ピエロの涙

平 遊

ピエロの涙

「ステキ~、白井先輩」


体育館の壁際で、愛が目を輝かせてバスケ部キャプテンの姿を追っている。

愛。榎本 愛。

俺とは、小学校の頃同じクラスで隣の席になってからの仲だ。

今現在もクラスメイトで、腐れ縁のような仲は継続中。

可愛い顔をしてキツい性格。

でも本当はものすごく優しい奴。

いつも、内弁慶で引っ込み思案の俺の背中を思い切り叩いて表舞台に押し出すものの、本当にピンチになると必ず助けてくれる。

たとえば、小学校時代。

クラスみんなの前で研究発表をしなければならなかった時。

先生が


「一番に発表したい人!」


なんて言おうものなら、


「先生、山内くんが発表したいって言ってます!」


なんて、勝手に俺の名前を出す。


あ、ちなみに『山内』くんとは、俺のこと。

俺の名前は、山内明。

俺は、気心の知れた仲のいい奴とならいくらでも話せるけれども、それ以外の奴と話すのは苦手だし、ましてや人前で何か発表するなんて、もっての他。

できれば、避けたいと思っている方だ。

なのに、そんな俺の性格を知っているクセに、愛は俺に一番に発表させようと、俺の背中を力強く押す。

曰く。


「どうせみんな発表させられるんだから、苦手なら一番に発表してさっさと終わらせた方がいいよ」


とのこと。

確かに、いつ自分の番が回って来るかとドキドキしながら過ごすよりも、さっさと終わらせてしまった方が気は楽になるし、最初の発表なんて、最後の発表が終わる頃には既に忘れられているものだ。

そう思い、渋々ながらみんなの前に立ちはしたものの、なかなか言葉が出てこない俺に、愛は自分の席から


「明、シャープペンシルの仕組みについて研究した、って言ってたよね?」


なんて、助け船を出してくれる。

その言葉に小さく頷き、俺はやっと話し始める事ができたんだ。

みんな、ではなく、先生へ向けて、でもなく。

愛に向かって話すようにして。


そんな関係が何年も続いて。

俺は気づけば、愛に恋をしていた。


これがほんとの、『恋愛』なんつって。


バスケ部キャプテン:白井和也。

家が近所で、俺が小さい頃から一緒に遊んでいた、いわば幼馴染み。俺は『和兄』と呼んでいる。

色白で、どちらかと言えば中性的な顔立ちの和兄は、小さい頃から運動神経は抜群。

見た目の可愛らしさからは想像もつかないようなヤンチャな遊び方をして、生傷が絶えなかったのを俺は知っている。

今じゃ、そのルックスからファンになる生徒も多いと聞くし、加えて、グンと伸びた背と生来の抜群の運動神経を生かしたバスケのプレイ姿に、多くのファンは心をわし掴みにされているとも聞く。

確かに、真剣な眼差しでボールを追い、シュートを決める和兄の姿は、男の俺から見ても十分にカッコイイ。かもしれない。

でも。


そんなに目をキラキラさせるほどか?


なんて。

愛の姿を見ていると、思ってしまうんだ。

まぁ。

早い話が、嫉妬、なんだろう。


愛が和兄の姿を初めて見たのは、俺が和兄に用があって部活中の和兄の所へ行った時。

愛は俺に用があって、俺の姿を追いかけて体育館へ来たらしい。

元来、愛はそれほどミーハーな方ではない。

周りの女子がどれほどキャーキャー騒いでいても、わざわざ騒ぎの対象となっている人物を見に行くこともなければ、自分の目で見たもの以外は信じないタイプだ。

その、愛が。

バスケに打ち込んでいた和兄の姿に、おそらく一目で恋に落ちた。

そんなの、すぐに分かるさ。なんせ小学校の頃からの腐れ縁だ。

それに。

俺はずっと、愛の姿を見て来たのだから。


「俺、そろそろ行くから」


胸の奥にザラリとした嫌な苦さを感じ、俺は愛の側を離れ、その場を離れようとした。


「明」


後ろから愛の声が追いかけてくる。


「なんだ?」


振り返った俺に、愛がニッコリと笑ってガッツポーズを見せる。


「頑張れ!」


曖昧に頷き、俺はそのまま部室へと向かった。



「頑張れ、っつったってなぁ・・・・」


ビエロの衣装に身を包み、ピエロのメイクを施す。

演劇部に入ったものの、俺に与えられた役は、セリフの無いピエロの役。

涙のメイクでおどけた仕草、人の笑いを引き出す役目だ。


「はぁ・・・・」


部室に響くため息が、酷く重たい。

今日は、部の活動は無い。

ただの、事前練習だ。

明日の日曜日。

和兄が、愛に告白をする。

和兄に頼まれたんだ、愛を呼び出してくれって。

どうやら、キラキラした目で和兄を追っていた愛の姿が、和兄も気になっていたらしい。

もしかしたら、和兄も。

愛を初めて見た瞬間に、恋に落ちていたのかもしれない。

愛が見ている時は、いつも以上に張り切っているような気がしていたから。

俺は明日、家の近くの小さな公園に愛を呼び出し、このピエロの格好を見てもらう手筈になっている。

そこに和兄がやってきて、道化の俺は姿を消すって算段だ。

どうせ両想いの二人。

結果なんて、分かりきっている。


「はぁ…」


口から漏れるのは、ピエロのため息なのか。

俺自身のため息なのか。

明日の手筈への不安からなのか。

それとも。

・・・・失恋確定の失意からなのか。


言えば良かったのか?

先に俺が、愛に告白をしておけば良かったのか?


そんな考えが頭をよぎった。

けれど。

すぐに頭を振って打ち消す。


無理だ。

仮にそうしていたって、愛が俺を受け入れてくれる確率は、極めて低い。

そしてもし。

愛が俺の想いを受け入れてくれて付き合っていたとしたって。

和兄と出会ってしまったら、きっと今と同じように、愛は和兄に惹かれてしまうだろう。

そうして俺はやはり、失恋するんだ。

ならばやはり、愛には告白なんて、しない方がいい。

今のままでいいんだ。

俺は、愛のそばにいられれば、それで。

それに、『もし』なんて。

考えるだけ、無駄だ。

どうせ、過去に戻ってやり直すことなど、できはしないのだから。

過去に戻ってやり直すことができたとしたところで。

こんなチキンな俺に、できる訳が無いんだ。

愛に、告白なんて。



「わー、明すごい!ちゃんとピエロじゃん」


翌日。日曜日。

愛と待ち合わせた近所の小さな公園で、俺はピエロのメイクをしてピエロの衣装を身に着けて、練習を重ねた『おどけた仕草』を披露した。

愛は嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。

実は、俺に演劇部を勧めたのは、愛だ。

少しでも引っ込み思案が治るようにと。

愛が勧めるからと、一も二もなく入部したものの、人前に出て何かを喋るなんて俺にはやっぱりできなくて、今回のピエロは初めて俺がもらえた役。

愛に伝えた時には、俺よりもよっぽど愛の方が喜んでくれていた。


「ねーねー、もう一回見せて!」


初めて貰えた役で、初めて人前で披露する『おどけた仕草』。

色々なマンガやアニメ、映画を観て参考にし、自分なりに考えたものだ。

愛に一番最初に見て貰いたい。

その思いで、一生懸命に鏡を見ながら練習した。

その時には、まさかこんなことになるとは、思いもせずに。


愛のお願いなら、聞いてあげたい。

何回だって、見て貰いたい。

でも。

もうすぐ、和兄がここへ来る。

来て、愛に告白をする。

そして二人はきっと、付き合うことになるんだろう。


俺はピエロ。

役の上でも、現実でも。

おどけた仕草で人の笑顔を引き出す。

それが、ピエロの役目。


「ねぇ、明・・・・」

「よう、明!」


すぐそばから、和兄の声が聞こえた。

さすが和兄。ナイスタイミング。

・・・・ナイスタイミング過ぎだよ、ほんと。


「あれ、榎本さん?」


居るのが分かっていての、その爽やかな演技。

いっそ和兄、演劇部に入ってくれないだろうか?


「白井・・・・先輩?」


突然の和兄の登場に、愛は驚きながらもうっすらと頬を染めてしまって、目なんかもキラキラさせたりしてる。


ここが引き際、だろうな。

他人の告白シーンなんて、しかも、自分の好きな人が、自分が兄貴のように思っている人から告白されるシーンなんて、見るもんじゃないし・・・・とても、見てなんかいられない。


俺は二人を残して、そっとその場を後にした。

そして向かったのは、学校の部室。


さっさとピエロメイクを落として衣装も脱いで、帰って風呂にでも入るつもりが、俺は部室の椅子に座ったまま動けずにいた。


俺はピエロだ。

おどけた仕草で笑いを誘って、陰で涙を流す奴。

最高じゃないか!

和兄も愛も今頃きっと、最高の笑顔でハッピーエンドを迎えているに違いない。

・・・・エンド、ではないか。

2人にとっては、ハッピースタート、か?


どっちにしろ、これでいい。

これで、良かったんだ。


「あは・・・・はははっ」


乾いた声で笑いながら、覗いた鏡の中。

涙のメイクの上を、透明な滴が流れ落ちた。


【終】

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