第3話『模倣シンデレラと合わないガラスの靴』
「……うぅ。──寒っ!? 私も大学の講義に出るんだったら、厚着でもしてくるんべきだった」
雪がしんしんとと降り積もる──。
早朝の巴月と柚月とのやり取りの後、彼女たちは大学の講義へと足を運んだ。
柚月としては、巴月と同じ講義を受けたかったらしいが、生憎と講義は同じではない。むしろ、遠距離恋愛の如く離れていると言ってもいいのだろう。
そして今は、お世話になっているバイトの帰り。
本来ならば、早々に帰れる予定だったのだが、巴月の次の時間を担当するバイトの人が来ず、こうして遅くまで働く羽目となったのだ。
正直言って、あまり親しくも関心もないが、今回の件で印象がマイナスを振り切ったと言っても過言ではないのだろう。
「──指輪、か」
そんな時、巴月はふと透明なガラス越しに見える商品棚を見た。
確か、巴月が柚月と付き合い始めてから、もう一年もの時間が過ぎたのか──。
相変わらず柚月の生傷が絶える事はないが、それでもこの一年、確かに楽しかったと言えるものだった。……まぁ、だいぶ苦労をする羽目になったのだけど。
「恋人一周年記念にでも買ってみるか。──アイツ、絶対喜ぶだろうな」
つい、余計な言葉が漏れ出してしまうほどに、巴月は楽しみにしていた。
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明日葉柚月は、所謂普通の女の子だった──。
それこそ、一人で街中を歩いていればすぐにでも見失ってしまうほどに、柚月は特徴がある訳でも目立つ見た目をしている訳ではない。
そう、柚月は普通の女の子である。
異性にモテないほどに、普通で彩られた、特別感なんて微塵もない普通の女の子であるのだ──。
『──でも、私はその普通が嫌でした』
誰か、特定でもその他多数に話し掛けている訳ではない。
独白にも似たその言葉。
柚月はどうしても、不安に思ってしまうのだ──。
元々、柚月は被虐体質だった訳ではない。
むしろ、先ほどのような普通の女の子だったのだ。
けれども、そんな普通で塗れた女の子を。多種多様なこの社会において、一体誰が好きになってくれるというのか。
思考が汚泥の如く、深々と沈んでいく。
特別になりたくて──。そんな事を考えている内に、いつの間にか柚月は被虐体質となっていた。
別に後悔をしている訳ではない。
むしろ、それで二度も恋人ができたのだから、万々歳というやつなのだろう。
もっとも一度目は最終的に振られてしまったのだが、それでも巴月と付き合えてとても嬉しく思っているのだ。
「──うぅぅ、寒寒ぅ。柚月ー帰ったぞー」
「──あ、巴月さん。帰ってきれくれたんですね、おかえりなさい!」
そんな時だった。
唐突もなく、柚月自身の恋人である巴月が帰ってきた。
驚く事でもない。むしろ、嬉しさと雪で濡れているかもしれないからタオルを持ってして、柚月は出迎えへと足を運んだ。
「巴月さん。今日は遅かったですね。もしかして、でも大学の講義は結構前に終わっていたから……、バイトが遅くなったのですか?」
「まぁな。おかげで雪空の中、歩いて帰る羽目になったよ……。──それよりも、今日は夕食は何だ?」
「えっと。──今日の夕食は、巴月さんの好きな和食ですね」
「やった!」
そう言って巴月は、いそいそと街中での正装を脱ぎ捨てて、柚月の夕食の手伝いをする。
そして今日の夕食の献立は、先ほど柚月が言ったように和食──巴月の好物である肉じゃがだった。
「「──いただきます」」
「──相変わらず柚月は料理が美味いな! でもこれだけ美味しかったら、お店でも出せるぐらいじゃないか?」
「いえいえ。私は巴月さんに私の作った料理を食べて貰えば、それだけで満足ですから」
「そうか? ──まぁ私も、他の人に態々食べさせたくないし、それにこうして特別扱いされるのはあまり悪い気分がしないしな」
美味しい。
別に高級な食材や特別な調理法をしている訳ではないのに、それでも美味しい。
これが所謂、素朴な味とでも言うのだろうか。
っと、あまりの美味しさで忘れるところだった。
さっき帰り道で巴月が買ったものを、渡さなければ──。
「「──御馳走様」」
「──なぁ、柚月。渡したい物があるんだけど、少し良いかな?」
「──はい、大丈夫です」
「なら良かった。──ほい、少し遅れちまったけど、私たちが付き合い初めて一周年の指輪だ」
少し重かったのかもしれない。
それでも。少しでも柚月の精神が良い方向へと、ほんの僅かでも傾いてくれたらと思っての事。
勿論巴月は、何も今の柚月が嫌いな訳ではない。
むしろ、柚月という人物が好きだからこそ、こうしてプレゼントという形であげたいのだ──。
「やめてもらえませんか。──頭の中真っ白になっちゃうから」
「……──なんで」
「だってね。──私がこんな幸せな事なんてある訳ないじゃないですか」
まるで、夢のようであった。
いや実際、夢のようであったらしい。
柚月にとっては、殴られ暴言を吐かれるのが当たり前で、彼女自身それを好き好んでいた節があるのを自覚していた。
でも。それでも、親愛なる証まで貰えるほど、柚月は柚月自身に期待していた訳ではない──。
「──私はお前が好きだ」
「はい。私も巴月さんの事が──」
「──だがな! それでも、この私自身の気持ちは、決して遊び半分のものじゃない!」
「……ありがとうございます。でも私に、そんな価値なんてないですよ。私はただ、誰かの不満のはけ口になっているだけでも幸せですから」
幸せの形は人それぞれ。
何て良い言葉なのだろう──。
柚月は我ながらそれを実感する。
「──なら、私だけのものでいろっ!!」
「……──っ!」
「私は正直、お前が他の誰かの所有物になるのが許せない。──だから、愛情も、憎悪も、その全てをお前に叩きつける。他人から与えられる感情を嬉しく思えないほどに、与え続けてやる!
……だから、私のために、私の傍にいろ」
人には、誰しも限界が存在する。
たとえ、どれだけ頑張っていても報われない事は、この世界よくある話なのだ。
故に、柚月はこれまでとても努力を積み重ねてきた。
それはまるで地獄の河原で石積をする子供のように、決して報われないのだと、そう知りながら。
そう知りながら柚月は、結局は叶えられなかった──。
人並み程度の努力では、到底その域には達しえなかったのだ。
だからこそ柚月は、足を削った。──彼女自身の痛みを伴いながらの足の研磨に耐え、そしてサイズの合わないガラスの靴を履くために。
これは所謂、“シンデレラストーリー”。
たとえ、報われる証であるガラスの靴を履けずとも、無理矢理にでも履けばきっと報われると言う話。
これは証明だ。
いつしかこれは、証明となっていた。
たとえモブと呼ばれるであろう柚月でも、きっと幸せになれるのだと──。
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お疲れ様です。
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たとえそれを恋と呼んでも──、それを愛と呼ぶのでしょうか 津舞庵カプチーノ @yukimn
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