4/5

「な、何をお前らぼけっとしているぶひか!こいつを!こいつを早く殺すぶひ!!」


豚は慌てて自分の後ろで展開している5千の部隊へとがなり立てる


「あ?」


俺が牽制も兼ねて派手に右手で地盤を叩き割ると目論み通り兵士たちは気後れしたのか尻込みする


「そそそんな虚仮脅しに怖気付くなぶひ! 相手は1人 それも手負い。数で押せば殺れない事はないぶひよ!!」


豚の言い分はいったい何人の犠牲を前提に話しているのだろうな。どちらにせよ、俺を殺すには六十億人程数が足りない‥‥高揚し過ぎてルシファー様っぽいな俺


「ハッ‥‥こいつの為に死ねるって奴がいるなら前に出ろ」



ゾワリと全身の毛が逆立つ感覚に包まれる。右腕だけではなく、五体全てが本来の姿に戻ろうとして血が騒ぎ地が震える



だが、地面が音をたてていた理由は、ハデスの後方で重く閉ざされていたラングレーの口が開かれ声を上げていたからだった


「統括殿ぉぉぉ!!」


俺たちが外に出ている事に気付いたゴリ師団長が数千の兵を引き連れ救援に出てくれたらしい。これで数はイーブン


但し、兵数は同じでも兵力は大きく差が開いた。それ以上に空いた口が塞がらない様子の豚さん


現在の状況は一般兵 五千対四千+統括+補佐+師団長×3


どうやら詰んだのではないかな


「な、な、な 」


豚は二の句を告げずに唯々絶句し、他の人間たちも同様に茫然自失となっている


「どうした東卓 笑えよ」


そんな人間たちに容赦無く魔物たちが襲いかかる。人間たちは一方的に嬲られ殺されて、たちまち数を減らしていく


泣き叫ぼうが武器を捨てようが殺される。勇気を持って立ち向かっても殺される。死体は積み重なる一方だ


何をしても殺されると理解した人間たちは我、先にと逃げ出した


「待てお前ら!私を置いて行くなぶひぃぃぃ!!」


逃げ出そうとした豚を背中から踏み潰すと「ぶひゃ‥」と小さく呻く


「言いたい事は色々あるが、取り敢えず10発ほど殴らせろ。話はそれからだ」


「まだ‥‥まだ負けたわけじゃないぶひ」


豚は不意に下品な声を漏らす


「03259137《自動敵性排除発動》」


「新手の命乞いか何‥‥か」


言葉の意味が理解出来なかった俺の横腹に何かが出し抜けにトンッ!と軽くぶつかってくる


「なんだ?」


ぶつかっていたのは、少女と思しき右踵。細い線を辿っていくと見覚えのある碧髪が垂れ下がっている。だが、翡翠色の瞳には光が無く人形の様に意志を感じさせず無機質に俺を食い入る様に見つめる


「敵ハ排除」


クナギサちゃんはたった一言を呟き、そのまま左足を軸にし時計回りを描く形で俺を大きく蹴り飛ばした


「ぐぁ‥」


視界が高速で反転した


凄まじい速さで吹き飛んだ身体は、魔物の群れに当たっても勢いを減退させずに地面に何度かバウンドし城の城壁にぶち当たる事で漸く止まる


「ゲボッ‥‥!」


ダメージが予想外に大きかったらしく、口からドロリと血が溢れ出る。追い打ちが来る用な事は無かったが休んでいる暇はない


クナギサちゃんがたった1人で四千の魔物と大立ち回りを演じているからだ


いつの間にか手にしたダリラオの先端の折れた斧槍を鎌の様に振るい魔物たちの命を次々と狩取っていく姿は本物の死神と見間違えてしまう


「さて、クマッタ、クマッタ」


100人程の兵隊を殺したクナギサちゃんは現在ゴリ師団長と一戦交えている


「やばそうだ」


俺はフラフラと立ち上がり、ゆったりと歩を進める


ーー5.5ーー


統括殿を蹴り飛ばした碧色の死神は、その身の丈に全然合っていない大鎌を振るい一度に何人もの同胞たちの命を奪っていく


「悪いが止めさせて頂く」


不意を突く形で、死神の後ろから大きく拳を振り下ろす


確かに捉えと思ったが、その振り下ろした拳は地面に拳の凹みを作っただけだ。攻撃を簡単に避けた死神は片手間に鎌を横薙ぎに振るう


刃を顔を後ろに下げてすんでの所で避けるが、頬に僅かに切れ目が入る


(敏捷性だけなら将軍級か…しかし)


人間は脆い。一撃当てれば決まるが、目の前の敵は一つ一つの動作が速くコンパクトだ。捉えるのは難しい


(だが‥‥)


勝てない程の物ではない



「動きが速いが、それだけだ」


両手で小さく隙を作らない様に攻撃をするが、やはり捕まらないので左手に比重が偏るように追い込みを掛けてみると死神は案の定、鬱陶しくなったのか避けるために右側へ跳び


死神は地面に着地した際にあっさりと体制を崩してみせた


死神の顔は呆気にとられている。何をされたのか理解出来ていない表情だ


此方の動きに気を払ってばかりいるから駄目なのだ。私の攻撃は確かにカスリもしなかった


だが、最初の一撃は地面に窪みを作っていた。その窪みに貴様は勝手に足を突っ込み踏み外した。たったそれだけの事だった


動きは人間にしては驚異的に速い。だが、こいつは戦ってまだ日が浅い。だからこうも簡単に誘いに乗り足元を掬われる


「それでは、さよなら。碧い死神」


避けようがない一撃。防御の為に両手を交差させ守りに入ってるが、私の拳はその程度で防がれるほどヤワではない


確実に頭を吹き飛ばし殺せるーー筈だった


「はいはい、ちょっとごめんね」


死神に拳が接触すると思った刹那の瞬間、横から面倒そうに気の抜けた声を出して統括殿が私の前腕部分を蹴り飛ばし、攻撃は横へと惜しくも逸れる


「これは、なんのつもりですかな」


その問いにバツが悪そうに統括殿は笑うだけだ


ーー6ーー


「これは、なんのつもりですかな」


そう言ったゴリ師団長の目は俺を非難していた。多くの同胞を殺した人間をーー敵をどうして庇うのか、そう言いたげだった


「敵ハ排z‥」


クナギサちゃんは壊れた蓄音機みたいに同じ言葉を口にし立ち上がろうとする


「ごめん、クナギサちゃん。ちょっと痛いが我慢してくれよ」


俺は彼女に忽ちサブミッションを決め無理やり組伏せる


「この子はさ、もう助けるって決めたんだ。決定事項なんだ‥‥って言ったら納得してくれるか?」


「現在進行形で殺しかかっていますよ?」


ゴリは何とも言い辛そうだが、俺に対して慎重に言葉を選んでいるらしい


「そんな言葉で納得出来るわけがありません。が、統括殿は上官」


「貴方のする事に反対はしませんが、この事は査問委員会に報告させて貰います」


ゴリの目が鋭く光る。普通はそうなるよね。仕方ない鬼札を切らせてもらうぞ


「別に買収するというわけじゃないが、その事を黙ってくれたなら‥‥」


俺はわざとらしく一度間を置き焦らす


「毎月バナナ200kgを約束しよう」


「契約成立です」


即答だった。驚きである


「お前らの給料も、俺の計らいで特別に倍にしてやるぞ!」


その言葉と同時にワッ!と周囲から歓声が上がる。どう考えても職権乱用だし、そんな予算どこから持ってこれば良いんだと頭を悩ませる


一つの命が救えるのなら安い買い物だと無理やり納得する事にしよう


(ヤバイな、意識が飛びそう)


そんな中、そろりと及び腰でこの場から豚が誰にも気付かれない様に逃げ出そうとしているが無駄だろう


豚の前を黒い修道服で身に纏ったハデスが仁王立ちで阻んでいたからだ。ハデスの形相には激しい怒りの現れが眉間に這い出ていた


「 お い 」


薄っすらと髑髏の輪郭が現れているのは目の錯覚ではないだろう


「 何処に行くつもりだ 」


片目はまるで何も無い伽藍洞の様にぽっかりと黒く塗り潰されており、其処から血が零れ無数に枝分かれしていた


零れた血が地面に色を付けると、まるで命が死に絶えるかの様に草花が枯れていき、彼女を中心に地が赤黒く改変されていく


対峙するだけでも相当の勇気がいるだろう。豚は言葉を無くし顔を青くしている


「 決めろ。生きるか死ぬか」


「 自分で選んで、どうすべきか行動しろ 」


ハデスの言葉に豚は小さく身震いしながら口を動かす


「2365847《自動術式停止》」


その言葉でクナギサちゃんは目に光が戻り、そしてゆっくりと静かに瞼を閉じて寝息をたて始める。未だに苦しそうだが、後はハデスが上手くやっていくだろうと考え


(限界だ。寝よ‥)


睡眠不足が祟ったらしく俺は意識を手放し、久しぶりに落ち着いた気持ちで夢の世界へと旅立った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る