105話 盤上の住人 (続・視点変更)

「きゃぁ!?」


 大きな揺れにバランスを崩したシャーナを、銀狐の男が支える。

 揺れが治まり、ラグニールが銀狐に状況確認を頼もうとした瞬間、客間へと公爵家の護衛兵達が急いで入って来た。


「皆さん早く逃げてください!!」


 その発言とほぼ当時に、外に町の住民が大勢現れ、中へ入ろうと窓を叩き始める。

 人々の目と表情は虚ろであり、生気を全く感じ取れない。


「屋根の上へ緊急退避します」


 銀狐の男の影からは、1メートルを優に超える5匹の蜘蛛が這い出てくる。

 1匹の蜘蛛はすぐさま消化液を吐き、天井、そして屋根の一部を溶かす。

 銀狐はシャーナを抱き抱え、4匹の蜘蛛はラグニールとイグルド、そして護衛兵達に掴まる。

 消化液を吐いた1匹がサージェルマンに掴まろうとしたが、ガラスが割れた。

 イグルドはサージェルマンに思わず手を伸ばそうとしたが、蜘蛛達は糸を吐き、即座に屋根の上へと退避する。彼は頭を抱えてうずくまり、上を見ようともしなかった。


「何が起きているんだ」


 無事に屋根の上へと到着したが、ラグニールはこの状況に眉を顰める。

 下を見れば、窓を割り、扉をけ破り、大量の住民が天井の穴へと集まっている。店の周囲にも集まり始め、まるで死骸に群がる蟻のようだ。


「こんな数のホムンクルスを見るのは、初めてだ」


 室内には、天井を溶かす為に放たれた蜘蛛の消化液が、床や壁に飛び散り、滴り落ちている。通常の人間であれば、肌が溶け、爛れると近寄ろうともしない。だが、こちらへ手を伸ばす彼等は、消化液を全く気にせず、触れて負傷しても、表情が一切変わらない。

 喉から空気が抜けるような、人間の声とは言い難い耳障りな音が、聞こえてくる。

 国が管理する錬金術師の研究所では、医療への技術転換するためにホムンクルスの研究が進む中で、情報源の最少量を調べる実験が行われている。

 どこから意志を持ち、どこから生命活動を行うのか。命とは何なのか。

 今、眼下に見える人々は、とりわけ最小量で作られた形だけのものに等しい。

 あれは、術者が居なければ人形同然の代物だ。

 だが動くと言う事は、ゴーレムと同じく設定された行動の基盤が存在する。

 複雑に見えていた町の人々の動きは、全てに規則性があり、最初から彼らに意思はない。他の町の住民、国の役人との会話など特定の条件を満たさない限り、彼等は特別な行動をしない。


 そう仮定するならば、どこかに彼等の規則を作るものがあり、先程の地震が号令となり、ホムンクルス達は敵対し襲い掛かって来た事になる。


 一体何のために、この数が製造された?

 町の住民達の安否は? 

 他のサージェルマンを模したホムンクルスの居た町も、同様の被害が?


 ラグニールの中で疑問が膨れ上がるが、直ぐに現実を見る。


「銀狐。サージェルマンとされるホムンクルスの位置を把握してくれ。あれを取り逃すわけにはいかない」

「かしこまりました」


 銀狐の長い髪の間から、小さな羽虫が飛んで行った。


「シャーナ。確か、ミューゼリアさんと一緒にいる銀狐は、空間魔術の使い手だったね?」

「そうよ。でも、町中では上手く操れなかったようで、予め用意していた避難場所には現れなかったわ」

「それなら、私達も魔術を使うのは得策ではないね。屋根を伝い、町の外へ逃げるとしよう」


 多勢に無勢。銀狐の操る虫と護衛兵だけでは、処理しきれない。わざわざこちらに向かって来るとなれば、ホムンクルスの内部に爆弾やそれ相応の魔術が仕組まれている恐れがある。銀狐を負傷させた薬物を飲み込んだホムンクルスが自爆したとなれば、こちらはただでは済まない。

戦闘と接触は最小限に抑え、脱出する。

 ミューゼリアの安否が気がかりではあるが、今はこの状況を突破するのが最優先だ。


「イグルド」

「あんな表情見たら、嫌でも気になるだろ」


 下を眺めるイグルドの表情に明るさは無く、影が差している。

 サージェルマンの姿をしたホムンクルスは利用され、現実を突き付けられた被害者。何も知らなかったからと言って、無罪放免に出来るはずが無い。


「私は、彼を殺す気はないよ」

「分かってる」


 イグルドは大きく息を吐くと感傷を辞め、切り替える。


「俺と護衛兵で防御固めるから、銀狐さんは道案内してくれ」 


 ズボンの裾を上げ、隠し持っていた短剣を取り出すとイグルドは、そう言った。

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