僕が自分の姉がどうしようもないド変態のヤンデレであることを知らない件について

リヒト

第1話

「ねぇーお姉ちゃんー。僕の歯ブラシ知らないー?」


 僕は今いる洗面所からお姉ちゃんのいるリビングの方へと声を投げかける。


「んー?知らないわよ?」

 

 リビングの方から透き通るようなきれいな声が、お姉ちゃんの声が帰ってくる。


「えー」


「また失くしちゃったの?」


「……うんー。そうみたい」

 

 僕はお姉ちゃんの言葉に頷く。

 昨日確かに置いておいたはずの歯ブラシなのだが……なんか昨日置いたはずの場所からなくなっていたのだ。


「もー。またなの?」


「うん……ごめん」

 

 僕はお姉ちゃんの言葉に謝罪の言葉を告げる。

 歯ブラシを失くすのは今回が初めてというわけではない。なんか定期的に失くす。一週間に一度くらいのペースで。

 ……失くし過ぎである。

 なんでこんなに失くすのだろうか……もはや何かの病気なのではないかと疑いたくなってしまう。

 僕は夢遊病なのだろうか……?夜中に突然起きて歯ブラシを捨てているのだろうか……?

 そう疑いたくなるほどの紛失率である。……僕の物の管理はどうなっているんだ……ひどすぎるにもほどがあるだろう。


「ちょっと待ってね。今、新しいのを持ってくるから」


「ありがとー」

 

 しばらく待っていると、お姉ちゃんが僕の方へとやってくる。


「持ってきたわよ」

 

 リビングの方から歯ブラシを持ってきたお姉ちゃんが僕のいる洗面所の中へと入ってくる。

 

 僕のお姉ちゃん、滝沢香澄。 

 腰まで伸びたきれいな黒髪にアメジストを思わせる紫色の瞳を持った高校三年生とは思えないほどのスタイルを持ったきれいな女性。

 文武両道であり、現生徒会長で、完璧としか言えないような女性。

 超人気読モであり、両親が早々に他界してしまった我が家の家計を支えてくれている。

 

 背は低めで、顔立ちも地味め。唯一姉と同じ紫色の珍しい瞳も姉のようなアメジストのきれいなものではなく、地味。

 運動も駄目で、成績は平均よりちょっとだけ上で引っ込み思案の僕、滝沢蓮理とは何もかもが対称的な……僕とは何もかもが違いすぎる出来すぎた姉だ。


「いつもありがと!」

 

 僕は姉から少しだけ湿っている歯ブラシを受け取る。


「持ってくるときに濡らしておいたわよ」


「ありがと」

  

 姉から歯ブラシを受け取り、歯磨きをつけて歯磨きを始める。

 

 シャカシャカシャカ。

 

 僕は歯ブラシでこき耳の良い音を鳴らしながら気分良く歯磨きを行い。

 ん……?なんかヌルヌルしているような?いや、気のせいか。

 

 三分間ほど歯磨きをしてから口をすすいで歯磨きを終わらせる。


「んー、ふー」

 

 僕は歯ブラシをいつもの場所に座って、コップを置く。


「ん……?お姉ちゃん?」

 

 歯磨きをしている間もずっと僕の側に立っているお姉ちゃんの方へと視線を向ける。

 なんでずっと僕の隣に立っているんだろうか?


「どうしたの?」


「ん?あぁ……今日も夜食を作ってくれるかな?って思って」


 僕の言葉にお姉ちゃんが笑顔で話す。

 

「あ、今日も夜食食べるの?」

 

 お姉ちゃんは既に夜ご飯は食べている。僕と同じくらい。

 ……足りなかったのかな。もう少し作る量を増やした方が良いのだろうか?

 僕はあれくらいで丁度いい……というか少し多いくらいなんだけど。

 単に夜食を食べたいってだけかもしれないけど。


 ちなみにだけど、家事全般は僕のお仕事である。僕にはこれくらいしか出来ないからね。お金を稼ぐなんてこと……僕には出来ない。

 

「うん。……食べたいなぁー。なんて……」


「別に良いけどね。お姉ちゃんの頼みともあれば喜んで腕を振るうよ。……でも、太っても知らないからね?」


「ぶー。そんなひどいことを言わないで頂戴?泣いちゃうわよ?」

 

 僕の言葉にお姉ちゃんが頬を膨らませて文句の言葉を告げる。

 お姉ちゃんがこんな風に子供のような表情を浮かべるのは僕の前だけだ。学校だとものすごくクールでカッコいい。

 誰も知らないお姉ちゃんの一面を僕が知っていると思うと嬉しいよね。

 まぁ……家族なんだから知っていて当然なんだけど。


「それに……蓮理なら私は太っちゃても愛してくれるでしょ?」


「うん。当たり前だよ。唯一の家族だからね……嫌いになることはないよ。……でも、お姉ちゃんが太っちゃったらお金が大変なことになっちゃう……」


 お父さんとお母さんの生命保険はほとんど親族に取られちゃって、既に僕たちの手元にはほとんど残っていない。

 僕の学費にお姉ちゃんの学費も考えると、大変なことになってしまう。

 お姉ちゃんが超人気の読モだからなんとかなっているけど、お姉ちゃんが読モじゃなくなったら大変だ。

 まぁ、お姉ちゃんならそのくらいなんとかしてくれそうだけど……。


「大丈夫よ。安心して。私は太りにくい体質だから」

 

 お姉ちゃんが僕に美しい笑顔をみせてくる。


「うん。わかっているよ……それでも一応ね。なんか言っておかなきゃいけない気がして。それ?お姉ちゃん。夜食は何が良い?お姉ちゃんの好きなものを作るよ」

 

「たまごサンドイッチが良いな」


「うん。わかった。じゃあ、たまごサンドイッチにするね。……いつもたまごサンドイッチだね」


「うん。だって……蓮理のたまごサンドイッチ美味しいんだもん」


「ふふふ。そう言ってくれると嬉しい……たまごサンドイッチ作っちゃおうか」

 

 僕は洗面所からキッチンの方へと向かった。

 ふふふ……僕の腕の見せどころだよ……!料理力……家事力……それらであればお姉ちゃんよりも高いと自負している……!僕に出来るのはこのくらいだからね。

 今日も美味しいって言ってもらうよ!


「ふふふ。楽しみにしている」

 

 両親が居ない……親戚も最悪。

 それでもものすごく才能があって、ものすごく努力しているお姉ちゃんがいる。

 僕とお姉ちゃんはともに助け合い、仲の良い姉弟として穏やかな生活を送っていた。

 僕は間違いなく幸せだ。そう断言することが出来る。 


 

 ■■■■■



「じゃあ……おやすみ。お姉ちゃん」


「うん。おやすみ」

 

 私は自分の部屋に入っていく眠そうな蓮理の姿を見送る。

 

「ふー」

 

 そして、蓮理が完全に自分の部屋の中へと入っていたことを確認した私も自分の部屋の中へと入る。

 蓮理には絶対に見せられない自分の部屋の中へと。


「はぁー……好きぃ」

 

 私の部屋。

 そこに広がるのは私が集めてきた蓮理の顔写真だ。天井にも、壁にも少しも余すことなくびっしりと貼られている。


「蓮理ぃ」

 

 私はベッド……そこに置かれている自作の蓮理の等身大抱きまくらへと抱きつく。


「蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理蓮理」


 蓮理は可愛い。何もかもが可愛くて完璧なのだ。

 ……天使だ。


「んっ……」

 

 私は昨晩拝借した蓮理の歯ブラシを取り出して自分の口に咥える。


「はぁ……んっ。良いの……蓮理ぃ」

 

 蓮理には悪いとは思っている。……褒められるようなことではないことはわかっている。それでも辞められそうにない。

 もう……一度やってしまったのなら……引く事はできない。辞めることなんて出来ない。


「蓮理ぃ」

 

 私の頭を支配するのは蓮理のことだけ。

 蓮理の表情。蓮理の声。蓮理の仕草。

 蓮理。蓮理。蓮理。蓮理。蓮理。

 私の全ては蓮理だ。

 蓮理さえ入れば何もいらない……何も求めない。

 

「大好きぃ」

 

 こんなにも好きなのに……こんなにも愛しているのに……こんなにも……ッ!

 私が蓮理と繋がることは……異性として結ばれることはない。

 絶対に。

 

 姉弟だから。

 

 私と蓮理に繋がっている……繋がりがたまらなく愛おしく、たまらなく憎かった。


「大好きだよ。蓮理」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕が自分の姉がどうしようもないド変態のヤンデレであることを知らない件について リヒト @ninnjyasuraimu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ