第4話 人ならざる者

 ミアがやってきたその日の夜、もう暗いから早いけど寝ようとした矢先一つ問題が発生した。そもそもが一人用としての空間だったので当然のことベッドも一つしかない。しかも今日会ったばかりの女の子だ、一つ屋根どころか一つ部屋で眠るのはいささか忍びない。とりあえずはミアの事はベッドで寝かせてあげよう、床で寝るよりかは幾分かマシだろうと提案する。

「じゃあキミは何処で寝るつもりなのよ?」

「僕はそうだな......。外で星でも眺めながら――」

「ダメよ!」

言葉を遮られる、何が気に食わなかったのか少し怒り気味に詰め寄ってくる。

「ここはキミのお家でしょ?家主を放って外で寝かすなんてできる分けないじゃない。」

「だとしてもミアのことを床で寝かせるなんて流石に......。」

「なら一緒にベッドで寝たらいいじゃない。私みたいな"幼い子に欲情なんてしない"んでしょ?」

 眩暈がしそうだ、どうしてこの子はここまで警戒心というものが無いのだろうか。その上この強引さときたらまるで"彼女"のようで頭を抱えたくなる。

「それにね、お友達と一緒に寝るなんてワクワクしない!?」

「......ごめん、僕が邪だった。」

目の前の少女は純粋な目で訴えかけてくるのだから断り難い。

「で、でも流石に今日会ったばかりの女の子と寝るとか怒られるじゃすまないなー?」

「いいでしょ?ね、ねっ?誰も見てないんだしバレないって!」

 そういうことじゃないんだけどなぁ。と思っていると腕を引っ張られ強引にも誘い込まれる。二人して倒れ込んだ特段柔らかいともいえないベッド、彼女との距離がとてつもなく近い。大丈夫、邪な意図はない煩悩滅却煩悩滅却......。

(あれ、この匂いどこかで......?)

近いのだから当然のことだがミアからどこか懐かしい、でもよく思い出せないどこかで嗅いだ事のある匂いが僅かに漂った。もしかすると気のせいかもしれないのだがどうにも引っかかる。

「えへへ、夢だったんだ家族以外と一緒にご飯食べて、一緒に遊んで、一緒に眠って......。たったそれだけ、それだけで私は嬉しい。」

「......。」

 色々と思うところはあれど彼女が今を少しでも幸せだと思えているのならそれでいいのだろう。それに耳を抱き枕のように掴まれては逃げようもない、今日のところは観念して眠ることにしよう。何故だか初めて会うにもかかわらず彼女の隣は不思議と落ち着く、呼吸が聞こえるほど近くにいるというのに穏やかな気持ちだ。

「だからね、明日も明後日もこれからも一緒がいいな。でも今日はもう疲れちゃった、おやすみ。」

「うん、おやすみ。」

正直私も疲れてしまっていた、ここ数日あまり休んでいなかったこともあるだろう瞼を閉じればすぐに静寂の闇は意識を覆った。


......。

「眠ったかしら。」

 私はしばらくしてから目を開いた。というのも、そもそも人間ではない私は睡眠が必ずしも必要という訳ではないのだ。隣に居る彼を起こさないように静かに身体を起こすと外へと向かった。取ってつけたかのような扉を開くと夜風がふんわりと流れ込む、月明かりが薄暗く照らす森へ小屋から少し距離を置くように足を運ぶ。

 隠し持っていた指輪を指にはめ魔術回路で作動する魔法『リンク』を起動する。半透明の画面のような情報が浮かび上がりそこからいつものように連絡を取るため『ママ』と書いてある文字に触れる。

「......ママ?」

「どうやら彼に出会えたようね?」

「うん、色々気になることはあるんだけどその、彼っていったい?」

「そうね......。私の、ううん、私達にとってとても大切な人かな。」

「はぁ...?それで、私はどうしたらいいの?」

「そのまま監視していてくれればいいわ、もし可能であれば連れてきてほしいけど...、直接的じゃ難しいわね、彼はおそらく私達に深い罪悪感を覚えていると思うもの。」

「罪悪感、ねぇ。とりあえず今は側に居たらいいのね、それじゃまた連絡するねママ。おやすみ。」

「ええ、気を付けてね。おやすみ、ミア。」

 ママやパパは彼のことを知っているみたいだけど一体どんな繋がりがあるのだろう、そのことに関して何かを隠しているようにも感じる。

「むむ?むむむ~?」

考えれば考えるほどにわからない、私はユキさんとママから歪を抜けてきた存在の確認をしてほしいとお願いされてここにいる。彼が別世界から来たということは話してみて分かっているけど......。

「あーやめやめ!パパみたいに考えても仕方ないわ、一先ず今日のところは戻りましょ。」

 夜の風にざわめく木々が私の心を映し描いているようでどこか恐ろしい。踵を返して元の小屋ともいえる家に戻る、その間も絶えずざわめく心は不安と好奇心、そして――。


 次の日の朝、違和感に目を覚ますとふたつの青い瞳がこちらをすぐ近くで覗き込んでいた。

「......おはよう。」

「おはよっ!」

ほんの少しドキッとしてしまったがそういえば彼女を昨日迎え入れていたのだった、半ば強制的に。

「いつから起きているの?」

「ううんついさっきよ。それにしてもしちゃったね"朝チュン"。」

チュンチュンチュンチュン。

確かに小鳥が鳴いている。

「意味がたぶん違うし、心当たりもない。だいたいどこでそんな言葉覚えたの......。」

「...?ママが時々朝に言ってたのよ、そうするとパパが慌てて『そういうことミアの前で言うんじゃない!』って怒るの!」

そりゃぁなんとも。パパさん気苦労が絶え無さそうだ。

「うーん、ともかくあんまりそんなこと言うんじゃないよ。あとその、使い方をよく知ってから言おうね......。」

 寝起きから酷い会話をしている気がしないでもないがとりあえず身体を起こそう、今日もやらなきゃいけないことは――。

ゴロゴロゴロピギャァァァン!

突然の耳をつんざくような大きな音に思わず耳を塞いでしまう、というのもこのウサギのような耳は思っているより音がよく聞こえる。聞こえすぎる。

「ありゃー、今の雷?結構近いわね。」

 キーンとした耳鳴りが引いていくと雨が勢いよく叩きつける音が辺り一面を支配する。外の様子は見るまでもないだろう、今日はおそらく何も出来ない。

「こんな時に雨か、昨日の内に補強進めておいて正解だったな。」

完璧とは言えないが雨漏りはいくらか防げている、特にベッド付近は安全と言えよう。しかし雨か、どうしたものか。

「ねぇねぇ、おなかすいた。朝ご飯にしない?」

「そうだね、早めに食べちゃった方がいい奴食べようか。」

「やった~!」

 ベッドから立ち上がり、雨漏りを避けるようにして元々炊事所だと思われたところに保管していある食糧袋を開く、幸い雨漏りの影響を受けることが無かったため無事ではあるがパンや干し肉といったものはこの湿度だ、早めに処理しておかなければカビが生えるだろう。そんなに数が無いにしろ一人で食べきるには少々多かった、幸いにもミアが居てくれたおかげで食材を無駄にすることは無さそうだ。昨日は忘れていたが石窯のようなものが朽ちず残っているみたいだ、これなら比較的安全に屋内でも火の魔晶を使えるだろう。

「そういえばミアって魔法使いって言ってたよね?ということは魔晶に魔力を送って調節とかできる?」

「ええ、それくらいなら何の造作もない事よ。」

「丁度良かった!これ、火の魔晶なんだけどほんのちょこっとだけ魔力を送ってくれないかな?干し肉炙ろうと思ったけどまだ魔晶石の扱い慣れてなくて焦がしちゃいそうで......。」

 肉という言葉に反応してか嬉々として手伝ってくれる、彼女が言った通り何の造作もなくとろ火のような小さな火を起こしてくれる。その小さな火の上で丁寧にも干し肉炙るとたちまち空間に食欲を誘う香りが漂う。ぐぅ~という腹の音も彼女から聞こえてくるが彼女の目に映る肉によだれが垂れるほど心を奪われているほどなので気にすることもないのだろう。1枚持ち手を残したまま焼いた干し肉をミアに手渡すと昨日よりもおいしそうに一心不乱に貪っている。

「ほんとにおいしそうに食べるなぁ......。」

「お肉がおいしくないわけないでしょ!?」

 それにしても食べながら魔力供給してるなんて随分器用な事してるな。本当に見習いなんて言うほどの子なのだろうか、供給される魔力に波が無い。実際の実力は計り知れないが少なくともこの世界一般のレベルで言うのであればマリーさんより遥かに実力は上だろう。

「もっとぉ......もっとぉ、もっとちょうだい......。」

「......ねぇ、本当に誰がそんなこと教えてるの。」

「え?ママだけど?」

拝啓 ミアパパへ

 娘さんは元気です、元気すぎます。助けてください。

 ママと娘への気苦労が絶えないと思いますが頑張ってください。

                                敬具

 思わず手紙を送りたくもなる気持ちに苛まれるがあちらも大変なのだろう、家族愛とはよく言ったものだけどその中にあるパパさんの気苦労、痛いほど伝わるよ......。

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アクアリウム-外伝- 咲良 水人 @famfampudding

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