人気者の親友を好きになった女子力高めの私
蓮恭
失うのが怖くて、誰にも言えない恋
「
クラスで一番おしゃれでメイクも上手な
半年前、ドラッグストアでコンシーラーとアイブロウを買い物している時に偶然会って、化粧水について聞かれたから私は出来る限りのアドバイスをした。幸い、メイクに関する知識だけは豊富だった。
それから麻里香はクラスでも私に積極的に話し掛けてくれるようになって、今では学校で一緒にいないのはトイレの時くらい。
他のクラスメイトが人気者の麻里香に声を掛けたくても、勇気を出せないうちにさっさと麻里香は私のところへ来てしまうから、その子達がいつもちょっと悔しそうな顔をして睨んでいるのが辛かった。
実は時々些細な嫌がらせなんかを受ける事もある。そんな事、麻里香には絶対に言わないけど。麻里香は可愛くて明るくて人気者で、それくらい仕方ない事だから。
「どんなアイシャドウ買うの?」
「これこれ、雑誌に載ってて……めちゃくちゃ可愛くない⁉︎」
「あー、十二色もあるんだ。確かに麻里香に似合いそうだね。でも、それならこういうやつの方がいいと思う」
丸い形をした色とりどりのアイシャドウがセットされたパレットは、価格も手頃で大人びた顔立ちの麻里香に似合うだろう。でも、どうせなら先日私が麻里香に似合いそうだなと思ってチェックしていた商品の方が、価格は少し高いけれど麻里香にはもっと似合うと思った。
「わぁ! 確かにこっちの方が可愛いね! 怜ならちゃんとアドバイスくれると思ったけど、やっぱり感激だなぁ」
「これならラメ入りやマットなのもあるし、クリームシャドウも入ってるから使い勝手がいいと思う」
「だよね。ありがとう! じゃあ、早速買いに行こ!」
教室から廊下に出るなりはしゃいで私と密着し、腕を組む麻里香は、長いまつ毛の下でどんな目をしているのか。私の方が背が高いから、上から見ても小柄な麻里香の表情はよく分からなかった。
「怜ってお姉さんとかいるの?」
「うん、二人。でも、もう二人とも家を出て一人暮らししてるけど」
「そうなんだ。だからメイクに詳しいんだね。お姉さん達に色々教えてもらったんでしょ?」
「まぁね、実験台みたいによくメイクされてた」
麻里香は私の気持ちに気付いていないけど、私は麻里香のことが好きだった。勿論恋愛対象として。
けど、口に出してしまったが最後、私と麻里香のこの友情は一気に壊れて粉々になってしまうだろう。だから、誰にもこの気持ちは言えないでいた。
「もうすぐ冬休みで、クリスマスだね。怜は好きな人とどうなの? クリスマスまでに付き合えそう?」
前に一度麻里香に好きな人はいないのか、と聞かれたから、「いるけど、気持ちを伝える勇気が出ない」とだけ答えた。ちなみに麻里香は好きな人がいて、その人の為に綺麗になろうと決心したのがメイクを始めたきっかけだそうだ。
「……どうかな。無理だと思う」
「えー、何で? 怜なら綺麗だし、きっと大丈夫だよ。勇気を出して告白しちゃえば?」
「無理だよ。私なんか……」
「もう、本当に怖がりなんだから。何でもやってみないと結果なんて分からないよ」
そうは言ってもこっちは麻里香みたいに人気者でも無いし、好かれるような明るい性格をしている訳でもない。陰気な性格を直せと姉さん達に散々言われて、自分に自信が持てるというメイクをされ始めたのが私にとってメイクをするようになったきっかけで。
そのおかげで麻里香と友達になれるきっかけになったんだから、ありがたいと言えばありがたいけど。
「そういう麻里香こそ、告白したらいいじゃん。麻里香は誰が見たって人気者で、皆麻里香と話したがってるよ。私がずっとそばにいるから邪魔になってるんじゃないかって心配なほど」
「怜! そういう事言わないで。私は怜と一緒にいるのが一番楽しくて幸せなの。皆とはそれなりに仲良くしてるけど、怜ほど私の事をちゃんと見てくれる人いないもん」
麻里香は少し機嫌が悪くなってしまったらしく、そのあとは口数が少なくなる。麻里香を怒らせるつもりは無かったけれど、思わず自分への自信のなさが口をついて出てしまったのだった。
気まずい雰囲気の中、麻里香と初めて話をした店……コスメを多く取り扱っているドラッグストアへ到着すると、どうやら機嫌を直してくれたようだ。気まずいままで買い物をするのは、お互い嫌だったのかも知れない。
「ねぇ、怜の使ってるアイブロウって何色?」
きっと麻里香だって、今のどんよりとした空気を何とか振り払おうとしているんだろう。別に今でなくてもいいような事を聞いてきたのがその証拠だ。私は正直空気が変わった事にホッとして、心からの笑顔で答える。
「私が使ってるのは、このシリーズのナチュラルブラウンだよ」
「そうなんだ。でも私は怜よりも髪の毛のカラーが明るいから、もう少し明るめの色の方がいいよね?」
「麻里香の場合、綺麗な形の自眉は眉マスカラをして……眉頭と眉尻を少し足すのはこれなんかいいかも」
手に取ったのはパウダーとペンシルが一体化されたアイブロウで、色味はイエロー系のブラウンをおすすめした。
「ん、本当だ! めっちゃいい! さすが怜だねっ」
いつもそんな風に私を持ち上げるように誉めてくれる麻里香。私が自分に自信がない事を知られているようで情けないなと思いつつも、好きな人に誉められるのはやっぱり嬉しい。
もし私が麻里香に好きだと伝えたら、こんな風に誉めてくれる事も無くなってしまうんだろう。それどころか、「そんなつもり無かったのに、気持ち悪い」って拒絶されるかも知れない。
「ねぇ、怜が言ってたパレットってこれ?」
麻里香の事を好きになってからの私は、思考の海に沈む事が増えた。深い海の底に「麻里香を好きだ」という気持ちを沈めて、何かの弾みでその気持ちが海面の方へと浮かんでこないように押さえ込んでいる。
「あぁ、そうそれ。ケースも可愛くて、前に見つけた時、麻里香にぴったりだなと思ってたんだ」
「それって……怜が一人でいる時?」
そう尋ねた時の麻里香の顔は、緊張を孕んだように何故か固く強張っていて。
「うん……そうだけど?」
「私が一緒に居ない時に、怜は私の事を考えてたって事?」
「……うん、そうだよ」
私は何かまずい事でも言ったのか。それとも一緒に居ない時に友達の事を考えるっていうのは、女同士の友情ではあり得ない事なのか。
友情以上に麻里香の事を好きな私には分からない。
「そっか……めちゃくちゃ嬉しいな。ありがとう」
「え、嬉しいの?」
ふわり、と微笑んだ麻里香の表情からは「嬉しい」の気持ちは確かに伝わるけれど、さっきのピンと強く糸を張ったような緊張感は一体何だったんだろう。
「嬉しいよ。私も、怜と一緒に居ない時に怜の事考える事いっぱいあるんだから。『今何してるのかな?』とか『怜ならどれを選ぶかな?』とか」
「そっか、麻里香もそう思う事あるんだ。良かった……」
「良かった?」
「うん。あ、このパレット、私が麻里香にプレゼントするよ。ちょっと早めのクリスマスプレゼント」
どうせ元々そうするつもりだった。麻里香は可愛いコスメが好きだから、プレゼントしたらきっと喜ぶだろうなって。
「えっ、本当⁉︎ 嬉しい!」
「良かった。ちょっと予定と違っちゃったけど、元々これをクリスマスプレゼントにするつもりだったから」
「私に?」
「そうだよ、麻里香に」
「そっかぁ、本当ありがとう」
帰り道、綺麗にラッピングされたパレットの袋を、麻里香は大切そうに抱いている。そこまで喜んで貰えると思ってなかったから、正直嬉しい。
翌日から、麻里香は私のあげたパレットのアイシャドウを使ってくれるようになった。
結局友達のポジションのまま、勇気を踏み出せないでいたらあっという間に冬休みが来てしまった。高校三年生、『もうすぐ受験だという頃に失恋なんてしたら受験を失敗するかも知れない。だから告白なんかしない方がいい』そんな風に言い訳しているうちに休みに入ったのだった。
「麻里香、告白成功したのかな?」
冬休み前の学校最後の日、麻里香はどうしても今年のクリスマスに好きな人と過ごしたいからと告白する事を宣言していた。結局誰の事を好きなのか教えてもらえないまま、私は『頑張ってね』と応援するしかなくて。
気になっているなら自分から聞けばいいのに、こういうところが姉や母から『意気地が無い』と怒られるところだと思う。
スマホを手に持ったまま、麻里香へ連絡を取ろうかどうしようか悩んでいるうちに、画面が着信を告げる。麻里香だ。
「はい」
「怜? 今から会える?」
「うん、いいけど」
麻里香の声は元気がないように聞こえて、もしかしたら振られてしまったのかも知れないと思う。友達だったら一緒に悲しんであげなきゃならないのに、麻里香を誰かに取られなくて済んだ事を喜んでしまう自分がいた。
「最低の友達だ」
口にすると本当に最低な気分になる。それでも麻里香には会えるのは嬉しいという浅ましい自分を悟られないように、ちゃんとメイクという仮面を被ってから出かけた。
「あ、怜! ごめんね、急に呼び出して」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「あの、実はね。私、好きな人に告白するって言ってたの、怜の事なんだ」
待ち合わせしたのは近くの公園。二人でひやりとする木のベンチに座っていたはずなのに、カァーッと体が熱くなった。
「え? 私?」
ドクドク……と心臓が激しく脈打つのが頭に響く。麻里香は何と言ったのか、本当に私の事を好きだと言ったのだろうか。
「そう……私ね、ずっと怜の事が好きだったの。でも、怜は好きな人がいるって言ってたし。私の事を友達としか思ってなくて、その関係を壊すのが嫌だった。だから言えなかったの」
右側に座る麻里香の方を見る事が出来なくて、何となく遠くを歩くおじさんと犬の様子をじっと眺めていた。そうでもしないと倒れてしまいそうなほど、私は緊張していたから。
「このままだと、あっという間に卒業でしょ? 怜の進学する専門学校は遠いし、一人暮らしするって言ってたから離れ離れになっちゃう。あと少ししかチャンスは無いって分かってるのに、怖くて言い出せなかった」
「麻里香……」
「でもね、このアイシャドウを怜が私の為に選んでくれて、パレットをプレゼントしてくれたから。勇気を出してぶつかってみようって思った。私がここで振られちゃったとしても、怜とはきっといい友達でいられると思ったから」
私が選んだボルドー系のアイシャドウは、はっきりとした麻里香の顔立ちによく似合っている。黒眼の下に入れられたキラキラと光る白いラメが、麻里香の瞳に反射して潤んでいた。
「やっぱり麻里香にはよく似合ってるね、そのアイシャドウ」
「え……?」
「好きな子に、何が似合うかなって考えるのは楽しかったんだ。可愛いケースはきっと喜ぶだろうとか、クリスマスにこれを渡したらどう思うかなとか」
勇気を出して一歩踏み出した麻里香の方が、私よりずっと
「麻里香の事が好きだった。ずっと」
ボルドーで彩られた麻里香の潤んだ瞳が、ぎゅっと大きく丸くなる。
「男らしくなくてごめんね。気持ちを伝えるのだって先を越されちゃって」
「ほんとに? 怜の好きな子って、私だったの?」
「うん、ごめん。私は麻里香と違って、どうしても麻里香の親友っていうポジションを失いたくなかったんだ。それに周りから『女子力高い男子気持ち悪い』って言われた事もあったし、人気者の麻里香の彼氏としては相応しくないって思ってた」
私の言葉を聞いた麻里香は、さっきまで丸かった目をキッと細めて言った。
「誰がそんな事言ったの? ううん、怜の良さを分かんない人間の言葉なんて、聞かなくていいよ。私は怜の優しさとか、繊細なところとか、女子力高い系男子なところも全部ひっくるめて好きなんだから」
ああ、こういうところだ。麻里香は自分が正しいと思った事は怖がらずに発信する。クラスでもずっとそうだった。それが麻里香の人気の一因だったし、私はそんな麻里香が眩しかった。
「ありがとう。ずっと自分に自信が持てなかったけど、麻里香のおかげで変われそうだよ」
そこから、私と麻里香の関係は親友から彼氏と彼女に変化した。
自分のコンプレックス解消の為に始めたメンズメイク。姉さん達が引っ込み思案な私の為に教えてくれた自信の付け方。そのお陰で私は麻里香と並んで歩けるようになった。
「怜はメイクアップアーティストを目指すんだよね?」
「うん。結局姉さん達と同じ道を行く事になったけど、頑張るよ」
「すごいよね、怜があの人気メイクアップアーティスト姉妹ナナとサナの弟だったなんて」
明日のクリスマスイブ、実は私の家に遊びに来る事になった麻里香を驚かせようと、姉さん達にもサプライズで来てもらう事にしている。
「うん、凄いのは姉さん達だけどね。私もそんな風に言われるように頑張るよ」
姉さん達のお陰で恋人が出来たって報告したら、「会わせろ」って大騒ぎだったから。きっと明るい麻里香はあの元気な姉さん達と仲良くなれると思う。
「大丈夫、きっと凄いメイクアップアーティストになれるよ。怜、これからも私へのアドバイス、よろしくね」
「もちろん」
〜fin〜
人気者の親友を好きになった女子力高めの私 蓮恭 @ponpon3588
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