第2話

エンティーの掃除をする持ち場。年上βと貴族α、β達の目の届かない神殿の外れ。小さな噴水があり、憩いの場として利用されるはずだったが、どの施設からも離れている為、全く人が寄り付かない。

 噴水には、ツル植物が巻き付いた剣と蛇の巻き付いた杖が交差し合う紋様が刻印されている。かつて、この地に蔓延した病魔を終息させた初代聖皇が掲げた神殿の紋章だ。彼女が持っていた白蛇の巻き付く杖は、その偉業を称えると共に、終わりなき病魔と戦う人々を支える柱となり、剣にツルが這う程の長き平安を祈る。

 世界でも数少ない中立国家。人類の病魔から守る最後の砦の象徴だ。


「こんにちは。シャングア」


 ほとんど人の寄り付かない薄暗いその場所に、先客がいた。

 床に座っている青年は走ってきたエンティーに気付くと、本を閉じた。


「こんにちは」


 銀色の髪を短く切りつつ、後ろ髪はひざ下まで長く伸ばし、細く細かな3つ網が4つ編まれている。精悍な顔立ちに、切れ長の紺色の瞳は、静かに輝いている。額には紺色の宝玉は深海のように深く、暗闇すらなく、聖なる光を湛えている。身長は高く、白磁の肌の体は贅肉が削ぎ落され、筋肉は動く事へ特化させ隅々まで鍛え上げられ、柔軟かつ俊敏さを兼ね備えているのが伺える。上質な白い服は、簡素に作られたエンティーのものと違い、複数の布を編み込むように複雑な構造をしている。耳、首、腕、足、様々な箇所に金で作られた装飾品で彩られているが、彼の美しさを損なうものでは無い。

 シャングア・バルガディン・ルエンカーナ。年は19。性は男性。第二の性はαである。


「今日読んでいたのは?」


 エンティーは箒を使って掃き掃除を始めつつ、親しそうにシャングアに問う。

 二人が出会ったのは、約2年前。行き倒れるように噴水の近くで寝ていたシャングアを、急病人と勘違いしてエンティーが起こしたのがきっかけでる。

 当初はエンティーが遠慮をしてほとんど話さなかったが、少しずつ打ち解け、今に至る。


「南国の虫達の生態記録」

「虫かー。そういえば、ここって案外いないよね」


 噴水があるため、時折小鳥が水を飲みに来る事や、浴びているのを目撃する事はあっても、コバエやアリの様な小さな虫すら見かけない。


「内殻は清潔に保つ必要があって、虫よけの術が施されているから、殆ど入って来ないよ。それに虫なら、西に虫の研究施設があって庭があるから、そこに沢山いる」

「へぇ。そんな施設があるんだ」


 シャングアは、皇族に生まれた四番目のαである。額の宝玉が紺色であるほど神の愛を受けているとされるαの中で、彼はその色がより強く出ており、兄姉達と少し年が離れている事もあって随分と可愛がられて育った。彼自身はそれに甘んじることなく、勉学、武術を真剣に取り組み、同じ年のαの中でも一歩先を行っている。

 しかし内核では、彼は皇族でも変わり者と噂されている。

 白銀色と紺色は、神の象徴。エンティー達平民を含め、内殻では髪を長く伸ばす風習があるが、シャングアは邪魔だからと後ろ髪以外を全て短く切った。それを見た年老いたαが、卒倒したらしい。皇族のαは子孫を増やすために14歳から見合いを行い、ハーレムを徐々に作るが、彼はそれを嫌がり全ての見合いを断り、無理やり行われようものなら、ありとあらゆる手段を使って逃走をする。見合いをさせられそうになり、建物の2階の窓から飛び降り、地面に着地するとすぐさま走って逃げた、とエンティーも噂で聞いている。しかしシャングアは皇族としての自覚はあるため、職務や催事の際は真面目に行っており、何も知らない外殻の民からの評価は高い。日々の生活を助けてくれていると従属のβやΩには傲慢な態度をとらず事ある毎に感謝をする為、彼らからの人気もある。貴族側から見れば、どうにも扱いにくい存在のようだ。


「行った事ないの? 施設の庭なら、許可が無くても行けるはずだよ」

 シャングアは問う。


「だって、俺は平民のΩだもん。行けるはずないよ」

 エンティーは苦笑しつつ言った。

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