第4話 ザリガニのおいしい食べ方

  まどろみの中にいたタロウだったが、俄に周囲が騒がしくなったことで意識を取り戻した。

 ゆっくりと体勢を戻し、重たい瞼をこしこし擦りながら辺りを見回す。

 ぼやけた視界の中、見知った老婆の顔が映る。

 それから2人の知らない人間が、タロウを取り囲んで様子を伺っていることに気づいて、ひええと鳴き声をあげた。


「今日はずいぶん長いこと倒立してたね」


 正面に立つ節子の言葉に、タロウの頬が上気した。

 初めましての人達がいる中、恥ずかしいところを見られてしまったと思った。


「ねおちしてました。ごめんなさい」

「あの体勢で?」


 タロウがこくんと頷く。寝づらいといえば寝づらいが、大きな疲労感の前では体勢など些末なことだった。


「ちょっと、つかれてたので」

「そういう問題か……?」


 なあ?と言って節子が他の2人に同意を求める。

 男の方が困ったように眉値を寄せた。


「それ以前に、ナチュラルに会話しだしたことに驚いてるんだけど」


 それはそうだと節子が膝を叩いた。

 自分が初めてタロウと出会ったときの事を思い出した。

 これが日本語で話しかけてきた時は驚いたものだった。

 改めて紹介するようにタロウの横に並び立ち、そっと前へと押しやる。


「このように、彼は意志の疎通ができます。タロウ、こっちは私の息子と孫ね」

「タロウだよ。こんにちは」


「あ、どうも。こんにちは」

「こんにちは!」


 お互いがお互いにぺこりと頭を下げる。

 期せずしてそれは2対2の面接のような形になった。

 節子とタロウ、男とその娘が向かい合った。



「はい!質問いいですか?」


 それまで成り行きを眺めていた少女が興味津々といったふうに目を輝かせ、ピンと右腕を上げた。


「はい、ではそこのサイドテールがキュートなあなた」

「なんか始まったな」


 男が呆れた声をあげた。節子が指をさし、指名された少女が1歩前に出る。

 少し緊張した面持ちで口を開いた。


「タロウくん?は普段は何をされてるんですか?」


 タロウが軽く頷く。

 自分に興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか、急に始まったこの謎のやり取りにも、まんざらでも無い様子だった。

 少女の問いに、努めて誠実に答える。


「ここで、ザリガニを、とらせて、もらってます」

「へー、何で?」

「生きるため」

「…………そっかぁ」


 少女が頑張ってるんだね、と言うとタロウは少しだけ誇らしそうに頬を緩めた。

 それから、少女はありがとうございましたと言って一歩下がる。


「それでは、次の方質問をどうぞ」

 節子が男を指し示した。

「えっ、これ俺もやるの?」


「もちろんでしょ」

「なんでも、答えるよ」


 タロウと娘から期待を込めた視線を向けられて、男がたじろいだ。

 ややあって、慎重に考えながら言葉を絞り出す。


「……さっきからガサガサいってるビニール袋のそれが、ザリガニ?」

「うん。大漁でした」

「食べるの?」

「さいきんは、ずっと、食べてます。おいしいけど、主食にするのは……」


 そう言ったところで苦虫をかみつぶしたような顔をして、タロウは言葉に詰まった。きついのだろうなと男は理解した。

 母に許可を得て捕らせてもらっている手前、悪しざまに言うのが憚られたのだろうと思われた。

 この河童のゆるキャラ?は話せるだけでなく気遣いもできるんだ……と男は情報過多の現況に戸惑いながらもひとまず感心した。


「まあ、臭いしキツイじゃろ」


 そんなタロウの思いを知ってか知らずか節子があっけらかんと言い放つ。

 タロウがしょんぼりと肩を落とした。


 そして、そのタロウの様子に男は小さな引っ掛かりを覚えた。

 ザリガニは汚く臭い環境でも生きられるというだけで、それ自体本来はそこまで臭みのある生き物ではないからだ。

 ここの田んぼでとったものなら水質もさほど問題ないはずである。


 母がザリガニを臭いと言い放つのは男も理解できた。

 大方、男が子供の頃、飼育読本の見よう見まねで飼っていた時のイメージに引っ張られているのだろうと思われた。

 幼い子供特有の餌のやり過ぎと、濾過機を着けない環境のせいで度々結構な汚水になっていた。

 それをザリガニが臭いからだと母は勘違いしている。そう男は思った。

 だが、タロウのほうが臭いことまで否定しないのには少し違和感があった。連日食べ続けてキツイというだけならまだしもである。


(……もしかしたら、知らないのかもな)男がタロウの持つビニール袋を見やる。


「ちなみに、これはどうやって食べてるの?」

「こうだよ」


 タロウがビニール袋からザリガニを1匹ひょいと取り出して口に含み、その場でもっきゅもっきゅ咀嚼する。

 ごくんと飲み込んで渋面をつくり、

 

「つらい」と言った。


 別に実演までしなくて良かったのに……と男は思ったが、問題点ははっきりしたようだった。確かにその食べ方では泥臭くても仕方がないだろう。


「ちょっと貸してみなさい」


 そう言って、タロウのビニール袋からザリガニを1匹拝借する。


「もしかしたら、もう少しザリガニを美味しく食べられるかもしれないよ」

「ほええ」

「パパ、本当!?」


 タロウが驚きの声をあげ、少女が目を見張った。

 男が左手にザリガニを持って地面に押さえつけ、それを少女と河童が緊張した面持ちで見守る。


「何だこれ」


 節子が空を仰いだ。


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茨城超常尻子玉奇譚 桜川ミト @akuragawa

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