2 抵抗するなら

 牢屋の近くには誰もいないため、フィルの居場所を訊くこともできない。不安がこみあげてくる。自分が勇者を続けないとなれば、彼女が人質に取られてもおかしくないだろう。この都の長は人の心が無いように思える。魔王の復活の手がかりを探しに行くように言われたときも、彼は自分たちの生死には全く興味がなさそうだった。フィルにもサラにも、配慮はなかった。渡された装備も大したものではないと気付いたのは後からだったが。


(そんなことより、フィルを探しに行かないといけない。この程度の檻なら壊せるが、脱走したことが知られたら、フィルに何をされるかわからない。それならば、フィルを助け出せる算段を立ててから行動を起こした方が良いな)


 彼はフィルのために、その檻の中でじっとすることにした。既にどれだけ時間が経っているのかわからないが、空腹を感じていないことからそこまで時間は経っていないのかもしれない。彼が牢屋で大人しくしていると、牢屋の近くの扉が開いた。中に廊下の明かりが入りこんで、牢屋を照らす。そこにいたのは、銀色の鎧を着た騎士二人だった。二人に挟まれて、両手を縛られたフィルがそこにいた。見た目には傷はないが、少し疲れているように見えた。騎士の一人が彼を見て、口角を上げる。しかし、目は笑っていない。その騎士は、剣を抜いてフィルの服を少しだけ斬った。彼女の太ももがほんの少しだけ晒された。フィルは牢屋に張り付いて、檻を力強く握る。しかし、彼はまだ自制出来ていた。怒りは既に体を支配しようとしている。しかし、何が目的なのかはわからないが、怒らせるのが目的なのは明らかだ。フィルもカイに向けて首を少しだけ振るって大丈夫だから来るなと意志を示している。それが一番彼に自制させている原因ではあった。彼がその光景を見ても動き出さないと見るや否や、もう一人の騎士も剣を引き抜いた。その剣の頭で彼女の腹を突いた。そこまで強い力ではないものの、彼女の口から空気が押し出されて、声が出た。


「おい、やめろ。それ以上、フィルに何かするならただじゃ置かないからな」


 カイは我慢できず、低い声で二人を脅した。しかし、騎士は少しも怖がった様子はない。服を斬った騎士が剣を持たない方の手で彼女の頬をぶとうと手を振り上げた。その瞬間、カイは檻をこじ開けて、騎士を殴っていた。いつの間にか移動してきたのか、騎士たちは理解できていない。フィルは彼の胸の中にいた。


「すまない。だが、これ以上は我慢できなかった」


 彼の拳からは血が滴っている。鎧を素手で思い切り殴ったのだから、そうなるのは当然だ。しかし、騎士の一人は地面に転がり、気絶していた。


 もう片方の騎士が、くつくつと笑い始めた。目を覆うように手を当てて、大声で笑う。その笑い声を、いきなり収めて、彼は廊下で叫んだ。


「元勇者が脱走しようとしているぞ! 近くにいる者は加勢を頼む!」


 騎士がそう叫ぶと、そこかしこから騎士がぞろぞろと現れた。


「正当防衛とでも言いたいのかな。でも、それなら僕も対抗するよ」


 彼は戦闘するときにいつもしているように、腰から剣を抜こうとしたが、そこには何の感触もなかった。牢屋に入れられたときには既に剣はなかったのだ。彼はそれに気が付くのが遅すぎた。しかし、剣が無くとも戦う手段はある。元の世界にはなかった魔法だ。世留に勝つために、訓練した魔法が彼を倒すためにではなく、愛する人を守るために使えるとは思っていなかった。


「火よ」


 彼の目の前に幾つもの火球が出現した。それらは彼を中心に円状に並ぶ。


「なぎ倒せ!」


 彼がそう命じると、火球は彼を囲む騎士たちに向かって飛んでいく。その火球がヒットすると同時に、小規模な爆発が起きた。一つ一つは威力は低いものの、何度も直撃していれば、燃え死ぬのは明らかだった。さらに爆発のせいで、騎士たちの目くらましにもなっている。彼はその間に、フィルの手を握り、廊下を走る。爆発の影響が無くなる範囲に逃げても、そこには既に騎士たちがいた。見つかると同時に、先ほどの騎士と同じようなことを言って、さらに騎士が集まってくる。そして、さきほど火球を当てた騎士たちの一部が既に彼に追いついているのだ。状況は先ほどよりも悪くなっているだろう。しかし、ここから逃げ出せなければ、フィルと共に過ごすこともできないだろう。とにかく、逃げることを最優先に素早く思考する。今いる場所は、幅は広いが廊下だ。すぐ横を見れば騎士はいるがそこを抜ければ窓を突き破って外に出られるだろう。そして、幸いにも自分たちのいる場所は一階だった。幅が広いとは言っても前進、後退するよりも明らかに騎士の数は少ない。


(あまり力は使いたくなかったが、そうも言ってられない)


 カイは胸に手を当て、勇者の加護を使おうとした瞬間、騎士の一人が叫んだ。


「おい、勇者の力を使うつもりだ。すぐに殺せ!」


 その掛け声に寄り、騎士の輪が凄い勢いで狭まる。しかし、彼は落ち着いていた。


「今こそ、勇者の誇りを見せる時。勇者の加護よ!」


 彼の体から白い光が出現して、それらが彼の体から離れてすぐに彼の体に取り込まれた。

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