Finale-2.私たちは、優しいキスをした



 クァドラたちの後も、どういうわけか次々とお客様が店にやってきた。


「店が新装開店すると聞いてぜひお祝いしたくてね」


 そう言ってくれたのはハンネスだ。わざわざリヴォラントから駆けつけてくれ、しかもサーラたち同様にお祝いまでくれた。本当に感謝しかない。

 他にも以前にシオと一緒に戦ったフランコや、迷宮入り口の警備兵をしているヘルナーさん、シオと最初に出会った時に彼を使って絡んできたグリュコフたち四人組など、何度か店に足を運んでくれていた人たちが集まってくれて、拡張したばっかりの店内はあっという間に満席になった。まさかこんな日が来るとは思わなかったので驚きだ。


「みんな、おおきに! ホンマありがとな! せっかくや! サーラとランドルフはんや、ハンネスはんが持ってきてくれた食材を振る舞うで! みんなで心から感謝してありがたーく頂こうやないか!」

「おー!」

「太っ腹じゃねぇか、クレア!」

「その代わり、じゃんじゃん呑んでや! ドリンク料金はいつもの二割増しに押さえといたるから安心やで!」

「ケチぃな!」

「褒めて損したぜ!」

「やかましいわ!」クレアが苦笑いで怒鳴ると奥の妹たちに声を掛けた。「ほれ、そこで死んどるねーちゃんたち! いきなりやけど仕事や。忙しくなるで!」

「はーい!!」


 さっきまで奥で死んでた妹たちが元気に立ち上がって、予め決めてた持ち場に向かっていく。

 それからは今までにない忙しさだった。

 サーラたちがくれた食材を手分けしてさばいて焼いて盛り付けて準備していき、飲み物の方も次々に作って運んでいく。だけれどお客様のほとんどは探索者。料理が届く前からお酒を二杯、三杯と消費するし大食漢ばかりだ。テーブルへの給仕、グラスの回収、洗浄にと、てんやわんやな状態。ここはまさに戦場だ。

 私も食材の切り分けにドリンクの配布にと、キッチンとホールを行ったり来たりで大忙し。だけれどその忙しさもまた楽しかったので問題はない。なお、頑なに料理そのものだけは許されなかった。


「めでたいの新装開店を、いきなり死体まみれにされてたまるかいな」


 とはクレアの弁である。精霊との融合が解除されても、不思議と不可解な味付けになる呪いは解除されなかったのは非常に残念である。何故だろう。

 そんなこんなで、妹たち含めみんながフル回転で働いて一通り料理が行き渡ったところで、ようやく一息つくことができた。まだグラス交換とかはあるけれど、みんなワイワイと楽しそうに雑談を交わしているし、しばらくはこのままのんびりできるだろうか。妹たちも奥の椅子に座ってテーブルに突っ伏してるし、クレアは酒のグラスを片手にキセルをくわえて煙を吐き出していた。


「どうぞ」


 そんな店内を観察していると、にゅっと眼の前に手が差し出された。その手には冷たい飲み物の入ったグラス。見上げれば、シオが柔らかく微笑んでいた。


「ありがとう。感謝する」

「しばらくは皆さんで歓談してるでしょうし、僕らも座りましょう」


 シオの提案に首肯して、空いているカウンター席の隅っこに並んで座る。


「店内、結構にぎやかですけど……大丈夫ですか?」

「大丈夫。もう聴覚は人並みに戻ったからうるさくてもそこまで不快感はない。それに――」


 店の中の様子をグルリと見渡す。

 そこかしこで乾杯の声を張り上げているジルさんや、ここぞとばかりに高級な食材にがっついているフランコ。ハンネスは紳士的な態度で探索者のみんなやランドルフと会話を交わし、クァドラもアルコールが入って少し気持ちが落ち着いたのだろうか、アレニアと並んで柔らかく笑みを湛えて会話している。

 その他のみんなもリラックスして楽しそう。こうして私のよく知る、私をよく知る人たちがたくさん集まってくれる機会があるなんて思ってもみなかった。


「だから、今はにぎやかなのが嬉しい」

「そうでしたか。なら余計な心配でしたね」


 シオが少し嬉しそうに微笑んだ。けれどその後でどこか聞きづらそうに口ごもった。


「どうしたの?」

「その……ノエルさんって、昔の記憶も思い出したんですよね?」


 シオを始め、クレアやアレニアたちには私が戦争に参加する前の記憶を取り戻したことは伝えている。なのでシオの質問には肯定だ。とはいえ、突然どうしたのだろう?


「いえ……だったら『ノエル』さん、じゃなくて『アイリス』さんって呼んだ方がいいのかなって思って」


 なるほど。確かにノエルは、記憶を失った私にヴェネトリアが付けた名前なので、今となっては本名のアイリス・クリーブランドを名乗るのが妥当なのかもしれない。

 だけど。私は首を横に振った。


「気遣いに感謝。でもノエルでいい。今の私はノエル。それは変わらないから」


 過去は大切。でも過去は過去。アイリスという名を失い、ノエルとして生きてきたからこそみんなと出会えたわけだし、願望器の世界でノエルのまま生きることを選択して、こうして同じ時を共有できている。だからこれからも私は「アイリス」ではなく「ノエル」のままだ。

 シオにもそう伝えると、彼はうなずいて「分かりました」と応えた。


「なら、改めてこれからもよろしくお願いします、ノエルさん」

「こちらこそ」


 シオの目を見つめると、シオも私を見つめ返してくれる。なんだろう、ただ顔を眺めてるだけなのに不思議な気持ち。気恥ずかしくて、けれどいつまでも見ていたい。自然と頬が緩んで、シオも私につられて微笑んだ。どうやら同じ気持ちのようで、それがどうしようもなく嬉しい。


「あー! 私のノエルがシオ君といちゃいちゃしてるーっ!!」


 すると突然サーラの声が響いた。店内が一気に静まり返って全員が私たちを注視してくる。サーラの顔を見るとだいぶ赤らんでて、彼女の前には空のグラスが大量に並んでいた。サーラがどのくらいお酒に強いか不明だけど、飲み過ぎな気がする。


「いい加減諦めろって」

「そうそう。ノエルちゃんにゃシオっていう立派な相手がいるんだからさぁ」

「やだー! 私はノエルちゃんと結婚するのー!」

「だだこねてんじゃねえよ」

「子どもか」


 サーラが手足をばたつかせ、「がるるるる……」と今にもシオに噛みつきそうな勢いで威嚇する。だけれどランドルフが拘束のうえで「どうどう」と頭を撫でてると、やがて落ち着いていった。ランドルフ、感謝する。


「うう、ノエルぅ……」

「未練がましいっての。お前だってどこの馬の骨ともしれない相手より、シオなら安心って言ってたろ?」

「それはそうだけどぉ、頭じゃわかってても乙女心はそんな簡単じゃないのよ!」


 ランドルフが「乙女心?」と疑問を抱くと同時に、目に見えない速さでサーラが彼の足を踏み抜いた。苦悶に歪んだランドルフを見て「口は災いのもと」というフレーズが頭に浮かんだ。


「いいっ、シオくん!」サーラがビシッと指先をシオに向けた。「ぜったいずぇーったいノエルを幸せにすんのよ! 分かった!? ケンカはしてもいいけど、ノエルのことを第一に考える! じゃなきゃノエルを私の部屋に閉じ込めて返してあげないんだから!」

「重てぇ愛だな!?」


 マイヤーさんのツッコミに私も思わず同意した。私を好きでいてくれるのは嬉しいけれど、さすがに閉じ込めは拒絶したい。

 それはともかく。

 隣のシオを見上げる。彼は苦笑いながらもサーラにうなずいていた。きっとシオは私を大事にしてくれる。でもそれは一方通行ではない。私もまたシオを大事にしたいし、彼を少しでもたくさん幸せにしたい。そう思う。

 私とシオが幸せであれば、たぶんサーラも納得してくれるだろう。そしてそれを端的に示す手段を不意に私は思いついた。

 実行するためシオに声をかけようとする。だけど彼の横顔を見た途端、なぜだか急に恥ずかしくなった。おかしい。そんなこと、今まで無かったのに。たっぷりと逡巡して、その果てに私はシオの服の裾をツンツンと引っ張ることしかできなかった。

 シオが私を見下ろし、首を少しかしげる。目が合う。私の頬が一気に熱くなるのを感じた。

 見上げたまま目を閉じた。彼の少し戸惑った表情が目に浮かぶ。でもシオが近づいてくる気配がして、胸の高鳴りを感じ――


「好きです、ノエルさん」

「私も」


 そして私たちは、優しいキスをした。











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あとがき

拙作に最後までお付き合い頂き、誠に誠にありがとうございました。

このあとがきを読んでくださってる時点でもう感謝感激。地べたから火がつくくらい頭を擦り付けている次第です――というのは冗談ですが、割と本気に近かったり。


さて。

気がつけば、1年半以上、170話をも超える長編となってしまいました。ここまで書き続けられたのも皆様に応援やコメントなどして頂いたからに他なりません。

改めて感謝申し上げます<(_ _)>


この物語はここで終わりになりますが、また次の作品を書きたい欲が高まってますので、そう遠くなく別作品でお会いできるかと思います。(なお、構想は白紙の模様)

新作を始めた際は、またご贔屓にしていただければと思います。

それでは、いつかまた(・ω・)ノシ

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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます 新藤悟 @aveshin

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