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ーー4ーー
ハデスを使って術者をこの広い大地から割り出して探し出す。言うのは簡単だ。だが何とも時間が掛かり過ぎる
そんな事に割いている時間はない。仮にも俺は第七軍統括でハデスはその補佐。好き勝手に動ける立場ではない
「なのに、なのにさ」
「どうして、俺はこんな所にいるんすかね」
俺は現在、城を抜け出し単身で兒の軍団5千と向かい合っていた。いや後ろには、クナギサちゃんを背負ったハデスが居るので、2対5千
100人殺すのに10分程度。2500人だから4時間以上掛かる計算だ
「仕方ないよ。クナギサちゃんの死があの軍から伸びてきているんだから」
「だからって2人であれと対峙するってのはないだろ。今からでも師団長たちに言って城から千は出して貰おうぜ」
ハデスはしれっとした様子で口開く
「人間を助けたいからって部下に血を流させるのは違うでしょ?」
だからってお前は俺に血を流させて良いのか‥‥つか、なんで俺はクナギサちゃんを助けようとしてるんだ?
敵なのに‥‥敵だから?
(分からん。ハデスの信仰する邪神教は、もしかしたら可愛い敵を助けろという教えがあるのかもな)
パカパカと馬の蹄が地面を駆ける音がした。目をやると軍から馬に跨った豚がやってくる
「ぶひひひ、我が名は兒軍 将軍
おいおいまじかよ‥‥‥豚が将軍!?
人間は遂に豚まで戦場に‥‥だがなるほど、良い着眼点だ。戦えて尚且つ食料にもなる。頼もしい存在だ!!
トンタク‥‥豚卓将軍か
ツンツンと背中を突いてくるハデスも信じられなそうに声を絞り出す
「ベル君。こいつが術者だ」
この豚が術者‥‥殺るか、将軍だし。そして今夜はポーク祭りだ
「駄目だよ。殺すのは」
俺が大剣を抜こうとするより速く腕を掴まれ止められる
「ぶひひひ、お初にお目にかかりますね。ベル・フェゴール・アハト」
「あら、俺の事知ってんの?」
統括になって数十年の新参者なのに、豚にまで知られるとは気恥ずかしいな
「ぶひー。知ってるに決まってるね。何人の将軍が君に討ち取られてると思ってるのね」
豚の言葉はどこか安心した風に語られている。少なくとも強敵を前にしている態度ではない
腕に自信があるのか、それとも五千の部隊が後方に控えているから油断しているのか
ズカズカと不用意に射程圏内に入りやがって。本当なら首を落としているところだ
「だが、お前の実力は既に測り終えているね」
「あ?」
豚が流暢に喋るだけじゃ飽き足らず俺を卑下し始めやがった
「ぶひ、クナギサという少女を知っているね?」
「知ってるも何も、後ろにいるだろうが」
俺は後方を親指で指す
「ぶひ!?」
豚は俺の後ろに控えているハデスが抱えているクナギサちゃんが漸く目に入った様だった
「は、廃棄代わりに城に向かわせたのに、まだ生きてるぶひ!?‥‥いや、まあいいぶー」
豚が小声で漏らすが、俺の耳はしっかりとその言葉を拾い切る
「お前さ、仮にも豚が人を消耗品みたいに言うなよ」
豚以下の扱いをされる人間か。屈辱だろうな
「奴隷は人間じゃなくて、道具ぶひ。道具をどう扱おうが文句を言われる筋合いはないぶひよ!」
まあ食料のお前が文句を言われるのは不味い時くらいだろうからな
「そうか、で クナギサちゃんが死にかけてる。助けろ」
俺の言葉に不敵な笑みを豚は零す
「私は奴隷たちである実験をしていたのよ」
「人を魔族よりも強くする実験ね」
急に何を言っているのだ、こいつは
「考えた事がないぶひか?人間が魔物と生身で戦える位強かったら、と」
一部の例外たちは今でも将軍や師団長たちとサシで殺り合えているが‥‥新手の怖い話だな
「ぶひぶひ煩くて何言ってるかわかんねーや。普通に話せよ」
豚はブーたれたが、ゆっくりながらも普通に話そうと口を動かし始める。利口な豚さんだ
「仮に。実現したら数で勝る人間が瞬く間に魔族を滅ぼす事になるのは明白‥‥ブヒ」
言葉を一度区切る豚。お前言葉のキャッチボールって知ってるか?
「私はそんな夢を実現する為の二つのプランを考えたね」
「その一つが人間の潜在的な力を引き出す実験ぶひ」
‥‥‥こいつ会話する気ないだろ
「しかし中々に実験は前途多難で、とりあえず始めに奴隷百人程のリミッターを外したら生き残ったのは其処にいるクナギサのみだったね」
「調整は面倒だが、まあ結果は悪くなかったぶひ。なにせ一介の奴隷少女があの魔王軍最高幹部の一角と対等以上に渡り合える逸材に成り得たのだから!!」
ねえねえ、豚さん豚さん。いつになったら俺の質問に答えてくれるの?
「オーケー簡潔に頼む。良い加減にクナギサちゃんを助けたいんだ」
後方から苦しげに呻き始めるクナギサちゃん。急がないと取り返しがつかなくなりそうだ
「ぶひひひ。なに、簡単な話ね。クナギサは常にリミッターを外し続けているから体が耐えられないのだぶひ」
「要するに、リミッターを付け直せばいいってことか?」
「そういう事ぶひ」
付け直すか。錠前みたいに簡単に付けたり外したり出来るわけではない筈だから。外した奴に付けて貰うしかないな
「じゃあ、付け直「いやぶひ」
一にも二にもなくシャットアウトされて流石に面を食らった
「実験と言ったね。だけど、こいつの身体は既にボロボロでこれから先は役に立たないぶひ。役立たずだから廃棄ぶひ」
こいつ‥‥余程愉快な死体になりたいらしい
豚はわざとらしく挑発してくる
「どうしても助けたいなら力尽くで私を従わせて見せろぶひ」
殆ど常人には反応出来ない速度と防ぎ様のない威力で馬ごと両断する勢いで豚に剣を振り下ろす
殺すつもりはない。左肩を潰すだけだ
ガギンという音がした。だが、それは豚を斬った音ではない。貴金属同士がぶつかり合い反発し合う音
(あ!!?)
俺の大剣に負けず劣らずの斧槍が横から阻んでいた
「おいおい、どういう事だよ」
視線をやると2mを超えるであろう大男が立っていた。だが驚いたのはそこではなく、俺の攻撃に反応し尚且つ何の変哲もない斧槍で受けたという事だ
「ぶひひ、一回目の実験の成功体は確かにクナギサだけだぶひ。だがこの一ヶ月実験は継続してたのだぞ?」
まるで勝ったと言わんばかりに、豚は鼻を鳴らす
「流石に一ヶ月程度だと1人が限界だったぶひが、このダリラオは元々私の手持ちの奴隷の中で五指に入る屈強な奴隷だったぶひ」
「つまり元が貧弱なクナギサより強いのは明瞭ね。クナギサと同程度の君に勝ち目はないぶひよ」
筋骨隆々の大男が軽々しく斧槍を振るうと、俺の身体は宙に浮いて吹き飛ばされる
「やるな人間」
クナギサちゃんと違って速さはないが、それを補って余りある膂力。今の手応えだとかなり強い‥‥面倒な
「‥‥‥」
男は無言で距離を詰め斧槍を振るうがそれをしっかりと剣で受ける
「‥重」
それでも身体が支えられず、地面に着いていた足が僅かに浮き態勢が崩される。これでは次の攻撃を防御しきれない
ダリラオはその隙を見逃さない。先端の槍を稲妻のように一直線に突き進ませる
繰り出された刺突を剣の腹で受けるが、ギチギチと剣が軋む嫌な音がした。次の瞬間には剣を突き破り俺の左胸に矛が食らいついていた
ーーー4.5ーーー
「ぶひー!やはりやはり!!私の実験は成功ね。ぶひゃひゃひゃ!!!」
ダリラオとベル君の攻防を見て兒国将軍東卓は自分の馬の上で醜くく笑い転げていた
「東卓だっけ、煩いよ」
私が鋭く睨むと東卓は笑うのをやめてこちらに目をやる
「ハデス‥‥だったぶひか。なんともよく見ると見目麗しいぶー」
私の全身を隈なく舐め回す様なジットリとした視線
「とても、美味しそうぶひ」
舌舐めずりをしながら、そんな予想外な台詞を吐かれてしまい全身に悪寒が走る
「ぶひ!決めた。お前を私の妻にしてやるぶひ」
この人は突然、何を言っているのだろう。防衛本能が働いたのか無意識に後ずさってしまう
「代わりにクナギサを助けてやってもいいぶひよ」
「えー‥‥」
おかしな提案に困り果ててしまう。私は仮にも邪神に仕える僧侶で誰かの配偶者になる為には教えを捨てなければならない
直ぐにその場で二つ返事が出来るわけがない
「ごめんなさい」
困った私は、とりあえず頭を軽く下げると彼は顔を真っ赤にする
「いいぶひか!クナギサが死んでも!!私が何もしなければそいつは死ぬぶひよ!!!」
「死なないよ。だってベル君がいるもん」
私の答えが気に入らないのか、東卓は更に怒鳴り散らす
「今のを見てなかったぶひか!!あいつは今、胸を突かれて死んだぶひ」
そんな見当違いな主張に、つい私はほくそ笑んでしまう
「さて。それはどうでしょう」
ーーー5ーーー
剣が根元から折れる。この有様では剣で戦うのはもう無理だろう
胸を貫かれた為に血が止めどなく噴水みたいに噴き出し忽ち辺り一面が濁った朱色に染まってしまった
不本意ながら、ここから先は真面目にやるとしよう
「ーーー!?」
ダリラオは俺の異変に気付いたらしく、斧槍を引き抜き距離を取るが、この異様な光景に目を見張った事だろう
俺の右腕のみが本来の姿に形を変えていくからだ。右肩から不恰好に黒い獣の腕へと変質していく。鋭利な銀色の爪が凶悪そうに伸び硬質化した真っ黒な体毛が覆って行く
「あんたも奴隷で好きでこんな事をやってるわけじゃないかもしれない。だから忠告は一度きりだ」
「武器を捨てろ。そうすれば身の安全は保障する」
実力差は見て取れるだけの力量は持ち得ているはずだが、ダリラオは受け入れるのを拒否したらしい
「ーーー!!!」
斧槍を俺めがけ全力で振るってきた
「そうか」
それに合わせる速度で右腕を振るう。振るわれた右腕は斧槍の刃を簡単に切断し、そのままダリラオの頑強な肉体を引き裂いた
俺の黒腕に引き裂かれた巨体は内側に溜め込んだ燦爛と耀く色合いの流体を撒き散らし黒ずんだ地に沈む
即死でも何らおかしくはない手応え。だからこそ、身体の半分が千切られているにも関わらず、ダリラオが生きていた時には素直に驚いた
身体能力が増大していたばかりではなく生命力の強さをも引き上げていたらしい
それは結果的に生き地獄を引き延ばしてしまっただけなのだが‥
「見てられないな」
俺が近づくとダリラオの瞳には苦痛と恐怖が織り交ぜられた色が強く滲み始める
「ーーーーカハッ!」
何かを喋ろうとしたダリラオの言葉の代わりに口から出てきたのは血のあぶくだった
言葉にならない声が俺に何を伝えようとしたのかは分からなかった
「今、楽にしてやる」
右手で可能な限り手捷く彼の命を摘み上げるのは、正しい選択だと信じたい
「さてと‥」
豚を凝望すると、彼方は此方の場景をまるで信じられないものでも見た様な顔で半狂乱の声を上げ、その場にいる者たちの鼓膜を刺し通していた
「ぶ‥ひぃ!?これは、これはどういう事ぶひかぁぁ!!」
どうもこうもあるものか。これがお前の見立てが引き起こした有様だよ
「豚君。 力尽くで だったよな」
胴体並に大きくなった右腕を引きずり目で威圧する
「デカイ口を叩いたんだ。相応の覚悟は持ち合わせているんだろうな」
「ヒッ‥!」
豚は恐怖の余りからか不恰好に馬から転げ、顔から地面に着地してみせる
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