第79話

 死の暴君デスタイラントとの死闘のあと。

 おれは、また三日ばかり昏睡状態に陥った。


 重力大槌グラビティ・ハンマーを三回も使用した後遺症である。

 全身の骨にヒビが入っていて、普通なら廃人一直線だったとか。


 それでも王国でも随一の治療魔術師がめちゃくちゃ頑張ってくれたとのこと。

 いやー、あれ完全に欠陥兵器だわ。


 とはいえ、その欠陥兵器がなければ、死の暴君デスタイラントには傷ひとつつけられなかった。

 王国の研究開発部門は、現在、改良品の開発に全力でとり組んでいるとのことである。


 使用者にかかる負荷を軽減し、安全性を追求しつつ威力を落とさない対策を練っているらしい。

 心から、エールを送りたい。


 いやほんと、がんばって欲しい……。

 起きたあと、またシェリーにひどく泣かれたのだ。


 なんどもなんども謝った。

 途中で我が妹は「もう兄さんと口を利いてあげないんだから」とスネてしまったが……。


「どれくらい? どれくらい口を利いてくれないんだ?」

「み、三日くらい、かな……?」

「では三日後に会おう、妹よ」

「あっ、兄さん! ちょっと、兄さん! まだ退院は許可されてないよ!」


 どさくさまぎれに、リハビリもそこそこに退院しようとしたところ、後ろから抱きつかれて阻止された。

 ちっ、うまく行くと思ったんだが……。


 そのあと、またふてくされてしまった妹をめちゃくちゃ甘やかした。

 病院のベッドのそばに椅子を持ってきたシェリーは、そこで昼も夜もおれを見張るといい出し、実際にそれを実行した。


 あるとき、こんな会話があった。


「兄さんは、さ」

「うん」

「わたしや父さんや母さんのために、頑張っているんだよね」

「まあ、それだけじゃないが……。そうだな、守りたいひとたちがいるから、頑張れているんだと思う」

「こんな無茶をしなきゃ、駄目なの?」

「たぶん、やらなきゃいけなかった」

「いつか、死んじゃうよ」

「そうならないように、シェリーやみんながおれを守ってくれるだろ?」


 シェリーは押し黙ってしまった。

 そのまま、じっとおれをみつめ続けた。


 ひどく、居心地が悪かった。



        ※※※



 戦いのあとのことについて、報告を受けた。


 観測班からの報告によれば、大いなる女王エルダークイーンは聖僧騎士たちとの戦いが膠着状態となった末、西の空に撤退したそうだ。

 死の暴君デスタイラントは、地底に沈んだまま、ついに出てこなかったという。


 激しかった戦いは、おれが意識を失っている間に、いちおうの終わりを告げていた。

 結果だけみれば、人類は六魔衆の三体の強襲を撃退し、魔王の首を手に入れたことになる。


 ただしセミは、未帰還。

 第零遊撃隊は多大な被害を受けた。


 また、死の暴君デスタイラントが沈んだ森であるが……。

 ふたたび森の結界が起動し、リアリアリアでも容易には侵入できなくなったとのことであった。


 セミがあらかじめ仕掛けていた魔法が動いたせいなのか。

 それとも、死の暴君デスタイラントによってなにか奇妙なことが起きたのか。


 あの幼稚な暴君が無事であれば、間違いなくふたたび大暴れしていたであろうから、なにかが暴君を押さえ込み、あるいはこれを封印してしまったのかもしれないが……。

 その様子を、森の外からうかがい知ることはできない。


「無理に結界を破壊することも可能かもしれませんが、死の暴君デスタイラントが内部で生きていた場合、どう反応するかわかりません」


 とリアリアリアはいっているという。

 迂闊に刺激して、藪蛇となっても困る。


 結局、くだんの森については聖教と王国から監視の部隊を派遣し、厳重に見守る、ということになった。

 いま人類は、時間を欲していた。


 ひとまず、わかっていることは。

 六魔衆のうち紅の邪眼ブラッドアイ死の暴君デスタイラントは魔王軍に帰還できなかった、ということ。


 現在、魔王軍にいる六魔衆は、大いなる女王エルダークイーンの残る一体だけであること。

 魔王の身体も、首を始めとした半分以上は聖教本部の手にあるということ。


 しかし魔王軍の膨大な戦力は健在であり……。

 デスト帝国をほぼ完全に飲み込み、春にもヴェルン王国への侵攻を開始するであろうということである。



        ※※※


 リアリアリアがセミから受けとり、守り抜いた魔王の首について。


 聖教の本部では、魔王の首を厳重に封印しながら、その解析を続けているとのことであった。

 これをすぐにでも破壊できれば、それがいちばんいいのだが……。


 未だ、魔王の首の周囲に張り巡らされた不可思議なちからの結界を破ることができないでいるとのことである。

 そんなものがあると、セミは教えてくれなかったけれど……。


 いや、セミは最初、自分でそのへんをなんとかするつもりだったのかな。

 紅の邪眼ブラッドアイと共に裂け目の向こう側に消えたのも、たぶん不本意なことだったろうし。


 彼女がどうなったのかは、わからない。

 たとえ生きていたとしても、無事に帰還できるかどうか……そもそも紅の邪眼ブラッドアイとの戦いがどうなったのかも、おれたちからでは観測できないのだ。


 故に、これから先は。

 おれたちが、独力で魔王を破壊するための手立てを探るしかない。


 そして、来たるべき魔王軍の侵略に備えるのだ。

 残された時間で、可能な限り。


 幸いなことは、自国のみならず周辺諸国の多くも、今回の放送をみていたことだろうか。

 魔王軍の真の脅威を、彼らはまざまざとみせつけられた。


 そして、魔王軍に対抗できる存在であるアリスとムルフィ、聖僧騎士のちからを理解した。

 もともとなんのちからも持たない市井の民はともかく、騎士以上の者たちは、アリスたちと死の暴君デスタイラントのおそるべきちからのぶつかり合いの意味を正確に認識したことだろう。


 それらは噂となって東方にも伝わり……。

 大陸の東の果てからも、ヴェルン王国に問い合わせが来ているという。


 彼らまで、王国放送ヴィジョンシステムの導入を求めているのだという話であった。

 現在、リアリアリアの弟子たちの工房がすさまじいブラック労働で頑張っているというが……。


 魔王軍の侵攻再開までにどれだけシステムを普及できるかは、未だ未知数であるとのこと。

 我が国の王城は最近、夜でもあちこちで煌々と明かりの魔法が灯され、不夜城と呼ばれているとか、いないとか。


 エステル王女が料理の片手間に開発したスタミナドリンクを、官僚たちが競って買い漁ったという噂もある。

 おれとしては「なるべく頑張って、でも過労死しないで」とエールを送るしかない。



        ※※※



 見舞いに来た者のなかには、聖教関係者もいた。

 というか、聖僧騎士ブルームである。


 彼は握手しただけでアリスの正体をみやぶっていた。

 王国上層部としては、ならばいっそ、個人的な友誼を深めてもらおうと考えたようだ。


 病室に入ってきたブルームは大声でおれのことをアリスと呼びそうになったため、シェリーが慌てて魔法で結界を張り、音が部屋の外に漏れないようにした。

 今回大活躍でファンクラブもできたという噂の聖僧騎士は、巨体を縮こまらせて謝罪した。


「無事でなによりですな!!」

「そういうあなたこそ」


 彼の怪我はとうに完治していた。

 灰となった両腕も、元通りの筋肉をとり戻していた。


 後遺症は皆無で、あの戦いの翌日にはもうぴんぴんしていたとのこと。


「これも、日頃の鍛錬のおかげです!」


 マッスルポーズでそんなことを叫ぶ彼を、おれとシェリーはジト目でみつめた。


「改めて、アラン殿。あのときの戦いでの、あなたの勇気に感謝を」

「おれの方こそ、ブルーム殿。あなたがいなければ、きっとおれたちに勝利はなかった」


 おれたちは、がっちりと握手を交わす。

 ちなみにそのあと、ブルームはシェリーとも握手したが、なぜか我が妹はガチガチに緊張していた。


「ご、ごめんなさい、ブルームさん。その……久しぶりに、こっちの姿で外の人と話をしたから……。その、お仕事とかなら平気、なんだけど」

「すまん、ブルーム。妹はもともと人見知りでな。仕事のときは、仮面をかぶる感じでなんとかしているらしいんだが……」

「ふむ、元来の性質を無理に曲げるものでもありません。お気になさらず。少しずつ、慣れていきましょう」


 ブルームはいかつい顔を歪めて笑う。

 このひと、シャイな子どもに慣れてるっぽい感じだ。


 児童施設とかをよく訪問する系男子なんだろうか。

 聖教本部には大規模な孤児院もあるというし、そういうことなのかもしれない。


「いやあ、それにしても。素顔のアラン殿も素敵な方ですな!」

「え!? わっ、わわっ、わわわっ」


 なぜか、シェリーが顔を真っ赤にして慌てはじめる。

 いや、たぶんそういう意味はこれっぽっちもないと思うぞ。


 兄としては、妹の将来が心配である。


「しかし、アラン殿」

「なんですか、ブルーム」

「あなたが普通の男性の口調で話していると、吾輩、いささか違和感が……」

「だからあれは営業なんだよ!」



        ※※※



 入院しているうちにも、日々は飛ぶように過ぎる。

 めっきり寒くなってきたなと思っていたら、王都に雪が降り始めた。


 本格的な冬の到来だ。

 こたつで猫のように丸くなりたい。


 残念ながら、この国にはこたつなんて素敵な暖房具は存在しないのだけども……。

 と思ったら、いつの間にかリアリアリアが、こたつ型の暖房魔導具を開発していた。

 

 退院しリアリアリアの屋敷に帰還してから、すぐのこと。

 彼女の部屋を訪ねてみたら、床に分厚い絨毯を敷いて、その上にこたつにしか思えない机が鎮座していたのだから、思わず目が点になる。


「あなたの記憶から、便利なものはなるべく実用化しようと思ったのです」


 リアリアリアは、書類の束から顔をあげて、反対側に座るよう仕草で促す。

 おれは靴を脱ぎ絨毯にあがると、彼女の反対側に座った。


 正座して、膝をこたつに突っ込む。

 おお……久しく忘れていたぬくもりだ。


「身体の加減はいかがですか、アラン」

「おかげさまで、おおむね問題ありません。この調子であれば……」

「魔王軍との戦いが終わるまでは、身体が保つと? 診断結果は聞いています。外見の傷は癒えても、身体のなかに溜まった負荷は、少しずつ蓄積しているそうですね」

「妹にはいわないでくださいよ。あまり心配させたくない」

「もちろんです。あなたもシェリーも、必要な戦力ですからね。だからこそ、無茶をされては困ると申しています。三度目の重力大槌グラビティ・ハンマーは無茶でした」


 重ね重ね、申し訳ない……。

 とはいえあのときは、少しでも死の暴君デスタイラントにダメージを与えることが必要だと思ったのだ。


 気絶するまで戦ってしまうのは、そうまでしないと六魔衆を相手にできないからである。

 加えて今回は、死の暴君デスタイラントというとびきりの強敵であった。


「冬の間は、ゆっくりと身体を休めて欲しいですね」

「そうします」

「といいつつ、どんな鍛錬をしようかと考えているでしょう」

「心を読まないでください」

「魔法など使わなくてもわかりますよ。エリカには暇を与えて、家族と過ごすよう命じました。あなたのお師匠さまは、しばらく帰ってきませんよ」


 げっ、師匠に相談しようと思ってたのに。

 道理で、屋敷にいないわけだ……。


 リアリアリアには、先手、先手を打たれている。

 いや、彼女もシェリーも、おれのことを心配してくれているのはわかるんだけども。


「トリアの疎開は始まっていますからね。ご両親は?」

「手紙が来ました。もう東の方に避難したから、心配するなって書かれていましたよ」

「それはなによりです。疎開先がわかるなら、あなたも、ご両親と会ってきてはどうですか」

「それは……いいかもしれません。あの、妹は……」

「シェリーにも暇を出しましょう」

「ありがとうございます」


 なんていい上司なんだ。

 いや、彼女としても、おれとシェリーが万全でなければ困るということなんだろうけど。


 じつはいちど、見舞いに来てくれたエステル王女とアイシャ公女にもそういわれている。

 万全の体調になるまでは休め、とディアスアレス王子からの命令をわざわざ伝えに来たのである。


 くれぐれも、無理や無茶をしないように、と。

 いやーみんな、おれをなんだと思っているのかねえ。


 そんなに無茶はしないさ。

 ………。


 ………………。

 しない、はずだ、よ?


「もちろん、なにかあれば、情報はすぐに共有いたします。安心して休んでください」


 リアリアリアからそこまでいわれてしまえば、おれとしても休まざるを得ない。

 かくして、おれはしばしの間、剣を置くことになったのである。


 この冬が、きっと最後の安らぎになるだろう。

 それだけはたしかなことだった。


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魔王軍との戦いを実況配信して魔力を稼ぐことになった話 星野純三 @hoshinoaka

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