黒い覚悟~Bravery hero~

bittergrass

1 もう勇者ではない

 世留との最後の戦闘の後、フィルとカイはしばらく抱き合い、お互いの体温を感じていた。二人にはそれがどれだけの時間だったのかはわからないが、どちらからと言うわけもなく、お互いがお互いの体を離した。


 彼は世留との戦闘の後、自身の勇者としての拘りを失くした。彼に負けたのだから、もう勇者としては生きていけないだろうし、彼自身も勇者である必要はないと思っていた。そして、彼は自分が勇者でないということを軽く考えている。勇者という肩書がどれほどの物かを理解していない。フィルはそれを理解していても、自身の心を優先するなら、彼にその肩書きを持たせたままにはしたくなかった。勇者であれば、ずっと危険な状況に身を置くことになるだろう。もう彼が傷つく必要はないのだ。


 二人は手を握り合いながら、彼らが旅だった都、ファーネランドへと向かっていた。いくつかの町を抜けて、都に着いた。二人が都に帰ってきても、彼らを祝福する者も貶すものもいなかった。彼が勇者だと知っているのは一部の人間だけなのだ。そして、その一部の人間は城以外で彼を見ても騒ぐことはない。二人は、手を繋いだまま、彼らに旅立つように指令を出したこの都の長に会いに行くことにしていた。城に入ると、彼らに対する待遇がかなり変化する。二人を案内する騎士が二人。そして、彼らの後ろから二人を世話するためのメイドが二人。メイドは足音もなく、付いてきているような気もしない。そして、騎士に連れられ、ようやく彼らを旅立たせた長のいる部屋へと通された。


「帰ったか」


 長は王様の座るような大きく豪華な椅子に背筋を伸ばして座り、入ってきた彼らを冷たい視線で見ていた。それを受けてもカイは怯むことはなかった。


「ええ、はい。ただいま戻りました。その、報告したいことがあります」


 フィルの手を握り、彼は意を決して、口を開こうとしていた。


「そうか。聞こう」


「僕は勇者を止めます。そして、彼女と一緒に暮らしたいです」


 長は肘置きに肘を立てて、拳に頬を乗せた。彼の視線が更に冷たくなった。


「勇者を止める、と? それがどういう意味なのか分かっているのか?」


 低い冷徹な声が、カイの耳を打つ。彼はそこまで深いことを考えていない。小苦行を変えるだけで、ゲームに出てくるように軽い気持ちで職業を変えられると考えていた。しかし、この国でネクロマンサーが嫌われているのと正反対で、勇者は神聖なもので、簡単にその役目を放棄できるようなものではない。たとえ、魔王が出てこずとも、その命が尽きるまで一生この国を守ることに尽力しなくてはならない。魔物が出れば魔物を対峙し、他の町が責めてくればそれに対抗する。病が流行ればその原因を突き止める。この都を襲う全ての脅威と戦わなくてはいけない。それが勇者に課せられた役割だ。だから、本来魔王や災厄が出現してから呼ばれるのが本来の勇者だ。しかし、この長はこの都のために、先に召喚してしまった。そして、召喚したんが、大した人間ではなかったことに落胆した。しかし、召喚してしまった手前、返すこともできず、こうして魔王出現の兆候やその手がかりを探させていたのだが、平和であるせいで、腑抜けになって帰ってきたようだ、と長は感じた。そもそも、フィルは彼のお目付け役のような立場であったはずだが、旅をする間に絆されてしまっている。この都を動かすようにはうまくいかない。さらに今の彼は虫のいどころが 悪いのだ。何せ、ネクロマンサーに聖女を連れ去られ、そのネクロマンサーも処刑できないまま、逃げられたのだから、腹立たしい。しかし、それが表には現れない。だが、この勇者の言葉のせいで、ネクロマンサーのことも思い出してしまい、再び怒りが溜まっていった。


「勇者の役目を放棄するというのなら、私はお前を処刑しなくてはならない。勇者出ない異世界の人間など何をするかわかったものではないからな。そこの女も一緒に処刑しよう。せめて一緒に死ぬが良い」


 長はつまらない話をするような退屈そうな態度で、彼らにそう告げた。カイは長の言ったことに衝撃を受けていた。元居た世界ではそういうことは許されないことだと言われていたのだ。過去にそう言う人はいたらしいが、それは彼には関係のないことだ。彼は愕然としていた。世留との戦闘で既に彼は身だけではなく心も弱っていたのかもしれない。長が彼らを牢に入れるように騎士たちに命じ、その騎士たちの力に抗うこともなく、彼は部屋から出された。そして、世留は城の地下にある牢屋の中にぶち込まれてしまった。牢屋の中はごつごつしていて、牢屋に転がされたときに、少し傷が出来た。その痛みが彼の意識を少しだけ現実へと向けさせた。そこでようやく近くにフィルがいないことに気が付いた。

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