第3話 海老フライにつられ

「お待たせ~」

 家の前の道にウメの愛車のシボレーカプリスが止められている。

「山田のおばあちゃんと話しとってん」


「ほな、おばあちゃん行って来るね」

「へえ、気い付けてな」


 ウメはおばあちゃんに手を振り、運転席に乗り込んだ。

「山田のおばあちゃん、ウチをオカンだと思い込んでしゃべっとった」

「ほんで、訂正はしいひんかったん?」

「うん、10歳もサバ読める機会はそうはないやろ」


 ウメはオカンより10歳上で、初めてナオを幼稚園にお迎えに行ったとき、若いおばあちゃんがお迎えに来ているのかと思った。

 ウメのところは長いこと子どもが出来なくて、不妊治療してやっと授かったと聞いている。


 結構な費用がかかるらしく、ケースケは生まれる前からお金がかかっているんやからね、と言われている娘はどんな顔をしているのやろ。


 飲み物のホルダーにアイスコーヒーが用意されていた。

「これ飲んでええの?」

「うん、オカン、セブイレのアイスコーヒー好きやろ、来るときに買うて来ておいた」

「サンキュー、気がきくー」

「ナビはセットしてあるし、安全運転で行くでえ」


 ウメは市立女性センターで月1度講師を勤めていて、ときどき、よそからも公演依頼が来る。

 今日は和歌山市民センターからの依頼で、ウメ自らハンドルを握っている。


 ウメは女性の自立などの講義をしているわりに、結構なさびしんぼうで1人で行動出来ない。

 オカンは初めは断ったのだが、パートのシフトにウメが勝手に休みを入れ、海老フライランチにもつられて、助手席に座ることになった。


 和歌山駅近くに、天然物の大きな有頭海老フライを食べさせる店があると言う。

 海老はオカンの大好物。


 高速道路の料金所にさしかかった。

「この車ETCカードやからええけど、カードがのうて1人のときはどうするん?」

 

 左ハンドルの車は右手に料金所の係員がいる場合どうやって支払うのやろ。

「まず1人で車に乗らんから大丈夫や、助手席の誰かが払うてくれる」

「ああ、なるほど」


 しばらく走ると、和歌山県に入った。

 短いトンネルを2回通り抜けた。

 山の中をくぐり抜けて行く。


「トンネルがなかった頃の昔の人は山越えしていたんやろね」

「そうやなあ、何やったっけ? 人を殺した罪滅ぼしに、手彫りでトンネルを掘る話があったやん」

「菊池寛の恩讐の彼方にや」

「ああ、それ、それ、オカンよう覚えているなあ」


 そんな話をしていると市民センターに辿り着いた。

 今日の公演のテーマは子育て。

「オカン、どうする? 控え室にお茶やお菓子が置いてあるけど」

 ウメの講義は何回もついて行ってるので、いつもの同じ話は把握しているし、諳んじることも出来る。


 最前列の席に座り居眠りしても申し訳ない。

「その辺、ウロウロしてるわ、終わったら電話して」

 オカンは親指と小指を立て耳に当てた。


「子どもに勉強をさせたかったら、まず母親が勉強をすることです。そこのおかあさん、韓国ドラマなんか見ていたらあきまへんで」

 これで講演を聴きに来ている人は爆笑しているはず。


 前回、このネタで受けたので、今回もやっている。

 何のことはない、これはオカンの話だ。


「すみません、海老が売り切れてしまって海老フライ出来ないんですよ」

「ええっ-」

 オカンはショックを隠せなかった。

 公演が終わってから駆けつけたのでは遅かったのだ。


 店の近くのタイムズから車を出しながら、

「オカン、海老フライがが楽しみやったのにごめんな」


「ええよ、ヘレカツも味噌カツも美味しかったし」

 ウメと一皿ずつ頼み、シェアした。


「そうや、海老フライ弁当、マネージャーさんにもどうぞってもろてきてん、クーラーバックに入れてあるから下りるとき持って帰って」

 

 そういえば後部座席の足もとに、大きな青いクーラーバックが積んであった。

「もろて帰るつもりでクーラーバック持って来たん?」

「うん、お弁当出るって聞いてたから持ってきたん、お茶ももろて来たよ」


 和歌山の人たちは大阪のおばちゃんに追い剥ぎにおうたような気がしてへんやろか。

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💙旦那にはナイショ。オカンの日常生活番外編 オカン🐷 @magarikado

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