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パチリと目を覚ます。一瞬、気怠い感覚に襲われ身体が普段より重く感じる
「寝てた‥‥のか?」
気怠さを振りほどき目だけを動かす。何処と無く見覚えのある内装で此処がラングレーにおけるハデスの私室であるという事を理解する
暫くの間、ボッーとしていたがゆったりと頭の中を整理していき、どうして自分が寝ていたのか思い出していく
「にしても、なぜハデスの私室?」
溜息を漏らして、上半身だけを起き上がらせるとガラス張りの窓から優しく差し込んでいる月光と顔の位置が丁度重なる
「うう~ん」
下腹部にある重みが呻きをあげたのでそちらを見るとハデスが頭を置いて寝ていた。わざわざ、付き添って寝てしまっているという事は長い時間居てくれたのかもしれない
「ふむ‥‥」
ハデスを起こさない様にこっそりベットから抜け出し、毛布を一枚掛けて部屋を出る
廊下に出ると灯りは点いてないので薄暗い。とりあえず、慎重な足取りで執務室もとい自室へ向かう
「寒い」
廊下の突き当たりに差し掛かった所で大きな影がにゅっと飛び出し突然襲いかかる。重い重低音の拳が静寂を裂くが一撃目を避け相手の懐に潜り込む
「お!」
「む、統括殿ではないですか。漸く、目覚めましたか」
間一髪、俺は声を聞き反撃の手を止める
「そういうゴリ師団長はこんな遅くになにしてんの?」
残業かな?言っておくが残業代なんか出ないよ?
「いえ、誰かが動き回る気配を感じたもので」
「てっきり賊かと、ご無礼をお許し下さい」
ごめんで済めば軍法会議なんかいらないんだよ!!
「次は気を付けろ」
ゴリ師団長の横を通り抜けようとするとポンと肩に手を置かれ止められる
「例の件、覚えていますね?」
「‥‥‥モチロンさ。HAHAHA」
「声が上擦っていますよ?」
例の件とは何だろうか。ともかく、調子を合わせておけば問題ないだろう
「明細書は統括殿の机の上に置かれていますのでお目通しをお願いします」
「オーケーオーケー」
軽いトーンで了承してしまうが、これが借金地獄の幕開けになるという事に俺は疎か誰一人まだ気付いてはいなかったーーー
執務室の扉の前に立つ。立てかけられた見覚えのない新しいプレートにはベルフェゴール様のお部屋と可愛らしく綴られ額面は花で飾られ彩られている
「はて‥‥」
こんな物を付けた覚えたはない。ハデスの仕業だろうか?
何にせよ考えていても始まらないとドアノブを捻って扉を開ける
「!!?」
何という事でしょう。部屋一面に散乱していた有象無象の膨大な資料が綺麗さっぱりと片付けられているではありませんか
窓は床は綺麗に拭かれて新居と見間違える程にピカピカになっており、小物やらアンティークやらで部屋が着飾られている。埃臭く圧迫感を感じた執務室があらま驚き。気品と清潔感漂う部屋へとビフォーアフターだ
部屋を間違えた‥‥訳ではなさそうだが
「し、失礼します~」
自分の部屋な筈なのに、何故だか畏まってしまった。因みに俺の寝室は執務室の左奥にある扉で繋がっている
足を運ぼうとしたら中からクナギサちゃんが出てきた
「‥‥‥え?」
モップ片手に俺の私室から出てきたのはどういう了見だ
「‥‥こんばんは。お目覚めになったのですね」
クナギサちゃんは俺を見るなり何か言いたそうにしたが、先ずは深々と頭を垂れてきた
「こんばんは」
つい、反射的にお辞儀を返してしまうとクナギサちゃんは目を細めて俺の身体をジロジロと舐め回す
「身体の方は大丈夫ですか?」
それは俺の台詞であるのだが、ついつい答えてしまう
「平気かな。そっちは?」
俺の借問に対してクナギサちゃんは、右手に嵌められたゴツゴツとした赤い腕輪を見せびらかす
「腕輪がどうかした?」
というか、そんな物付けてたっけ
「この腕輪は私の身体の負担を軽減させる物だそうです」
「お陰で私の身体は順調に回復に向かっています」
彼女は視線を逸らし、はにかみながら呟く
「 ‥‥ありがとうございます」
「俺、何かしたっけか」
執務室に設けられたソファの端にドッカリと尻を据えるが、構わずクナギサちゃんは立ったまま口開こうとしたので、座ってと身振りで示唆するが彼女は立ち尽くすだけだ
「優しいのですね」
「俺が?」
彼女は目を瞑って「はい」と優しく頷く
「ハデスさんから話を聞いて、貴方が目を覚まさなかった5日間は‥「え、5日!?」
その矢継ぎ早に飛ばしてしまった言葉でクナギサちゃんは直ぐに状況を理解したらしい
「貴方は戦いの後、今の今まで目を覚まさなかったのですよ」
「な、に」
5日だと。馬鹿な‥‥あの程度の傷で、あり得ない。あの戦闘程度の怪我で寝込むならサタン姉との組手では毎回生死の淵を彷徨うわ!‥‥‥彷徨ってるな、そういえば
釈然としないが、結果は指し示されている
「ごめんなさい」
恐縮そうに俺と正反対の位置に座った彼女は申し訳なさそうに項垂れている。負傷したのは俺の責任だ。彼女が傷に対して負い目を感じる必要はない
「謝るなって」
そうは言いつつも吐息を大きく吐き出してしまう。理由は仕事を5日間も放り出してしまったことだ。一層、目覚めなければどんなに楽だったか‥‥
「一つ聞きたい事があるんだがいいか?」
「なんでも答えます。スリーサイズですか?」
「落ち着け」
抑揚のない声で彼女は何でも聞けと言わんばかりに息巻き目を輝かせて詰め寄って来る
「俺を執拗に狙っていたのはどうしてだ?」
思いがけない言葉だったのだろうか。彼女は直ぐには言葉を告げずに苦い顔をする。繋ぎ損ねてしまったことで、何処か気不味い沈黙が流れた
「言いたくないなら、言わないでもいい」
「いえ‥‥言います」
彼女はなんとか必死に言葉を繋ごうとする
「私が奴隷‥‥という事は知っているんですよね」
『奴隷』というワードを躊躇いがちに彼女は話を切り出してくる
「ああ」
肯定すると彼女の表情に何処となく陰がさす
「奴隷は物なんですよね。でも、ある時にご主人‥‥‥東卓さんが言ってくれました」
「1人でも実験を受けて多大な結果を出せたなら全員を人間にしてやると」
豚が廃棄とか言っていた事を考えると約束を守る気があったかすら疑わしいが‥‥
「私は自由になって人になりたかったんです」
嘘でも本当でも奴隷にとっては救いの手だ。それに縋るしか道は無かったのだろう
「それが俺を殺そうとした理由か」
彼女は苦しそうにぎこちなく笑う
「誰かの命を踏み付けにして得られる自由なんか赦される筈がないのにね」
泣くのを堪えてる子供の笑みにも見えるクナギサちゃんの顔は悲痛に満ちていた
「今でも自由になりたいと思ってる?」
何を言ってるのだ、俺は。これでは、これから解放すると言っているようなものだ。‥‥‥だが彼女からは以前の様な強者特有の凄みを感じない
戦闘能力を失っているなら仲間にする意味はない‥‥‥納得出来る理由付けをして彼女を逃がそうとしているのか。自分で自分が分からない
「それはどういう‥‥」
彼女も俺の言葉の意図を図りかねているようだった
「言葉通りの意味さ。聞いてるだけだ。深い意味はない」
「命を救われました。それ以上を望めば罰が当たります」
彼女は上を見上げて、まるで神に告解でもするかの様に言葉を洩らした
「けど、願っても許されるなら私は人になりたいです」
「そうか」
この言葉を聞いて俺の決心は決まった
「だったら、なるといいよ」
「その言葉は嬉しいです。でも、私には奴隷の烙印が押されています。人間には‥‥」
「なれる」
俺が断言すると彼女は少しだけ、感情的に声を荒げる
「貴方には分からないかもしれませんが、烙印は奴隷の証。あれがある限り‥‥」
「クナギサちゃん。君、この5日間に額を見たか?」
彼女の綺麗な顔は烙印が他人の目に触れられない様にする為か、目元近くまで髪で覆い隠されている
「何が‥‥」
彼女は俺が言いたい事を何となく理解したらしい。慌てた様子でガラス窓に反射した自分の姿を見る
部屋は明るく外は暗い。お陰で窓ガラスが鏡の役割を果たして彼女の全身を映し出している
恐る恐るといった感じでクナギサちゃんは鬱蒼とした前髪を両手で掻き上げる
「うそ‥‥」
そして、彼女の額には予想通り綺麗なおでこだけが顔を覗かせていた
「なんで‥‥」
彼女は信じられないのか目をしきりにパチクリとさせる
「どうする」
確固たる自信があった。邪神に仕えるどこぞのシスターはクナギサちゃんを懐く気に入っていた。それを踏まえて彼女がお気に入りを傷物にしたままでいる事を許すとは考え辛かった
「これで君が望めば晴れて‥‥」
クナギサちゃんに俺の言葉はどこまで届いていたのだろう。彼女は気付くと大粒の涙を流しながら啼泣していた
「晴れて、人間だ‥‥‥」
彼女はこれまで奴隷だった。誰かに優しくされる経験など無かった筈だ。楽しい事より辛い事の方がずっと多かっただろう
いつから彼女は感情を塞き止め押し殺す様になったのだろう。どんなに苦しくても泣いてしまわないように。物であろうとしたのだろう
だが、これからは違う。理不尽な目に遭うことなく彼女は人間として生きていける
雲一つ無い深い青の夜と共に月が祝福するように輝き彼女を照らしていた
この夜、1人の奴隷が人間になった
怠惰な幹部と碧き死神とその他大勢の皆々様 歯軋り男 @walkers613
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