「どしたの?」


「そういえば、体育祭が終わって落ち着いたら、遼成くんって取材受ける話無かったっけと思って……。さっきコンテストの話になったときに思い出したんだけど」


「え? …………あ」


 そういえば、そんなことあった。


 テレビ局の取材を受けるとかいう、アレ。


「……ヤバ。完全に忘れてた」


 変な緊張もしてきた気がする。もう少し心に留めておけば――と思っても後の祭りか。


「ねえねえ、リョウくん」


「……ん?」


「取材の攻略法、訊きたくない?」


「訊きたい」


 そりゃもう。最速の反応で返すくらいには訊きたい。


「だったら、あたしたちにお任せあれ! ……ね、マミちゃん」


「そだねー。放送局のことを訊く代わりに、遼成くんは私たちにいろいろ訊いてね」


「……ありがたやー」


 もう最敬礼さ。そりゃそうさ。


 芝居がかった礼をして、ふたりがコントのようにふんぞり返って。


 そして、いつの間にやらやってきていた愛花さんと、小夜子さんを合わせて5人で笑った。









<第1部・完>

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絶対的にカワイイふたりの幼なじみと再会したら、人生最後のモテ期が波瀾だらけになってしまった ~アブソリュート・ガールズとオルタナティブ・ボーイ~ 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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