K高校文芸部の推理

開口一番に言ったのは武田先輩だった。

「登場人物は来栖とその兄の来栖あおいさんか。あと、お前の家は叔父夫婦暮らしだったよな。お前、推理させるならアンフェアだぞ」

「そうだった。家族構成は言ってなかったね。両親は共に海外、現在は叔父夫婦と兄さんとの四人暮らしだよ」

「へぇ、そうだったんですか」

「うん、それで叔父は喫茶店の店主で兄さんはバイトしてる。冬ちゃんは以前店に来たし、知ってるよね」

「はい、落ち着いた雰囲気でとても良いお店でした」

「うちの店の宣伝になるよ、ありがとう! これで登場人物は全員言ったし、フェアかな?」

 凛華先輩が聞き、皆うなずいた。

「ヒントが多かったかな? さて、人物は誰でしょう」

 首肯の那須がいつも閉じている口を重々しく開いた。

「普通に考えれば、先輩の兄では? その兄が背の高い人かは知りませんけど、先輩の叔父夫婦が話に出てこないから、その二人には関係がない話だということでしょうし」

「ピンポーン。正解だよ〜。那須くんにはジュースを奢ってやろう」

 先輩は、小銭こぜに入れから百五十円を出した。どうやら、全て解いた者だけにもらえる奢りではないらしい。先輩が言った三問中、一問でも答えを言えば、奢ってもらえるようだ。

大概たいがいはこれで足りるよね。家の方向が真逆だから、これにて勘弁してね」

「うっす」

 那須が話すことはクラスでもほぼ無に等しい。凛華先輩、凄いなと感心する。

 

「お次は武田! 武田はもう分かったかな?」

 静寂の後、苦笑した武田先輩は答えた。

「なんとも言えないが、とりあえず質問はしていいだろうか?」

「うん、オッケーだよ」

「質問一、甘い香りがしたということは、蒼さんが菓子を作っていたということか?」

 凛華先輩がらす。本すじに触れる内容の可能性大のようだ。

「そうだよ。兄さんはお菓子を作ってたの。夜中にやるのは少しどうかと思うけど、兄さんは大の甘党だからね」

「そうか。質問二、そのお菓子は枚と数えるお菓子だ。フライパンか、オーブンあるいは電子レンジ。どれを使ったものだ?」

 これは的を射る質問だ。先輩の一枚、二枚と数えるくだりを聞くに、そのお菓子は枚で数えるお菓子だと言える。その枚数で数えるお菓子は一般的に二つに限定される。クッキーと——。

「フライパンだよ」

「じゃあ、ホットケーキを作っていたんだな」

「うん、正解だよ〜。枚で数えるお菓子はね、クッキーとホットケーキ、またはパンケーキが普通に言われてるやつかな。武田がそう思った理由は?」

「クッキーは通常、オーブンや電子レンジで作る。反対にホットケーキやパンケーキはフライパンだと思ったから。で、そこから甘い香りがするものを考えると、パンケーキは甘くないものを作る場合が多いので除外。ということで、残ったホットケーキが無難だと思った」

 武田先輩、こんなにお菓子に詳しいとは。最近多い、スイーツ男子というやつなのかもしれない。

「おおっ、武田詳しいね! 確かにそうなんだけど、ここで豆知識。クッキーもホットケーキもパンケーキも、オーブン、電子レンジ、フライパンで作れるんだよ。なんなら、武田は言ってないけど、ホットプレートで作る人もいるらしいよ。これは、兄さんの受け売りだけどね」

 さすが、凛華先輩の兄。以前、その人に相談したことがあったのだが、お菓子のことだけはやたら博識だった。彼については少し仲良くなった程度だが、夜中にスイーツを作るのは容易に想像できた。

「はい、嫌だけど武田に百五十円。今度はわたしになんか奢ってね。武田より若いわたしだけが奢るのはそれこそフェアじゃないでしょ」

「はいはい、そうだな。今度、アイスでも奢ってやるよ」

「イエーイ! 武田、ちょろーい」

 K高校文芸部の一番の醍醐味だいごみとして、武田先輩と凛華先輩の絡みを見るというものがある。わたしはそこまで思わないのだが、オタクの友人曰く、カップリングしやすいだとか。距離感だけは付き合っているふうに見える二人だが、全然付き合ってはないらしい。

 

「ラストだよー。夜中にホットケーキを作った兄さん。果たしてその理由とは⁉︎ 冬ちゃんは分かるかな?」

 ヒントは少ない。夜中にホットケーキを作るのは後ろめたいから、それを発展させればいいと思うが。

「ヒントが欲しいです」

「うん、あげるよ。ヒント一、普段兄さんは夜中でも「一緒にお菓子食べないか?」と誘ってくれる。でも、今回は言ってくれなかったんだよね」

「その日に限って言ってくれなかった……」

「ヒント二、兄さんは小声で歌うことなんてない」

 要は、いつもとは違う来栖さんだったということか。そこまでして、一人でホットケーキを食べたい理由。後ろめたいではないような気がする。

「質問します。そのホットケーキはホットケーキミックスを使ったものですか? または、小麦粉を使いましたか?」

「ホットケーキミックスだよ。その方が簡単に作れるからっていうのもあるけど」

 これだけでは証拠が足りなそうだ。来栖さんの情報を知ろう。

「二つ目、来栖さんはお酒が強いですか?」

 えっ、というような表情を凛華先輩は見せた。それを聞くんだというような感じだ。

「それなりには強いよ」

「そうですか。ちなみになんですが、その次の日に酒瓶はありましたか? 度数が強めのものです」

「……あったよ」

「その次の日の体調はどうでしたか? 二日酔いとかではなく、元気だったかってことです」

「いつも通り元気だったよ」

 これで、小声で歌いながら、ホットケーキを作った理由は分かった。あとは、なぜ、凛華先輩とホットケーキを食べなかったか、だ。

「たぶん、これが最後の質問になります。使ったホットケーキミックスは、以前に開封されていて、賞味期限が切れていましたか? あと、それは高温多湿の場所で保存されていましたか?」

 

「そうだよ。どっちの質問も当たってるよ」

 これで証拠は揃った。当たるかどうかは別として、もう話すだけだ。

 

「来栖さんがホットケーキをこっそり一人で食べた理由。それは、ホットケーキミックスが腐っている可能性があって、それを凛華先輩に食べさせられないと思ったから。来栖さんは一緒に食べようと誘おうと思ったけど、凛華先輩が食中毒になってはいけないと思い、一人で食べた。そして、小声で歌っていたのは普段飲まない度数のある酒を飲んで少しうかれていたから。たぶん、誘えなくて一人食べたという罪悪感を消すために飲んだんでしょう。……その、合ってます?」

 

 ほとんど喋っていない武田先輩と那須も黙ってこちらを見ていて、気まずい。どうか、凛華先輩、早く答えを言ってくれ。

「ピンポンピンポーン! 正解だよ〜。いやぁ、兄さんの心理を理解できたとはやるね、冬ちゃん」

「理解できたか分かりませんけど、ありがとうございます?」

「兄さんはね、基本賞味期限が切れたものを平気で食べれる人なんだけど、それを家族に食べさせるのは嫌だったんだろうね。だから、その日はわたしを誘ってくれなかったんだよ。本人、言いたがらないから、聞き出すのが面倒くさかったのを覚えてる。それに、テレビに入ってたし」

「ホットケーキミックスの食中毒がか?」

「そう。武田は見てないんだ。ホットケーキミックスや小麦粉でなった人、結構多いらしくてね、パンケーキ症候群って言うんだって。怖いよね、ダニが繁殖して、じんましんとか腹痛などのアレルギー症状が出るんだよ」

 那須が首が折れそうになるほど頷く。そこまで振ると痛そうに見える。

粉物こなものってなりやすいらしくてさ、常温や冷蔵庫保存なら良いらしいよ。みんなも気をつけてね〜」

「おっと、それから冬ちゃんに百五十円! あと、兄さんの心理を理解できた同志だから、今度うちの店に来た時、メニューにある二つまで無料にしちゃうよ〜」

「ほんとですか! ありがとうございます。凛華先輩のとこの喫茶店、シュークリームもコーヒーも美味しくて、とても嬉しいです」

「いいんだよ。まあ、これにて、わたしの怖い話は終了です。みんなも賞味期限切れの粉物には気をつけようね! 良い子は真似をしないんだよ」

 そういう意味で怖い話だったのか。

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深夜の料理の謎 三日月黎 @ruelkuroneko

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