106話 避難した森の中

〈町で地震が発生する少し前〉 


 周囲の見回りと結界を張りに行ってくれていたレフィードが、戻って来た。

 私達は今後の作戦会議をする。町へ戻りたいが、襲撃した犯人がまだいる可能性がある。慎重に行動しなければならない。


「犯人の目的は、ミューゼリアお嬢様を殺害です」

「シャーナさんに揺さぶりをかける、じゃなくて?」

「含まれていますが、貴女様が狙われた事は事実です」

「……そうだね。私があの時一番危なかった」


 ニアギスに言われて、自分が危なかったのに、他人事のように犯人の目的を考えてしまっていたと反省をした。私も貴族だ。シャーナさんの関係者としてでは無くとも、私個人が狙われる可能性は充分にある。

 自分のやるべき事があるとはいえ、それが終われば貴族としての生活が続く。学園を卒業すれば、シャーナさんと会う機会は減るんだ。厚意に甘えすぎて、立場について自覚がなかった。兄様もこれを心配していたのかもしれない。


「シャーナさん達は、大丈夫かな?」

「あちらにも銀狐が待機しています。彼なら、直ぐに行動に移しているでしょう。ご安心ください」

「それなら、よかった」


 何かあれば、店の裏口から直ぐに逃げているだろう。ニアギスの迷いない言葉に、私は安心した。


『ここに生息する魔物は、大人しいものが多かった。刺激を与えない限り、襲われる心配はない』

「安全に休めるね」

「はい」


 ニアギスは大量の血が出ているから、肉食の魔物が来るのではと内心警戒していた。

 私も魔術と拳術が出来るけれど、それでも負傷しているニアギスの方が強い。無理をさせずに済んで、とても良かった。

 しかし、気がかりもある。森の中なのに、小鳥の鳴き声が全く聞こえない。魔物は結界に阻まれるとして、血の匂いに寄って来そうな肉食の鳥や動物の気配もなく、牙獣の王冠とは違う様相に少し不安が過る。


「レフィード様。町に貼られている結界に、異変はありましたか?」


 人が住む場所には、必ず魔物避けの結界が貼られている。あえてその魔力めがけて獲物を狩りに来る竜種等の強力な魔物や、新しい住処を求め移動してきた群れによって破られる場合もあるが、大抵はこれに阻まれて侵入する事は出来ない。


『遠くから感じ取った限りでは、破れなどの異変は見られなかった』

「何か、気がかりがあるの?」

「はい。先ほど空間魔術を発動させた際、町の出入り口にある馬車の駐留所に飛ぶように設定していました。しかし何か強い力に引っ張られ座標が固定できず、位置がずれてしまいました。結果、ここへ移動してしまいました」


 ニアギスはアーダイン公爵の抱える精鋭部隊の1人。怪我に対して何も言わないので、重傷にしか見えない状態でも魔術の精度は落ちないように訓練を積んでいるのだろう。一番回復していない状態で包帯や布、着替えを用意した事実もあり、納得ができた。


「障害物……あっ、もしかして、試験管を移動できなかったのも?」


 はじめて空間魔術を見せてもらった時、手から手へとトランクケースが移動していた。細心の注意が必要な生命体に比べれば、私を逃がすよりも危険物を排除した方が手っ取り早い。複数ではあるが試験管の容易に排除できたはずだ。


「そうです。お嬢様に伏せるようお願いしたのは、可能な限り間隔を空けてもらい、散り散りに落下する試験管を囲う予定でした」

「それを妨害できるって、どんな強力な魔術が……」


 ニアギスの魔術は、予備動作や前兆は見受けられない。即発動に等しく、彼の魔力を感知するにしても瞬時に妨害は難しい。そうなると、予め何かが設置されていた事になる。


「ねぇ、レフィード。ニアギスの魔力を吸って、何かの魔方陣が発動したって可能性はあるかな?」


 魔方陣は動力源が無ければ、文字や絵の並びだ。空中を漂う魔素では量が少ないので、発動はしない。

 引っ張られた、と言うのが魔力であれば説得量があると思う。


『有り得るな。けれど、かなり近場に設置していなければ、他者の魔力を吸収するのは難しいぞ』

「試験官を投げた犯人が隠れてる建物……サジュの店の近くに設置されていたのかな」


 氷属性の魔術で凍結。風属性の魔術で飛ばす。空間魔術でなくとも、対処が出来る。

 でも、隣や近辺の建物だと少し距離が空く?

 それに何かが発動した感じはなかったな……魔力を貯めていたのかも。


「あっ! 牙獣の王冠の! ねぇ、地下の広い場所に魔方陣がある可能性は?」


 ニアギスが口を開こうとした時、ガサリと草を分けて何かが近づく音と、地面に落ちた木の枝が折れる音が聴こえた。

 私は警戒し、レフィードは姿を消した。でも、ニアギスは音のする方へ顔を向けるだけ。

 魔物じゃない? 人?


「女の子の声が聞こえると思ったら……妖精の類じゃなくて安心したよ」


 森の作業に適した格好をした中年の女性が、木の影から現れる。背中には薬草の入った大きな籠を背負い、手には鉈を持っている。警戒していたようだが、私を見て安心したようだ。


「ちょ、ちょっと! どうしたのその怪我!?」


 そして、ニアギスへと目線が向き、驚いた顔を見せる。


「町の奴らに、何かされたのかい!?」


 思いもよらない問いかけに、私とニアギスは驚いた。

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