第2話 ヒーローだって悩みはある!

 待ちに待った放課後。学校を出る前も身だしなみのチェックをしたけれど、研究所に入る前も念入りに見た。セーラー服のリボンはよれていないよね。


 水野博士の部屋の前に来ると、ドアは開かれていた。鳥が羽ばたく準備をするみたいに、ふぁさっと空気が動く。


 椅子から立ち上がった水野博士が、白衣を手に取っていた。上着を羽織ることは、ごく普通の動作だけど、わたしはカッコイイと思った。ワックスで整えられた黒髪と、涙ぼくろを見ただけでもトキメキが止まらないのに。白衣の効果はすごい。あまりの神々しさに、変な声を出しそうだった。深呼吸して、一番いい状態の声に戻さなきゃ。


「博士、こんにちは」


 わたしが部屋に入ると、水野博士は目を細めた。


「雪村さん、僕から出向くつもりだったのに」

「博士の貴重なお時間を割く訳にはいきませんから。それに、中学校からバスで三分くらいの距離なので、大丈夫ですよ」

「いつもありがとう。昨日もヒスイグリーンと二人で戦って、疲れているだろうに。僕なんかのことを気遣ってくれて嬉しいよ。雪村さんは優しいね」


 わたしは両手を握りしめた。


 優しくないです。めちゃくちゃ下心で動いています。博士が、わたしのことを少しでも好きになってくれたらいいなって。

 ううっ、ここに来る前にいろいろとイメージしてきたのに。本物の水野博士を目の前にしたら緊張しちゃう。ちゃんと笑顔を作れているのかな。


 水野博士はわたしの肩に手を添えた。


「それじゃあ、始めよっか」


 水野博士がわたしを見つめる。思わず、わたしの唇に力が入った。だって好きな人の前で、アレをしちゃうもの。すごく照れるんだよね、アレ。


 わたしは、セーラー服の中に隠していたペンダントを引き出す。


「コハクギア起動」


 ペンダントについていた黄色の石が光る。その光はわたしを包み、違う自分に変身させた。


 着ているものは、はちみつのように澄んだ黄色のボディースーツ。サイドには、オレンジブラウンの線が入っている。ブーツと手袋は、けがれのない白色だった。わたしは、こぶしを天井に突き上げる。腰に下げていた剣が、効果音のようにジャジャンと揺れた。


「太陽のごとく熱く燃える! 黄金の輝き、コハクイエロー!」


 ヘルメットで顔が見えないとは言え、今のセリフを水野博士に聞かれているのは恥ずかしい。もうお嫁に行けないよ!


 水野博士。一生のお願いなので、何か喋ってくれませんか? なんとも言えない空気にたえられません!


 水野博士は、わたしの周囲をぐるぐると眺めた。


「コハクギアは正常に動いているね。変身に問題はないようだ。戦闘中に気になったところはあったかな?」

「大丈夫です。水野博士が作ったものですから、カンペキですよ。ユニコーンハートには負けませんから!」


 ユニコーンハートというのは、去年のひな祭りの日にデビューした魔法少女のこと。伝説の生き物である、一角獣ユニコーンの守護を受けた乙女なの。淡い桃色の髪に、レースのカチューシャ。フリルたっぷりのドレスで愛らしい見た目だけど、わたしにとっては可愛くなかった。だって彼女の活躍のせいで、ストーンズメンバーは数を減らしていったんだもの。


 最初にメンバーが減ったのは半年前。メノウレッドが辞めると言い出した。


「俺は、ユニコーンハートを応援するためにヒーローを辞める。彼女こそ真のヒーローだ!」

「いやいや、ユニコーンハートと一緒に地球を守れば良いじゃない。レッドが抜けたら困るよ」


 レッドが後先考えずに敵の中へ突っ込むからこそ、ルリブルーとヒスイグリーンの不意打ちが効くのだ。

 わたしの説得はむなしく、メノウレッドの決意は変わらなかった。


「普通の男子中学生に戻りたいんだ。普通に友達と遊んだり、恋をしたりしてみたい」

「あんた、スカウトされたときは『夢が叶った! 最高』ってはしゃいでいたじゃない。なんて都合のいい人なの。そこまで言うんだったら、あんたの脱退を止めないわ」


 わたしの言葉に、頼れる頭脳派が挙手した。


「メノウレッドが抜けるのであれば、僕も抜けさせていただきます。高校受験まで残り一年。そろそろ勉強に集中したいです」

「ルリブルーまで? あんた、人にさんざん責任感を説いておいて、なに都合よく去ろうとしているのよ」

「じゃあ、僕は三ヶ月待ちますよ。それまでに代わりの人を見つけておいてください」


 たった三ヶ月で、レッドとブルーの代役を見つけることはできなかった。だって、二人の代わりなんて存在しないもの。

 シンジュホワイトは親の転勤で海外へ行ったから、残ったのはヒスイグリーンとわたしだけになっちゃった。


 小学四年生のヒスイグリーンに、無茶をさせることはできない。うちのプール開きでサボリタイが出たときは、お腹が痛いと行って教室を抜け出したみたいだけど。純粋な子に、うそをつかせたくない。隣の小学校だけど、毎回フェンスを飛び降りていたら不審者扱いされそうだ。


 えっ? わたしは戦わずに何をしていたのかって? 生理痛がひどいから保健室で寝ていたのよ! 横になっていてもしんどいから、気合いで駆けつけることはできなかったと思う。


 ヒーローは地球の平和を守れるカッコイイ存在だけど、陰ながら悩みがあるの。手を伸ばせば水野博士と抱きしめ合うことができるのに、ヒーローと博士との恋愛は禁止されている。早くサボリタイを倒して、恋愛オッケーの世界にしないとね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る