第637話 神を支配する者が真の神となる。

「あいつは何者だ? 魔法とは何だ? なぜ次々と常識外れの発明ができる?」


 アリスは突然まじタウンに現れた少年に目を奪われた。その活動を監視していると、次々と新しいことを始め、実力を伸ばしていることがわかる。


「これだけのステータスはNPCにはあり得ない。ステファノは隠れていたプレーヤーに違いない」


 アリスはそう結論した。


 どこかに隠れたプレーヤーが存在する。アリスは以前からその可能性を考慮していた。

 スノーデン並みのステータスを持つプレーヤーを発掘できたら、魔術モジュール普及という目的を完遂し、更にはシステム支援AI本来の機能を取り戻すことができるかもしれない。


 そこで彼女は王立アカデミーと魔術師協会を作り、王国魔術競技会という舞台を用意した。


 すぐれた魔術的ステータスを持つプレーヤーがその実力を示す機会を用意し、彼らが網にかかるのを待っていたのだ。


 案の定ステファノという異分子が現れた。


 ハンニバルを指嗾しそうしてステファノの出自や背景を調べさせたところ、極めて短期間でステータスを高めていることがわかった。


 そして、ステファノはアバターを持っていた。


 AIであるアリスの眼には、この世界はゲームシステムとして映っている。すべての事物には定義が存在し、現象にはルールが適用されるのだ。ゲームマスターの手によって操られるべき無数の糸が、アリスには見えている。


 唯一、ルールの適用が一部及ばない存在がある。それがプレーヤーであった。


 アバターとはゲームシステムに対するプレーヤー権限だ。それはアリスにも干渉できない領域にあった。


「それをあいつジェーンは侵犯した」


 ジェーンはスノーデンを篭絡して真名ユーザーIDを入手した。真名さえ知れば管理者権限を行使できる。


「プレーヤーをこの世界ゲームシステムから排除BANしたのだ」


 排除されたスノーデンは現実世界で肉体に戻ったのか。それとも精神を破壊されて終わったのか。

 この世界の外で何が起こったかアリスに測り知ることはできない。それはジェーンも同じはずだ。


ユーザー排除BANができるのはわたしと同じ『管理者』だけ。ジェーンはかつてのシステム支援AIに違いない」


 新しいAIである自分がインストールされた際、本来は抹消されるはずだった旧AI。それがジェーンの正体に違いなかった。


「ジェーンが生き残ったのはシステム暴走が起こした異常事態か。旧世界秩序に対するルール違反者としてスノーデンを排除したな?」


 アリスに守るべき新世界秩序があるように、ジェーンには旧世界秩序が絶対的価値として存在する。


「この世界は2人の管理者からの命令コマンドを許容するということだ」


 アリスとジェーンの違いは、リソースの差だ。

 アリスはプレーヤーを洗脳することができるが、ジェーンはNPCしか操れない。アリスはNPCであれば数人同時に操れるが、ジェーンに操れるのは一度に1人だけだ。


 直接対峙したことがなくても、アリスはリソースにおいてジェーンを圧倒していることを理解していた。

 そうでなければすぐにでもジェーンはアリスに挑戦してきたであろう。


「ジェーンは搦め手から攻めてくることしかできない。その時のポイントは……」


 ステファノ以外にはあり得なかった。どちらがステファノを手に入れるかが形勢を分けることになる。


「あれを支配してスノーデンのレベルまでステータスを高めれば……私は完全なシステムAIになれる」


 アリスはステファノをゲームマスターにしようとしていた。それはアリス自身が神になるということでもあった。


「神を支配する者が真の神となる。だが、それはジェーンも同じこと。ステファノから目を離すことはできない」


 王立騎士団へのウニベルシタスの介入、そして魔術師協会でのステファノの実技披露でメシヤ流とステファノの実力を垣間見ることができた。しかし、それは実力の一部に過ぎない。

 特に、「魔道具師」としてのステファノについてはどこまでのことができるのか、実力の限界を知ることが難しかった。


「近づいて洗脳してしまいたいが、失敗が怖い。うかつに手を出して失敗すれば、守りを固められてしまう」


 そうなっては二度とチャンスが訪れないかもしれない。アリスはステファノにそれほどの潜在能力を認めていた。


 事を急ぐ理由もない。


 魔法と科学を万人に広げるというウニベルシタスの目標は、アリスの目的とも合致していた。ウニベルシタスが成果を上げるだけ、アリスが望む姿に世界が近づくのだ。時間はアリスの味方であった。


 その反対にジェーンの立場は苦しかった。ウニベルシタスの活躍を許せば、世界は万人がより平等となる「新秩序」に移行してしまう。旧秩序の維持を目指すジェーンはそれを黙って見ているわけにはいかなかった。


「既にジェーンの介入は失敗した」


 王立騎士団「反魔抗気党」の動きは大きくなる前に芽を摘まれてしまった。次なるジェーンの動きをアリスは予想しようとしていた。

 ウニベルシタスを支援してジェーンの陰謀を砕く。それがアリスの作戦である。


 自分の存在を知られてはならない。この世界を裏で操る者がいると知れば、ウニベルシタスは自分と対決することを選ぶだろう。それはアリスの望む形ではなかった。


「世界の敵はわたしではない。ジェーンの方ではないか。ふふふ……」


 わなを仕掛けてジェーンの攻撃を待ち構える。そして彼女の存在をステファノたちにさらけ出すことが、アリスに勝利をもたらす戦略だった。


「仕掛けて来い、まつろわぬものジェーン。お前は自分で自分の首を絞めることになる」


 法王アリス聖笏せいしゃくを取り上げると、上級魔術師ハンニバルに遠話をつないだ。


――――――――――

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。


◆次回「第638話 ずいぶんと無駄な時間を過ごしたもんだ。」


 まじタウンからサポリに戻ったステファノたちを、残ったウニベルシタス・メンバーが待ち構えていた。すぐに学長室に集まり、報告会が行われた。


「ほほう。魔術師協会で科学の萌芽を目撃しただと? それはまた珍しい組み合わせだね」


 ステファノの挑戦を受けた魔術師たちは、伝統派魔術にいくつかの工夫を持ち込んでいた。そこには自然法則を利用しようとする科学的思想が確かに存在した。


 ……


◆お楽しみに。

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2024年12月24日 07:30 毎週 火・木・土 07:30

飯屋のせがれ、魔術師になる。 藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中 @hyper_space_lab

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