「もういいよ」で始まる恋
月出 四季
もういいかい
「こっちだぞ、太陽!」
「待ってよ、花梨~」
とある小さなこじいんで、ぼくとかのじょは育った。ぼくは生まれてすぐに、
かのじょはぼくが二才のときにこじいんへ来た。同い年で、今はたがいに九才だ。
「まったく、おそいったらありゃしない」
「うぅ、花梨がはやいんだってば…」
「何だよ~」
「うわ、やめ、やめて…」
プンスカとおこりながら、それでも足のおそいぼくを花梨はまってくれる。
…そのかわり、ほっぺをツンツンされるこうげきはうけるけど。
「貴方達、とっくに時間は過ぎてますよ。音楽が鳴ったでしょう?」
「ごめんなさい、かのこさん。太陽の足がおそくて」
「ぼくのせい?!」
「だから鳴る少し前に帰って来なさいと……」
こじいんはかのこというゆうふくな女の人がひらいていて、小さくてもおおぜいの
子どもたちがくらしている。一時間ごとに時間を知らせる音楽がこじいん中の時計
からなるが、午後五時にはこじいんの中に入っていないといけないから、外のにわで
あそべるのはその音楽がなるまでだ。
「ほら、さっさと手を洗いなさい。もうすぐご飯ですから」
「わーいご飯だ!」
「あっ、待ってってばー!」
「こら、廊下は走らない!」
げんかんでくつをぬぐなりろうかをダッシュする花梨。後ろからかのこさんの
おこる声が聞こえるが、心の中でごめんなさいとあやまり、花梨の後をおいかけた。
「あ、来た来た!」
「おせーぞ太陽!」
「ごめんって…」
「花梨ちゃん、今日は服やぶかなかった?」
「ちょっと、私はいつもキレイに服使ってるでしょーが!」
「うそつけ、この前ワンピースのすそやぶいて帰って来ただろ」
手をあらい、ろうかをまた走り、しょくどうのとびらをあければほかの子たちが
出むかえてくれる。花梨は男っぽくて気が強くてマイペースだけど、やさしい。
それにくらべてぼくは気が弱くて泣き虫だ。
「ほらほら、貴方達席について」
「はーい」
かのこさんがパンパンと手をたたけば、みんながぞろぞろとせきにつく。
パンにトマトのやさいスープ、サラダ。とてもおいしそう。
「いただきまーす」
「いただきます…!」
「ごちそうさま」はみんなでいっせいにやるけど、「いただきます」は一人でやって
いいことになっていて、花梨に一つおくれてぼくも手をあわせてつぶやく。
「うん、おいしい」
「あぁそれ、かのこさんじゃないよ、作ってんの」
「え?」
「なんでも、かのこさんはりょうりがにがてらしくて、かいめつてきらしいのよ」
「かいめつって?」
「わかんない。」
「貴方達、聞こえてますよ」
その会話に、ほかの子がドッとわらう。“かいめつてき”とはなにかよく分かんない
けど、どうやらこのりょうりはほかの人が作ってくれているらしい。今までそういう
のはおしえてもらわなかったから、知らなかった。それをいうとかのこさんは
「知らなくてよろしい」
と言っていた。耳が赤かったのはなんでだろうか。
「見て見て太陽、桜!」
「わー、ホントだ、キレイ…。」
「ねぇ知ってる?こうやって桜から落ちてくる花びらをつかまえると、願いがかなうんだって。どっちが先につかまえられるか、きょうそうしよう!」
「そうなの?がんばる!」
「夏だ!あつい!プールだー!」
「そんなに勢いよく走ったらこけてしまいますよ」
「あだっ」
「ほら、言ったでしょう」
「花梨ってば、はしゃぎすぎだよ……」
「かのこさん、かのこさんの漢字はどう書くの?」
「貴方達にはまだ難しいでしょうが…“華乃子”と書くのですよ」
「ふーん、わかんない「ほらやっぱり」まぁまぁ、読書の秋ですから。聞いて学ぶにこしたことはない!」
「あははは…」
「あーさっむ」
「今日は冷えるね…」
「アンタ太陽でしょ。あたためてよ」
「え?!そんなことできないよ…」
「だよね、アンタ名前とはんしてそんな明るくないし」
「え…」
「ほらそーやってすぐうつむく!「わぷっ」前向いてないといつかアンタは“月”になっちゃうぞ!」
「うぅ、ほっぺぎゅむってしないで、ぎゅむって……。」
一年がすぎ、二年がすぎ。春夏秋冬をくり返して、ぼくはかりんとずっといっしょに
いた。
――そして、五年後。
「花梨…いえ、咲楽。ちょっと来なさい」
「え?」
十四歳の秋、花梨は華乃子さんに呼び出された。
…里親が、決まったのだ。
「もう、何で今里親が決まるんだっつーの!」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
この孤児院の子供達は、名前を二つ持っていた。一つは生まれながらの名前。そして
もう一つは、この孤児院で付けられた名前。
“自分の本当の名前は、親が決まるまで大切にしまいなさい”
そう、華乃子さんは言っていた。生まれてすぐ捨てられた子に名前がないことは
もちろんで、僕みたいにある方が珍しい。
「…せっかく、志望校とか決め始めてたのに」
「そうだね。でも、そっちにも良い高校あるよ、絶対!」
「うーん、そうだと良いけど。」
しゅん、とする花梨を、なんとかなだめる。でも、心の中では行ってほしく
なかった。ずっと一緒に過ごす中で、ある感情が僕の中に芽生えていたから。
「里親と対面して、そこから、孤児院を出てって……」
「いつぐらいに、行くの?」
「一週間後かな。ぼっちになるーヤダー…」
はああ、とため息をつきながら、花梨は庭で遊ぶ小さい子達を眺めていた。
「そういえば花梨の本当の名前、初めて聞いたよ」
「あぁ
「僕?僕は
「ふーん、大層な名前だね。アンタにはもったいないよ」
「ひどっ?!」
花梨はこうやってからかってくるけど、その中には何の悪意も感じない。だから
口ではギャーギャーと僕も騒ぐけど、嫌いだと思ったことは一度もなかった。
そして、花梨がとうとう旅立つ日が来た。
「華乃子さん、ありがとうございました」
「いえいえ。咲楽は今別れを済ませておりますので、しばしお待ちを…」
華乃子さんは花梨の里親と挨拶を交わす。花梨はというと、孤児院の子と別れの
挨拶をしていた。
「まさか先を越されるとは…」
「わーん、いかないでぇ…」
「ううう、」
「元気でね、花梨お姉ちゃん!」
「くーっ、俺も行きたい!」
「あはははは、皆元気でね。ちゃんと華乃子さんの言う事聞かないと、里親は来てくれないぞー」
花梨は小さい子に懐かれやすいため、同年代の子よりも、小さい子達がわらわらと
花梨に抱き着いていた。しばらくして別れを済ませた後、花梨は僕の方へと近づいて
来た。
僕が立っていたのは、孤児院の門の前。つまり、僕との挨拶が終われば、このまま
出て行ってしまう。もう、会えないのだ。
「あっという間だったね、十四年間。」
「…うん」
「なぁに、寂しいの?」
「寂しいっちゃ、寂しいけど……今度は僕が花梨の代わりに面倒みないといけないなーって」
「今まで弱虫で泣き虫だった太陽がついに自立を…「ちょっと」ははは、頑張れ。」
別れの間際まで僕をからかって笑う花梨に呆れつつも、少しだけ…門の前で
思い出話をした。そして、最後。僕は溜め続けた思いを告白しようとした。
「…あのさ、花梨」
「なに?」
「僕、花梨のことが「咲楽ー?もう出発の時間ですよーー」…!」
肝心な所で、門の外から花梨の里親の声が入る。それに花梨ははーい、と返事を
した。そして荷物を持ち直して、門に手をかける。
「あ……」
言えない。言えなくなってしまう。言わなければ。けれど勇気を出したあの瞬間は
全て無駄になってしまい、僕の中にはもう一粒も勇気がない。使い果たした。
おどおどしている僕をじっと見つめると、花梨は笑った。
「アンタもはやく里親を見つけるなり自立したりしてさ。そしたら言いに来なよ」
「えっ」
「かくれんぼしよ、凛翔」
このとき初めて、花梨が僕の本名を呼んだ。
彼女はいたずらっぽく笑いながら、僕に向けそう言った。
「私は今から門を出て、この世界のどこかに隠れる。だからアンタは里親を見つけたり、自立するまでずっと「もういいかい」って尋ねるの。自立出来たら、「もういいよ」ってこの世界のどこかから言ったげる。だから今は…私が、隠れる時間」
「え、ちょ、待ってよ「待ったはナシ!立派な男になって私を見つけに来い!」」
そう言ってニカッと笑うと、花梨は門を開ける。外では花梨の里親と、華乃子さんが
待っていた。
「じゃあね、凛翔。また会う日まで」
「花梨…!」
去って行ってしまう。彼女が。そう思うと、気付けば僕は叫んでいた。
「花梨……咲楽!絶対に、絶対に見つけるから!どこに居ても絶対に!!何回も、「もういいかい」って尋ねるから!そのときは………「もういいよ」って!!」
僕が叫ぶと、彼女は右手を軽くあげただけで振り向かず、里親の車に乗り込み、
行ってしまった。華乃子さんは門を潜るときに、大声を出して息切れを起こす僕の
肩をとんとんと叩き、「よく頑張りました」と言ってくれた。華乃子さんは、
気付いていたのだ。そして、孤児院の中へと消えて行った。
それから、三年経って。僕は高校生になっていた。もうすぐ、十八歳。一応、
成人年齢になる。十八が成人年齢になったのはちょっと前だが、この孤児院では
前々から、十八になったら自立という決まりになっていた。
結局、里親は見つからなかった。いいや、見つけなかった。花梨が…咲楽が残した
最後の言葉。
“立派な男になって私を見つけに来い!”
その願いを叶えるためには、里親の庇護の元なんてものはいけない。もうすぐ自立、
孤児院の恩恵にはあやかれなくなる。だからこそ、その時を掻い潜って、その後も
楽々と生きていけられるようになってこそ、彼女を迎えに行ける資格を
得られる。
きっと彼女の「立派」は、僕の性格のこともあるんだろうけど、それだけはやっぱり
変えられなかったのでせめて人生だけでも―――反則だろうか。
「……もういいかい」
孤児院から庭を、外の世界を見渡せる窓に手を当て、青空を見ながらふと呟く。
でも、もうすぐ、会える。迎えに行ける。その時はちゃんと、想いを伝えよう。
それまではずっと隠す。僕の心の中に。僕の心は弱いから、この秘密を守るために
もっと強くならなければならない。そして本当の名前じゃないけど、彼女がいっぱい
呼んでくれた
あの冬から、そういう想いがずっと胸の中に残っていた。
――だれにも言えない恋は、もうすぐだれにでも言える恋となる。
あの頃のままの彼女の笑い声と共に、聞こえたような気がした。
“まーだだよ”
彼女からの「もういいよ」が聞こえるまで。
―――あと、少し。
太陽→西洋→セイヨウオキナグサ「告げられぬ恋」
花梨→カリン「唯一の恋」
「もういいよ」で始まる恋 月出 四季 @autumnandfall
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます