白銀の城の俺と僕

片海 鏡

一章

第1話

 絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体〈神殿〉によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。


「エンティー?そっち洗い終わったー?」


 海底から切り出される白い特殊な鉱石で作られた神殿の一角。繊細な彫刻が施され、常に清水が沸き続ける水場。大浴場にも似た広大なその場所で、彼らは服を着たままその中へ入り、自分の体を包み込むほどの大きな白い布を洗っていた。


「終わった。匂いも取れたと思う」


 3メートルほど離れた場所で自ら水に浸かって洗っていたエンティーは、手を振って応えた。

 長く伸びた美しい銀髪。澄んだ紺色の瞳の周りに長いまつ毛を飾っている。絹の様にきめ細やかな白磁の肌。顔立ちは非常に整っており、一目見ただけでは性別を判断する事は出来ない。洗っている布と同質の生地の服を着るその体はやや痩せているが、元気よく動いている。荘厳な聖域に住まう精霊と言うより、野を駆け回る妖精のようだ。

 名をエンティー。国の決まりで生まれた当初に神殿に召し抱えられた為、姓はない。

 年は17歳。性別は男性。第二の性はΩである。


「リュク。どう?」


 エンティーは水場から上がると、同じ年に生まれたリュクに、自分の洗った布を差し出しながら、問う。

 零れ落ちる雫だけでなく、髪が光に反射し虹を宿している。


「………うん!これなら、大丈夫かな」


 長い髪を一束にまとめたリュクはエンティーの洗った布の匂いを嗅ぐと頷いた。彼もまた、銀髪に紺色の瞳をし、眉間には青い宝玉が埋め込まれている。

 年は19歳。性別は男性。第二の性はβである。


「付き合わせてごめん」

「謝る事ないって。さっさと干して、着替えて、掃除に行こう」

「うん」


 布から水を絞り出すと、予め置いてあった籠に入れ、足早に二人はその場を後にする。


「二人ともー!遅いぞ!」


 同年代のβの同僚達4人が、大量に設置された物干し竿に白い布を干していた。彼らもまた、銀髪に紺色の瞳をし、眉間には青の宝玉が埋め込まれている。その青色は、一人一人差があり、水色に近い者もいれば、赤みを帯びた者もいる。


「エンティー。匂いは取れた?」

「ばっちり!」

「本当かよ?先月は洗うの、大変だったんだからな?」

「リュクに確認してもらったから、大丈夫!」

「んー?確かに」


 空いていた物干し竿に、先程洗った白い布を干しながら、エンティーは近い年頃の同僚達と他愛ない会話をする。

 医療の中核にして、神の聖域である神殿は大きく三層に分かれている。

 外界と接触のあり、人に多種多様な色のある〈外殻〉

 神の聖徒のみが住まう事が許された 〈内殻〉

 そして、島を統治する聖皇とその家族の住まう〈心殻〉

 神の眷属の証である銀髪に紺色の瞳、額に紺色の宝玉を持って生まれてくる。宝玉より神の英知と力を受け取り、それを持って国を繁栄させ、守り継いでいる。

しかし、αだけでは命を繋ぐことは難しい。神はβとΩの中から優れた能力を持つ者を選びたし、彼らのよき友として、時に番となるべく眷属の色と力を与えたと伝えられている。現在、神殿にはα同様に古くから続くβとΩを輩出する貴族達が存在する。エンティーやリュクの様に、稀に外殻で生まれた神の色を持つ赤子は、選ばれしモノとして壮大に祝福され、内殻へ召し上げられる。

 神殿で過ごすためある程度の教養を受け、衣食住は保証されるが、実際は使用人と大差ない。


「エンティー。次は持ち場で掃除だって。それが終わったら、直ぐに帰ってもいいってさ」

「今日は結構楽だね」

「まぁ、ね。その前にエンティーの場合は髪の毛乾かして、服着替えないと風邪を引くよ」


 発情の匂いがほのかにした為、まず身体を洗った方が良いと促したものの、まさか水場に飛び込んでそのまま洗濯するとは当初思いもしなかった。

髪の毛の水を絞り出すエンティーを見て、リュクは苦笑する。


「うん。直ぐに着替えてくる」

「俺がいなくても、大丈夫?」

「うん!大丈夫!髪の毛乾ききらなかったら、布被っていくから!」


 エンティーはそう言って、リュクと別れて、自室へ戻る。神殿の中に作られた平民階級Ω専用居住区だ。

 α、β、Ωの第二性は、体が性的に成熟を始める9歳から13歳の間に発現をする。0歳から5歳までも乳幼児専用居住区、6歳から13歳までを小児専用居住区で過ごし、第二性診断を受けたのち、各第二性別事に居住区が振り分けられる。

 Ω専用居住区は男女5部屋ずつ、計10部屋用意され、以前は6人いたが、現在はエンティーのみだ。

 部屋は寝台と小さな机と椅子、陶器の水差しと使い込まれた湯飲み、裁縫道具の入った木箱、衣類箪笥、機織り機が置かれている。寝るか、機を織るか、着替えるか、その三択しか、ここにはない。何か欲しい時は必ず居住区を管理するβに相談しなければならないが、服か薬か、機織りの修繕または布の材料以外は、悉く却下されている。リュク達βは、たまにではあるが本や菓子を貰えると、エンティーは同僚から聞いていた。

 生まれた当初に神殿に召し上げられるため、平民と貴族の差はあるのか、と外の世間では時折議論が飛び交う。外では目にすることもできない〈差〉がここにある。

エンティーは濡れた服を椅子に掛け、箪笥から服を取り出し着替えた。


「あっ…」


 袖が一部破れている事に気付いた。二日前に新しく支給された服のはずだった。また、誰かの古着を回されたのだ。


「……」


 破れを直すために裁縫をしていては、遅刻をしてしまう。同僚のβ達が、年上βに小言を言われ、自分のせいで迷惑をかけてしまう。

一瞬迷った彼だが、髪を軽く拭くと急いで、部屋を出ると立てかけられていた箒を手に、自分の持ち場へと走って行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る