第7話
「おい。あれってエンティーじゃないか?」
「あの髪形は……シャングア様か」
「えっ。本当だ……え? なんで?」
神殿の内殻の南と北館に湯場がある。北館は従属達のみが使用でき、南館にはαの奇蹟によって作られた温泉が湧いており、外殻の一般市民に湯治場として開放されている。温泉だけでなく、蒸し風呂も用意されている。
南館中央の広間は白い神殿内部とは違い色彩豊かなタイルで彩られ、休憩所兼食事処ともあって、季節によって装飾品を日々従属達が取り換え、絨毯などの洗濯、壁や床の修繕に当たっている。
リュクとその同僚達も、其れに呼ばれていたが、思わぬ光景に驚きを隠せず、仕事の手が止まった。
「あいつ泥だらけだし、なんでシャングア様と……?」
β達が平伏するよりも早く、広間を足早にシャングアが顔を下げたエンティーを引っ張って男湯の方向へ歩いていく。エンティーの髪や服は泥で黒く汚れ、シャングアの服も一部汚れている。
梯子に上って壁を磨いていたリュクは驚きながらも、下へと降りていく。
「そこのキミ!」
シャングアが、まだ平伏できていなかったリュクに声をかける。
エンティーからリュクの事を聞いているシャングアであったが、初対面であったため、それが分からなかった。
「は、はい!」
リュクの声に、エンティーの肩がピクリと震える。
「すまないが、私とこの人に新しい服を持ってきてほしい。直ぐに欲しいから、私の服もあなた方と同じもので構わない」
「わかりました!」
リュクは一礼をすると、すぐに自分達の服を作っている裁縫場へ走り出す。
「なんかあったの?」
「やっぱり、Ωだからって虐められて……」
「あの人、ちょっと変わりものって噂があるし、泥を持って歩いてたとか?」
「はぁ? エンティーのいた場所は、水場だぞ? そこで洗えばいいのに、わざわざここに来たってことは、何かあったんだよ」
平伏をする同僚のβ達が小声で口々に言うが、リュクの耳には届いてはいない。
男湯の扉を開けたシャングア達に、更衣室で着替えている者達は驚いた。湯場が解放されているとはいえ、外殻と内殻の者が一緒に入る事など前例がない。外殻の彼らは、中で湯あみを楽しんでいた人々にも呼びかけ、着替えもままならない中、外へと出て行く。
気にしないでくれ。楽にしていてくれ、と言いたかったシャングアではあったが、声はかき消され、あっという間に誰もいなくなった。
人の波に圧倒されたシャングアだったがすぐに我に返り、エンティーを見る。
誰もいなくなって、好都合と考えるべきだろう。
「無理やり引っ張ってしまって、ごめん。痛くはなかった?」
「これくらいは、平気」
顔を上げたエンティーは、笑顔を作って見せる。
シャングアは手を離すと、うっすらと彼の手首が赤くなっているのが見えた。
「……先程、新しい服を頼んだから、脱いで、温泉に入ると良い」
更衣室には、水捌けのよい絨毯が所々に引かれ、その上に服を入れておく為の籠が置かれている。温泉への出入り口の隣には、体を覆うための湯あみ専用の白い布が、大きな籠に溢れる程入れられている。使用済みの物は、広間への出入り口前に置かれた籠へ入れるように決まっている。
「う、うん」
エンティーは頷き、初めての湯場に周囲を再度確認した後、服を脱ぎだす。
シャングアも脱ぎ始めた。
「なんで!?」
思わず問うと、彼はやや目線を下に向けつつ、
「その……昨日、縁談から逃げ回って、屋根の上で一晩過ごしていたから、汚れているし……ついでに、僕も洗ってしまおうかと……」
言いにくそうに、答えた。
よく見れば、シャングアの服は袖や裾など、所々に黒く汚れている。髪がやや乱れ、三つ編みも崩れてしまっている箇所があった。
「た、大変だったね」
神殿は場所にもよるが、一番低くても3階建てだ。
どのように登り、何処に隠れ、屋根の上で一晩過ごしていたのか、エンティーには想像がつかず、その様に声を掛けることしか出来ない。
「うん。沢山移動をして、汗をかいた」
シャングアは頷き、体臭を気にする素振りを見せる。
身に着ける装飾品が多く、複雑な構造の服の為、彼は脱ぐのにやや苦戦している。手伝おうと思ったエンティーだが、友人とは言え平民が皇族に触れるのはどうなのか、と遠慮してしまう。
また、αの素肌を間近で見る機会が今回初めての為、妙に意識してしまっている。まだ次の発情まで一か月以上あるが、何が起きるのか分からない。
「その、俺、先に入るね」
泥だらけの服を急いで脱ぎ、籠に入れず床に置いたエンティーは、湯あみの用の腰布を体に巻き付ける。
「うん」
エンティーは一足先に、浴室へ向かう。
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