3 勇なき者でも

「数で押せ! 勇者と言えど、一人だぞ! 勇者が駄目ならそこの女を狙え!」


 どうやら命令を出している騎士が一人いるようだが、今はそいつを倒すより逃げる方が先決だった。しかし、思った以上に簡単にその包囲網を抜けることが出来なかった。カイには距離関係なく攻撃できる力を得ているが、この状況ではあまり意味を成さない。遠くに攻撃している間にすぐに近くに寄られてしまい、攻撃を許すことになるだろう。さらに、卑怯なことに騎士たちの一部はカイだけでなく、フィルにも攻撃を当てようとしていた。さらに攻撃に乗じて、フィルをカイから攫おうと手を伸ばしてくる者もいるのだ。もはや、騎士とは名ばかりの集団。


「フィル。僕から離れないで」


 フィルは彼に言われずとも、ずっと彼にぴったりとくっついていた。文字通り、彼に引っ付ているのである。彼の偏りも背丈が低いため、彼の攻撃範囲には入らない。そのため、彼女がそうやってくっついていても邪魔には感じなかった。しかし、フィルがいてもいなくても、彼の不利は変わらない。勇者の加護が無ければ、既に死んでいたかもしれない。武器も防具もない状態で、よくここまで捌けているなと自分でも関心するほどだ。しかし、このまま続けることは出来ない。


「土よ」


 彼がそう呟くと、彼の足元がせり上がり、辺りの騎士はバランスを崩した。密集していたために、戦闘が転ぶと雪崩れて全ての騎士が転んでいく。思い切り転んでしまったため、騎士たちの体勢は総崩れ。彼は加護の力を使い、壁を壊して外に出ることに成功した。しかし、今相手にしていた以上の騎士がいた。


「元勇者よ。脱走するとは、もはや貴様はこの都にはいらん。この場にて、騎士たちに処刑させよう。そこの女も貴様を殺した後に殺す。愛と言うのが何かは知らないが、共に生を終わらせ、それをせめてもの救いとしよう。では、騎士たちよ。処刑せよ」


 彼らの頭上から、抑揚のない低い声でそう告げた。バルコニーに立っていたのは彼をこの世界に召喚し、旅に出し、牢屋に入れた本人。彼の人生をめちゃくちゃにしたと言ってもいいかもしれない。長は言うことを言い終わると、バルコニーから立ち去ろうとした。だから、カイその背中に、声をかけたのだ。


「……僕は貴方に少し感謝している。この世界に呼ばれなければ、フィルにもサラにも会えなかった。世留とも戦えなかったし、こんなスリルある人生にならなかったと思う。だから、少しだけど、感謝してる。それだけ、言いたかった」


 長はその言葉が終わる寸前にバルコニーから出ていった。カイの言葉が彼に届いたのかはわからない。少なくとも耳には入っていただろう。それが心を打つかどうかは別の話だろうが。騎士たちは既に戦闘態勢だった。二人に向けて剣先を向けている。これを抜けて、この都を出ることができれば、後は逃げるだけだ。この数を前にどうするかと言う話だが、彼には考えがあった。火の魔法よりは土の魔法の方が苦手だが、この包囲網の中を逃げるのなら、空中が一番だろう。空へ逃げることを考えていないかのような接近戦をする騎士だけの部隊。明らかに空に逃がそうとしているように見えるが、彼はこの都には魔術師の部隊などの遠距離での戦闘を行える部隊はないのだ。それは彼がこの都にいる間に確認している。この騎士たちに交じって、戦闘訓練をしていたのだが、その間に教官に訊いたのだ。間違いはない。だから、空はこの都の包囲網の中の大きな穴なのだ。


 彼の足元が再びせりあがる。騎士たちは二度も同じ手を食わないとばかりに、地面の変化に対応して、転ぶものはいなかった。しかし、足元に対応している間に彼は空に土の魔法でできた足場を出現させて、空に道を作り出した。万が一攻撃が来てもいいように、土の壁を作り安全な空の道を走る。フィルを横抱きにして走っても、十分な広さだ。都を抜け出すのは簡単だった。


 都を抜けると、都の方からいくつもの怒声が聞こえてきたが、彼らが都から出てくるまでには少し時間があるだろう。彼は森の中に入り、騎士たちの目が届かない場所に移動した。彼が元居た世界とは違い、魔獣も出る危険な森が町と町を繋ぐ道の近くにあるのだ。隠れるのにはおあつらえ向きの場所だった。森の奥に入り込み、フィルを地面に降ろした。彼女は自分の足でその場に立っていた。彼女はすぐにカイに抱きついて、彼の顔を見上げて笑う。彼もそれに応えるかのように彼女に笑いかけた。そして、フィルは目を瞑った。カイもその意味を分からない鈍感野郎ではない。少し躊躇ったものの、彼も目を瞑り、彼女の唇に自らの唇を重ねる。小鳥がくちばしでつつくような一瞬だけ触れ合う。カイは恥ずかしさに耐えられなくなり、目を開けて天を仰ぐ。顔が熱いのを自覚しながらもそれを猛烈にごまかすような動作だ。フィルは彼の唇の感触を確かめるように、自分の唇に指を当てた。本当に好きな人とキスをしたという実感が彼女の頬を赤く染めていく。二人は森の中にそそぐ木漏れ日の中で、照れながらも抱き合っていた。


 こうして、カイとフィルはあの都から解放された。この先、二人がどうするのかは二人にもわからないだろう。それでも、二人は肩を並べて、歩いていくだろう。その先に、今以上の幸せをつかみ取るのだ。

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黒い覚悟~Bravery hero~ bittergrass @ReCruit

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