ヒーローが助けにこないなら、こっちから助けられにいってあげるからちゃんと助けてよね!?
たい焼き。
1
「こっち来ないで!どっか行きなさいよー!」
いま、人生最大のピンチに見舞われている。お母さんに頼まれて裏山にキノコを採りに来ただけなのに、同じく獲物をとりにきたグレートボアに出会ってしまった。
グレートボアは低い唸り声をあげながらこちらが少しでも隙を見せたらすぐ襲えるように、臨戦態勢を崩そうとしない。
「……最っ悪。こんなことならもっとちゃんと装備してくればよかった」
小さく舌打ちをして自分の考えの甘さを悔いる。裏山だしちょっとキノコを採って家に帰るつもりだったので、獣除けもナイフも何も身に着けていない。
こんな時、あいつならタイミングよく現れてかっこよくピンチを切り抜けてくれる。
普段は抜けてる時もあるけど、グレートボアにこのぱっちりお目々でぷっくり唇の可愛い顔と白くて傷一つない出るとこは出て引っ込むところは――もう少し引っ込んでほしいけど……――一応及第点なボディが、食べられそうになったらあいつが颯爽と助けてくれる。
お腹が空いてるのか、殺気立ったグレートボアが少しずつ距離を詰めてくる。
この大ピンチギリギリに登場するつもりなのかしら。
私の心臓がもたないから、出来ればそろそろ登場してグレートボアを倒すなり追い払うなりしてほしい。
右の木々の間から出てくるのか、左の茂みから現れるのか、はたまた上から来るのか……グレートボアから目をそらさないようにしながら、周りの気配をうかがう。
……私達以外の気配を感じることは出来なかった。
じりじりとこちらに寄るグレートボアの口から、ヨダレが垂れている。
「……これってマジでヤバくない?あいつ、どこで油売ってんのよ……」
グレートボアに距離をこれ以上詰められないように、後退しながら必死に逃げ道を探すと、右側に細い獣道を見つけた。
獣道の両サイドは木が生い茂っていて、グレートボアの大きな体なら木が邪魔で通るのに手間取るはず。
逃げのびるにはこの獣道にかけるしかない。タイミングを逃したら駄目だ。
グレートボアの一挙手一投足に細心の注意を払いながら呼吸を整える。
――今だっ!
山風が山頂から吹くと共に、木の枝で羽を休めていた鳥が飛び立った。
グレートボアの意識がそちらに向いた瞬間、小さく身を縮めて獣道へスタートを切る。
「グガァァァー!!」
後ろでグレートボアの咆哮が聞こえる。
こちらを追ってきているようだけど、狙い通り木々が邪魔をしてなかなか思うように走れないようだ。このまま、逃げ切れれば助かるかもしれない。
がむしゃらに獣道をひたすら走った。
どれくらい走っただろうか。拓けた平地へ出た。このままグレートボアに追いつかれる前にどうにか山を降りて村の助けを借りよう。
そう考えていると、人影が見えてきた。ピンチの後にはチャンスがくる、神様ありがとう!
あの人にひとまず事情を話して力を借りよう。
「すみませー……っ!あーーっ!!」
「ん?」
のんきに小首をかしげながら私を見てきた人間の顔を見て、こみ上げてきた怒りのままに顔面に一発グーをお見舞いしてやる。
出会い頭に強烈なパンチを食らった彼は、キレイに宙を舞った。全身が一瞬、重力の影響を忘れふわりと浮き上がり、腹部を頂点として山のような曲線を描き、後頭部から地面に落ちた。
「いってぇ……」
「ちょっと!こんなとこで何してるのよ!!私、向こうで大ピンチだったんだけど!!何で助けに来てくれないのよ!!!」
「えぇ〜……でもこうして切り抜けてきたんだろぅ……」
「うっさい!まだピンチだ、バカァ!グレートボアが来るから早くやっつけて!!」
「はいはい……って、泣くほど怖かったんだ?よしよし、もう大丈夫だよ。僕が君を守るからね」
出会い頭に殴られたことを怒りもせず穏やかな顔で、必死に逃げてきた少女を安心させるように頭を撫でる。
思わず安心してしまい、涙声を隠すように喚いてあいつに怒りをぶつける。
「もう!ヒーローならヒロインのピンチには助けに来なさいよ!あんたがなかなか来ないから、わざわざこっちから来てやったんだからありがたいと思いなさいよね!」
「グガガァァ!」
グレートボアも追いついてきた。途中の木々に引っかかり、体のあちこちに緑の若葉がくっついている。
「ふぅ〜お前かぁ、僕の可愛い幼なじみを泣かせたのは……さっきのパンチも痛かったし、お前にはお仕置きしないとな」
あいつはそう言って、肩をほぐすように軽く回しながらグレートボアに近づいていく。
空腹の上に狭い獣道を走らされ、かなり気が立っているグレートボアが一段と大きな声で吠えたと同時にあいつに向かって走り出した。
あいつは涼しい顔をして、向かってきたグレートボアの顔面にグーパンチをヒットさせた。
「これは、さっき僕がロアから食らった分。それから、ロアを泣かせた分と怖がらせた分」
顔面パンチをくらって脳がぐらぐらしてるのか、棒立ち状態のグレートボアに続けざまにパンチを入れる。
小さく「ガッ……」と鳴いて、グレートボアはその場に倒れて気を失ってしまった。
グレートボアの沈黙を確認して、あいつは私に向き直りながら穏やかに笑った。
「ロアを泣かせる悪い奴は、僕がいつでもやっつけるからね」
「な、なら、もっと早く、ピンチのときに助けに来てよ!……こ、怖かったんだからぁ……」
脅威が去った安心感で、大きな目からぽろぽろと雫が溢れてとまらなくなってしまう。
そんな私を安心させるように優しく抱き寄せてあいつが言う。
「毎回駆けつけられる自信はないから、本当にヤバかったらロアが僕のところに来てよ」
「……そういうアウロのかっこよく締められない所が、皆のヒーローになれない所以だよ」
「良いんだよ、ロアだけのヒーローになれればあとはいらない」
「……ほんと、そういうところ……」
あいつに聞こえないくらい小さい声でつぶやく。
「好き……」
ヒーローが助けにこないなら、こっちから助けられにいってあげるからちゃんと助けてよね!? たい焼き。 @natsu8u
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます