第3話 ヒーローは世界を救う!

「警戒、警戒!」


 もしかして片思いでもアウトなの?

 告白すらしていないのに、警報が鳴るなんて。


「研究所内の者に告ぐ。サボリタイが襲来中。繰り返す。サボリタイが――」


 わたしと水野博士は顔を見合わせる。


「なんで研究所の場所が。看板はドリアン栽培所で偽装しているのよ」

「元ストーンズの三名には、帰置荷無与キオクニナイヨを飲ませている。ヒーローだったころの記憶は、すべて忘れさせたはずじゃなかったのか?」


 えええぇーっ!


 水野博士、さらっとスゴいこと話したよね。それじゃあ、あの三人が戻る日は来ないじゃない。再始動を期待していたのに!


 研究者って非情ね。目的のためなら手段を選ばないなんて。百年の恋も冷めてきちゃった。好きになるのは一瞬だけど、好きじゃなくなるのも早いよね。


 わたしが肩を落としていると、部屋の中に突風が吹き荒れた。目の前に現れたのは、わたしと色違いのボディースーツ。ダボッと膨らんだ服の中には、何丁もの銃が仕込まれていた。


「ヒスイグリーンも、変身アイテムの定期検査に来ていたんだね!」


 近付こうとしたわたしを、水野博士が止める。


「ヒスイグリーン。その黒いネバネバはどうしたんだ?」


 それは、サボリタイが人の心の奥底まで侵食した証拠だ。ヒスイグリーンが歩いた場所は、コールタールを塗ったみたいになっていた。


「どうしてヒーローが、悪の手に落ちているのよ?」

「ヒーローって、もっと感謝される存在だと思っていたんだ。なのに、最近は魔法少女のことばかり。スカートが短いから可愛い? ピンク色に癒される? じゃあ、僕たちは? 野郎ばかりで暑苦しい? 見た目だけで判断しないでよ。魔法少女もヒーローも、みんなのために戦っているんだ!」


 どこにも吐き出せなかった思いが、部屋中に充満する。わたしはヒスイグリーンにかける言葉を見失った。ヒスイグリーンが悩んでいたことを、全然知らなかったから。


「僕も楽になりたい。誰かのために頑張るのは疲れたよ」


 ヒスイグリーンがわたしに銃口を向けた。わたしが動く前に、弾丸がヘルメットに当たる。


「ちっ。仲間を撃つなんて、いい度胸しているじゃない。褒めてなんかいないわよ。見下しているんだから!」


 わたしは剣で弾丸をはらい続けた。

 できることならヒスイグリーンと戦いたくない。言葉で揺さぶりをかけた。


「あんた、もともと一人で戦っていたわね。所長の孫だから断りきれなかったんでしょ。本当は目立ちたくないのに。めちゃくちゃストレスになったんじゃないの?」

「そんなことはない!」


 そんなことはある。弾丸の雨が弱くなったもの。


「あんたと会ったのは、体育館だったわね。小五のときの学芸会で、客席の最前列にあんたがいた。演目は白雪姫。雪村緋芽なんてヒロインらしい名前をつけてもらったけど、実際の役は老婆ヴィラン。わたしの名演技に泣き出す一年生もいたっけ。柳沢やなぎさわ、あんたのことよ」


 水野博士が息をのむ。


 ヒーローは本名を知られてはいけない。そして、弱みを握られてはいけない。それらの条件が満たされた場合、変身アイテムの機能は停止する。


 ヒスイギアの光は点滅し――緑色に輝いた。


「なんで止まってくれないのよ!」

「動力源を変えられたんだ。マモルンダパワーではなく、サボッチャオウに」


 水野博士の解説に舌打ちすると、床が割れてつたが飛び出してきた。弾丸ばかり気にしていたけど、ヒスイグリーンは植物も操れるんだった!


 わたしの体をつたが掴んだ。身動きが取れないまま、壁に打ち付けられる。


 痛い。ヘルメットが壊れているから、当たり前か。でも、身体中の痛みより、胸の奥がきゅうって痛むんだ。


「せめて、もう一度。あなたの笑顔が見たかった」


 わたしがスカウトされた日、あなたは初めて仲間ができたと笑っていた。守りたかった、あの日の笑顔を。

 思えばあの瞬間、わたしは一目惚れしていたのかもしれない。


「わたしってば、何を考えて……」

「やーだ! それ以上は思い出すんじゃない! せっかく帰置荷無与キオクニナイヨを飲ませたんじゃぞ!」


 大人気ない声の主は、所長だ。放送ボタンを切っていなかったみたいだ。公私混同して最低だわ!


 わたしはヒスイグリーンを見つめる。今までは、実の弟みたいに守りたいと思っていた。危険な目に合わせたくないと思ってきた。でも、その感情は、家族や仲間以外にも抱くものだよね?


 わたしは割れたヘルメットを脱ぐ。


幸樹こうき。わたしはお姫様にはなれないけど」


 名前を呼ぶのは照れる。だけど、これからすることの方が、もっと照れてしまう。


 わたしは幸樹にひざまずく。足元の黒いネバネバは、すっかり乾いていた。


「あなたを守る騎士にしてくれない?」


 幸樹の手の甲にキスをした。


「ひゃい。喜んで」


 幸樹の変身はとけ、真っ赤になった姫君がいた。

 廊下から足音が鳴り、なぜかユニコーンハートが決めポーズを見せた。


「きらめけ、ドリーミーアタック! わたしが来たなら安心……って雪村がどうしてここに!」

「そっちこそ、どうしてわたしの名前を知っているのよ!」


 うわあぁと泣きじゃくりながら退散するユニコーンハート。


 なんだったのよ。わたしと幸樹の物語を、邪魔しないでよね!

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コハクイエローの秘密 羽間慧 @hazamakei

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