友達が男の子になった日

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中

友達が男の子になった日

「どうだ、まいったか!」

「いってぇ、おまえ女のくせに本当に乱暴だな!」


 そう言って睨み上げてくる男友達、桜井をあたしは鼻で笑った。


「男のくせに、そっちが弱いのがわるいんでしょ!」


 あたしと桜井は小学校一年生の時からのくされ縁だ。それはなぜかと言うと、あたしの名前が佐久間だからだ。『さくらい』と『さくま』、名前の近いあたしたちは席が隣になったのをきっかけに仲良くなった。

 あたしが男の子っぽいのもあったかもしれない。髪型はショートカットだし、服装は半ズボンにTシャツだし、木登りだって得意だ。

 桜井は、ちょっとだけ女の子っぽかった。髪はサラサラでツヤツヤだし、肌は白くて、目はくりっと大きく丸い。あたしより背もちっちゃくて、あたしより力も弱かった。

 だからあたしは、桜井のことを守ってあげなくちゃ、ちょっとくらい鍛えてあげなくちゃ、と思っていた。

 あたしの小学校はクラスが二つしかなくて、桜井とは六年間ずっと一緒だった。低学年の頃はたまーにやりすぎて泣かせちゃうこともあったけど、高学年になる頃には、桜井は泣かなくなった。それでもあたしにはかなわなかった。身長も、結局あたしより小さいままだった。


 中学校に上がると、桜井とはクラスが分かれた。中学校はなんとクラスが五つもあった。桜井とはたまに廊下ですれ違うくらいになってしまった。

 あたしだって、学校という場所のルールくらいは分かっている。友達が桜井しかいないわけじゃない。桜井の時と同じように、名前の順で席が近い女子たちと仲良くなった。


「ねえねえ、佐久間さんは好きな人いるの?」


 休み時間のおしゃべりに、あたしはちょっとだけ困った顔をした。中学生の女子はおしゃれや恋愛に興味津々で、ちょっと気を抜くとすぐ話題についていけなくなってしまう。

 別の小学校から来た杉本さんは、いかにも女の子らしかった。ふわふわ柔らかい髪に、ぱっちり二重、ちっちゃい体。腕なんか細すぎて、あたしが握ったら折れちゃいそうだ。


「うーん、あたしは、まだそういうのよくわかんないや」

「そうなの? わたしはね、B組の荒井くんが好きなの! サッカー部なんだって、かっこいいよね!」


 かっこいいよね、と言われても、あたしはその荒井くんとやらを知らない。あいまいな返事をした。


「じゃあ、仲のいい男の子はいないの?」

「小学校の時はいたよ。中学に入ってクラス分かれちゃったから、あんまり会ってないけど」

「えー! そうなの!? 会いに行けばいいのに!」

「わざわざ会いに行くほどじゃないよ。クラスも遠いし」


 ここはA組で、桜井はE組だ。一番遠い。直接会うのはちょっと大変な距離だ。


「SNSとかで繋がってないの?」

「あたしスマホ持ってないもん。お母さん許してくれなくて」

「そうなの? かわいそう」


 かわいそうってなんだ、とあたしは口を曲げた。でも杉本さんに悪気はないのだ。杉本さんにとっては、中学生にもなってスマホが持てないなんて、信じられないことなんだろう。


「ねえ、その人かっこいい?」


 きらきらとした目で聞かれて、あたしはいい加減疲れてきていた。


「ぜーんぜん。だってあいつ、あたしよりちっちゃくて、あたしより弱いんだもん。中学校でいじめられてないか心配」

「なーんだ、そうなんだ」


 杉本さんは、桜井の話題にはすっかり興味をなくしたようだった。かっこよくない男の子はお呼びでないのだろう。

 チャイムが鳴って、おしゃべりは終了となった。苦手な話題だったから終わって助かった、とあたしは息を吐いた。


 そのまま一年間、桜井とは行事の時に顔を見るくらいで、そんなに会わないまま過ごした。

 二年生になり、クラス替えが行われた。名簿に見慣れた名前を見つけて、思わずあっと声を上げた。


(桜井じゃん!)


 二年C組。佐久間、桜井。久しぶりに見る名前の並びに、あたしはテンションが上がった。桜井は、元気にしているだろうか。

 教室に入り、自分の席について、そわそわと待つ。暫くすると、ホームルームの時間ギリギリに桜井が入ってきた。


「桜井、久しぶりー!」


 こっちこっち、と手招きするあたしに、桜井はちょっと嫌そうな顔をした。一年ぶりにまともに話すのに、嬉しくないのだろうか。

 黙ったまま後ろの席に座った桜井に、あたしは振り返って話しかけた。


「なんだよ時間ギリじゃん。寝坊でもした?」

「うるっせーな。いいだろ別に」

「何それ! 桜井のくせに!」

「俺のくせにって何だよ。お前、中学生になったんだから、もうちょっと落ち着けよな」


 あたしは桜井の言葉にむっとして言い返そうとしたけど、チャイムが鳴ってしまったのでおとなしく前を向いた。

 そのままホームルームが始まって、すぐに席替えとなった。一年生の時は暫く名前の順だったのに。せっかく久しぶりに桜井とゆっくり話せると思ったのに、とあたしはがっかりした。

 桜井との席は離れてしまった。でも、同じクラスだ。休み時間になったら話しに行こう、と思って、あたしは授業の終わりを待った。

 休み時間のチャイムが鳴って、よし行こう、と桜井の方を向いて、あたしはそのまま動きを止めた。桜井の席の周りには、もう他の男子が集まっていた。

 それはそうだ。桜井だって、中学校に上がって、同性の友達ができただろう。せっかく楽しそうにしているのに、わざわざ割って入ってまでどうしても話したいことがあるわけじゃない。

 なんとなく沈んだ気分でいると、隣の席の女子が話しかけてくれた。眼鏡をかけた、おとなしそうな子だ。そうだ、あたしだって、また新しいクラスで女子の友達を作らなくちゃ。移動教室とか、体育とか、大変だ。あたしは笑顔で、眼鏡の女子とのおしゃべりに応じた。


 同じクラスになれたのに、そんなに接点はないのかと思っていたら、意外なところで一緒になった。掃除当番だ。掃除当番は、男女それぞれ名前の順だった。あたしの班は、男子三人と、女子二人。

 小学校の時からそうだったけど、男子というものは掃除を真面目にしない。放課後の掃除を始めると、桜井を含めた男子三人が箒で遊び始めてしまったので、あたしは怒鳴った。


「こらあ! ちゃんと掃除してよ! 終わんないでしょ!」

「うっせー、女子だけでやればいいだろ」

「あんたたちも当番でしょ! 桜井も、なに混じって遊んでんの!」


 あたしは雑巾をボールに丸めていた桜井の手を掴み上げた。


「いででで! おっまえ、その暴力癖直せよな!」

「遊んでる方が悪いんでしょ!」


 ぐっと力を入れて、なんだか変な感じがした。

 そうだ。あたし今、桜井を見上げてる。

 それに気づいて、目を見開いた。ずっとあたしよりちっちゃかったのに。あたしより、背が高くなってる。

 一瞬ぼうっとして力の抜けたあたしの手を、桜井が振り払った。

 そのまま桜井が何か言おうとしたが、廊下から聞こえた先生の声がそれを遮った。


「おい、佐久間! ちょっと来い」

「あ、はーい!」


 あたしは小走りで教室のドアに向かった。担任の先生だ。

 担任の先生は小太りのおじさんで、威圧感があってちょっと怖い。嫌だな、何か用だろうか。

 

「お前、桜井のこといじめてるんじゃないだろうな」

「え……」


 あたしは頭が真っ白になった。あたしが、いじめ?


「どうなんだ」

「え……あの、あたし、掃除しないから、注意して」

「手を出していただろう。注意にしちゃ、やりすぎじゃないのか」


 どうしよう。なんて言ったらいいのか分からなくて、足が震えた。


「先生、俺ら遊んでただけですよ」


 後ろから、桜井が顔を出した。


「そうなのか」

「俺とこいつ、小学校からの友達なんで。それに女に手掴まれたくらいでいじめとか、ちょっと過敏すぎでしょ」

「今は男女関係ないからな。まあ、違うならいい。何かあったらすぐに言うんだぞ」

「ありがとうございます」


 被害者である桜井が違うと言ったことで、その場は収まった。でも、あたしはずっとショックが抜けなかった。いじめ。あたしのしていたことは、他の人からいじめに見えるのか。桜井も、嫌だったのだろうか。

 先生の出現で男子も真面目に掃除を始め、作業はすぐに終わった。ペアの女子は早々に部活に行った。あたしは落ち込んだ気持ちのまま、桜井に声をかけた。桜井は他の男子に先に行っているように伝えて、教室にはあたしと桜井だけが残った。


「桜井、あの、あたし、ごめん」

「何が?」

「その……あたし、桜井とは仲いいと思ってて。でも、桜井、もしかして嫌だったかなって。あたしに、いじめられてると思ってたなら……本当、ごめん」


 人に言われて初めて気がついた。あたしなりのコミュニケーションだったけど、本人の気持ちをちゃんと聞いたことはなかったかもしれない。一緒に遊んでくれてたけど、笑ってくれてたけど、でも、もしかしたら。

 嫌な想像にぐるぐるしてきたあたしに、桜井は溜息を吐いた。


「なあ、佐久間。腕相撲しようぜ」

「は、はあ? 何、突然」

「いいから」


 桜井は自分の席に座った。あたしは戸惑いながらも、前の席の椅子を借りて、桜井の机に向かって座った。


「あんた、あたしに腕相撲勝てたことないじゃん」

「うっせーな。ほら、組めよ」


 しぶしぶ、肘をついて右手を組む。


「いくぞ、レディ……ゴー!」


 合図と同時に力を入れる。どうせすぐに倒せる、と思った。でも。


「えっ」


 力は拮抗していた。最初に組んだ位置からあまり動かない。そんなわけない、と思って、あたしは体重をかけるようにして腕に全力を入れた。


「んん~……!」


 必死の形相をしているあたしと違って、桜井は力は込めているものの、そこまでには見えなかった。


「お前さ、いつまで小学生のつもりなんだよ」

「は、あ? 意味、わかんない」


 返事をした途端、ぐん、と腕に力がかかって、あたしの手の甲がぱたりと机についた。

 あたしは信じられない気持ちで、それを見た。


「うそ……」

「当たり前だろ。男なんだから」

「だ、だって、ずっとあたしより弱かったのに」

「言っとくけど、五年生くらいからはわざと負けてやってたんだからな」

「はあ!? 聞いたことない! 何それ!」

「とにかく」


 ぱっと手を離して、桜井は鞄を持った。


「俺はお前より強いし、背も高いし、お前なんかにいじめられたりしねえの。わかったら余計な気つかうなよな。気持ち悪い」

「な、き、気持ち悪いって!」

「じゃあな」


 ひらひらと手を振って教室を出ていく桜井に、あたしは舌を出した。なんだあいつ。かっこつけやがって。

 本当はあたしより強かったのに、手加減してたんだ。むかつく。桜井のくせに。むかつく、むかつく!

 みぞおちのあたりが、ぎゅうってした。わけもわからず、顔が熱を持っている。これはきっと、すごくむかむかしているからだ。

 こんなに腹が立つことは、誰にも言えない。なんて返されるかが怖いからでは、断じてない。でも、誰にも何も言われたくない。


 お母さんにも言えない、初めてできた、あたしだけの秘密。

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