107話 商品に隠されたモノ

「ど、どういうことですか?」


 私は戸惑いながらも、女性に訊いた。


「どうもこうも、少し前から町の奴らがおかしくなってんだよ」


 鉈を鞘に納めた女性はため息を着いた。


「アタシの名はレイ。この森を管理する一族の1人だよ」


 レイさんはそう言って、ニアギスの傍に近寄る。


「これは、酷い怪我だね。回復魔術で何とかなっているが、魔力の使い過ぎは体に毒だよ。あたしの家が近くにあるから、そこで休みな」

「ありがとうございます。私はミューゼリアと申します。こちらは護衛のニアギスです。不審者が投げた薬物から私を庇った結果、負傷してしまって……」

「どんな危ない毒使ったらこうなるんだ……本当に、最短だったね」


 レイさんは背負っていた籠を置き、礼を言うニアギスに肩を貸した。

 ニアギスが無抵抗な所を見るに、大丈夫なのだと思う。それに、レイさんが近くに座った時に、薬の独特な匂いがした。薬草ばかり籠に居られているから、自分で採って加工する薬剤師さんなのだろう。


「あっ、これ、私持ちます」

「直ぐに取りに戻るから、心配はいらないよ」

「助けてもらうのに、何もしないなんて出来ません」

「そうかい。ありがとうね」


 にこやかにレイさんは言った。

 私は置かれた籠を背負い、2人の後に付いて行く。

 ニアギスの脱いだ服、と思って振り向いたが、既に処理したようで無くなっていた。

 森の中は改めて見て行くと、適度に手入れされている。

 背の高い木々が枝を伸ばし、葉を茂らせる程に、地上へ届く光の量が少しずつ減るが、この森はどこもが明るい。定期的に枝を切り、地上へ充分な日差しが注ぐように配慮されている。それでいて小さな動物や虫の住処になる倒木が一部残っている。徹底せず、人間の営みもまた生態系の一部となるよう考えられた管理法だ。

 私は転ばない様に注意しながらも、感心しながら周囲を見回した。


「さぁ、着いたよ」


 10分ほど歩くと、少し年季の入った石レンガ造りの家が建っていた。所々の石レンガに色の違いがあり、何代もここで暮らしているのが伺える。


「ちょっと散らかっているけど、許しておくれ」


 木製の扉には魔方陣が書かれている。鍵代わりの様だ。女性が近づくと淡く光を帯び、自動的に開いた。

 部屋の中は、年季の入った木製の家具、そして天井や壁には乾燥させた薬草が沢山吊り下げられている。草で編まれた絨毯の上に薬研、テーブルには乳鉢と棒が3つ置かれている。


「薬剤師さんなんですね」

「あぁ、そうだよ。昔は薬草を採るだけだったが、それだけじゃ生きていけないからね」


 私の言葉にレイさんはそう答えながら、ニアギスに椅子へ案内をする。

 薬草は今では畑で栽培されている種類が多い。でも、自然の中でしかよく育たない種類もいる。土の種類や栄養状態、天候、気温、共生する虫、様々な要因があり、特に魔力を含む植物は繊細だ。霊草シャルティスは極端な偏りのおかげで人工発芽に成功したが、効能こそ同じでも自然のものとでは少々見た目が違う。その逆として、見た目はほぼ同じでも、効能に差が出る種類も存在すると本で読んだ。

 この森には、そんな特殊な薬草があるのかもしれない。

 興味惹かれるが、別の機会に教えてもらうことにする。


「あたし特製の薬草茶を淹れるから、お嬢さんも座りな」

「はい」


 私は出入り口の横へ籠を降ろし、ニアギスの隣の椅子へと座った。


「あの……先程、町の奴らと仰ってましたが、何かあったのですか?」


 待っている間に聞こうと思い、私は女性に問いかける。


「3年くらい前から、おかしな商会が町に品を卸し始めたんだ」


 水を入れた鉄製のケトルが、煙突の伸びる暖炉兼竈の上へと吊るされる。


「新商品を次々に入って来るものだから、若者は興味津々でね。薬は効き目が良くて、食品は安くて美味いと好評なもんだから、あたしも物は試しにって、ワインを一瓶買ったのさ」


 薪を適度な空間を空けながら重ねられ、針葉樹の葉の火種が瞬く間に燃え始める。


「家に帰っていざ飲もうとしたら、魔物の血に似たおかしな臭いが、ほんの僅かにしたんだ」


 えっ……? ちょっと待って。

 それって、まさか赤い毒薬?


「あたしらは薬草と薬で生計を立てているが、罠で仕留めた動物や魔物を捌く事があってね。それで、すぐに気づいたんだ。血は滋養強壮に良い薬にもなるが、ちゃんと種類が分かっている安全なものしか飲めない。人間にとって毒になりかねないからね。この森に来る猟師たちも、やばい品だって直ぐに捨てたよ」


 心がざわつく。


「町に住む顔見知りや取引相手に忠告したら、形相を変えて怒って来てね。悪者扱いされた挙句、殴られたんだ。しかも住民皆に言いふらしたようで、次に町へ行ったら石を投げられて、酷い目にあったよ」

「もしかして、猟師の方々も?」

「そうだよ。人によっては、売り物の毛皮を踏みつけられたとか、ナイフを没収されたとか言っていたね。だから、あの商会の商品のせいで皆がおかしくなったと思ってる。国王にお伝えしたくても、町ぐるみだからね……手を拱いているわけさ」


 シャーナさんの一件で国が動いても、完全に解決はしていないと思っていた。

 違法薬物と同様に、どんなに取り締まっていても、製造法が分かってしまえば、目先の利益の為に売ろうと犯罪者が湧いて来る。

 けれど、大衆が使うお店で取り扱われるなんて想定外だ。

 貴族のように一握りの人々を苦しめるのではなく、国を支える人々を陥れようとしている。沢山の人が体調不良を起こしてしまう。

 経済が停まって、国力が…………



 あれ?



「あ、あの、その、商会ってどこですか?」


「エレウスキー商会だよ」


 全身が粟立つ。


「卸すだけじゃなくて、町に店を構えるらしくて最悪だよ」


 レイさんはそう言って、湧いたお湯を茶葉の入ったティーポットに注ぎ入れる。


「お嬢様。如何なさいましたか?」


 ニアギスが私の変化に気づいて、心配そうに聞いてくれる。


「どうしよう。このままだと、最悪な事態になる」


 私はニアギスに小声で言うと、彼はほんの少し目を見開いた。


 妖精王復活の予兆の1つ。妖精によって引き起こされる病気。

 大衆が患い、多くの死者を出し、経済が一時的に麻痺した。

 その病気の特効薬の原料は、霊草シャルティスだ。

 もしも、その病気が妖精ではなく赤い毒薬によるものだったら。


「サジュを止めないと……!」


 シャーナさんを陥れようとしたファシアの様に、サジュは赤い毒薬に魅入られた父親に利用されているかもしれない。急がなければ。

 そう思った時、地面が大きく揺れた。

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モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~ 片海 鏡 @kataumikyou

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