くじら座のノマド

止木 かい

くじら座のノマド

 エジプト西部ワディ・アル=ヒタンにて座礁したくじら座が地上衝突。

 その衝撃波は生態系を根こそぎ引き剥がして地表を平らに均した。

 地球上の水分の大半は一瞬間に蒸発し、当然 海も干上がった。不毛の砂漠だけが残ったのである。

 その膨大なエネルギー放射に、たまらず土壌は溶け出した。たちまち地球全土を覆うガラス質の表層が形成され、しばらくの間この惑星は沈黙を守る。


 


 無尽蔵な砂漠を震わせて脈動する大きなくじらの心臓。ミラという双子の星がそれぞれの心室に就いて、毎日せっせとたたいていた。

 ふたりがあわせて歌を歌うとふつふつと蒸気を吐いて、パチパチと青白く光って。光脈はぐったりと横たわるくじら座の全身を巡る。乾いた歌声が漂う。

 どっしりと伸びた一本の脊椎の先の頭のてっぺんの恒星はメンカルだ。きっとごうごうと寝息を立てて、鼻なんかを垂らしてくたびれているのだろう。

 再びくじら座の身体を動かすためには、脳を担うメンカルが目を覚まさなければならない。ミラは来る日も来る日も彼のもとへシグナルを発信し続けていた。


 ある晩、両心のミラがいつもより高らかに歌声をあげて脈を搏いていた時のことであった。

 つられて赤い光のひとでや海鼠なまこたちが砂から顔を覗かせて、集まってミラの様子をうかがっていた。

 右心のミラは嬉しくなって彼らに歩み寄り、ふと左心のミラを振り返りる。左心のミラはあわてて彼女の後を追いかけた。

「やはり、あなたたちももとはうみの星でしょう。私らの星座に掴まればびゅんっと宙まで連れ出してさしあげます。」

 右心のミラが静かに尋ねると、ひとでや海鼠たち大変驚いて萎縮した。

 そう、ひとでや海鼠ももとは星であった。しかし宙からの追放されここに落ちたのだ。

 彼らは宙の王さまの許しをへて再び宙で光ることだけを夢見て、この暗い砂の底を這い回って暮らしていた。


「きっと約束します。あなたたちを星に戻して差し上げましょう。そうしますから、代わりにどうかメンカルを起こしてきて欲しいのです。私らの声ではぴくりとも動きませんでした。それに私らはここで歌い心臓を搏き続けなくてはならないのです。」

 ひとでや海鼠たちはきゅっと体を寄せ合ってざわざわと相談をはじめ、やがていっぺんに頷くと一匹のひとでが云った。

「けれども、王さまが私どもをお許しなさったのですか。」

「もちろんですとも、心配はいりません。きちんとこの私らにひとでや海鼠を許すから宙へ連れて行ってやって呉れと、おっしゃいましたとも。」

 今度は左心のミラが答えた。ひとでや海鼠たちはまた寄せ集まって相談をはじめた。


「分かりました、おまかせください。私どもが喜んでお手伝いいたします。ここがまだ海であった頃から私どもはずっとあの宙を夢に見てきました。再び光ることができるなら、なんでもしてさしあげます。」

 ひとでや海鼠たちは目が涙でいっぱいになり、一段と鼓動は速くなった。

 再び宙で光り輝けることが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのである。

 彼らはその晩のうちに支度を済ませると、夜明けと共にミラのもとを発った。

 煌々しい砂が細やかに輝く中を、彼らは一列になって数ヶ月の間歩きつづけたのだ。

 途中、色々なことを思い出した。かつて宙で光っていた時のこと、暗い海の底のこと、この茫洋な砂漠とミラのこと。


 途方もない砂漠の果てに一脈の光があった。弱々しい赤い光だ。

 メンカルであった。ごうごうと凄まじい寝息をたてて深く深く。その半身は砂に埋もれている。

「メンカルさん、もう起きてください。私どもはあなたを起こすために遠い砂漠の向こうからやってまいりました。両心のミラさんがお呼びです。あなたが目を覚さなくてはくじら座は宙に登れません、星々は皆んな困り果てているのです。どうかお願いします。」

 一匹のひとでが云った。他のひとでや海鼠も口々にメンカルを起こそうと叫んだ。

「ごうっ ごうっ ごごご、ふあああっ! 」

 メンカルは大きなあくびをして再び砂にくたびれた。その時舞い上がった砂を吸い込んで、ひとでや海鼠たちは途端にむせ込む。彼らは肩を落としてしばらく見つめあった。


 長い長い沈黙の果て、一匹の海鼠が歌い出した。

「ララララ ララララ ララララ 心臓の星の光が呼んでおいでです。」

 続いて他のひとでや海鼠たちも歌い出した。皆んな一層声を高らかにして歌い続ける。

「ララララ ララララ ララララ どうか目を覚ましてください。」

 ひとでや海鼠たちは赤くいっぺんに光った。誓々と明滅しながら幾日もの間、食事も摂らず水も飲まず光り歌いつづけた。再び宙で光り輝くことで胸がいっぱいである。

 それから幾度目かの日が暮れた。


 とうとう辺りが真っ赤に光り輝いて、メンカルは目を確かにカッと見開いて一際大きなあくびを二度三度した。そうしてくじら座はゆっくりと頭を起こしていく。

 かぴかぴに乾いたひとでや海鼠たちは、ふわふわと浮かびはじめたくじら座を見上げ、抱き合って皆んなで泣いた。

 遥か遠くで尻尾の星デネブカイトスがばたばたと震え出して、たちまち宙を指して跳ね上がったかと思うと、一本の光の筋になってびゅんっと一気に宙へ登った。

 ひとでや海鼠たちがびっくりして瞬きなんかをしているうちに、景色は砂漠から茫洋な宙へと変わったのだ。

 あたりでは夥しい数の星々が煌々と光り輝いている。ひとでや海鼠たちはもうすでに姿はまるで星であった。

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くじら座のノマド 止木 かい @Kunkai0123

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