第3話 魔法使い見習い
「で、具体的に"一人前"って言うのは?」
幼げな少女に問う。
「さぁ?」
具体的な目標を聞き出そうとするもあまり意味はないようだ。目的も不明瞭、いつまでという期間も未定、要するに彼女の気分ってところだろう。
「まぁいいじゃない、こんなに可愛い娘が一つ屋根の下に居てあげようって言うのよ?嬉しいと思いなさい。」
「自分で可愛いっていうの......。あーはいはい、嬉しい嬉しい。」
投げやりに返事だけして家の補強をするために先ほど拾ってきたネバリ草をすり潰し、少量の水を足して火にかける。こうすることでより強度の高い粘着質の補強材ができるのだ。
「なに?私じゃ不満なの?」
「不満というか不安だね。」
本音を呟く、実際のところ懸念点というのは上げれば切りがない。
「あっ!男の子だもんね、つい手を出しそうで不安よね。」
「さっきまで身体でどうこうとか言ってたとは思えないね......。それに僕は幼い子に欲情なんてしないよ。」
「あら、私はキミより年上だと思うけど?」
冗談でしょと軽くあしらうが私の今の見た目といい、確かにミアより背も低いのも相まって肉体的に年下とみられても仕方がない。とはいえ精神年齢で言えば確実に私の方が上だろう......たぶん。
「ふふん、キミが思っているより私はお姉ちゃんだぞ~?何処からどう見てもお姉ちゃんでしょ?」
謎のポーズをとってみせるが何も伝わらない、童顔に主張するものがない胸、何処をどう取っても可愛らしいという感想しか出てこない。それになぜに彼女はそうも見栄を張るのか全くの謎である。
「なんだっていいか......。ここに住み込むなら補強、手伝ってくれるよね?"お姉ちゃん?"」
若干皮肉めいてるがとにかく森で暮らしていくのは一筋縄ではいかない、作業を手伝ってもらえるならそれに越したことはないし人手というものは案外役に立つものなのだ。
「それくらい造作もない事よ!お姉ちゃんにまっかせなさーい!それで?コレをどうしたらいいの?」
差し出された白く粘性の高いものをその辺の端材を削って作った木べらでねりねりと混ぜながら疑問を浮かべている。
「壁の板材の隙間に詰めるように塗ってくれたらそれでいいよ、天井は僕がやるよ。流石に居候させるとはいえ女の子に危険なことはさせられないからね。」
自分の作業分の接着剤をボウル詰めて準備が出来た。暗くなれば作業は止まる、日の出ている内に出来ることはやろう。
「ふぅん?なんだか地味な作業ね......。こういうのパパは好きそう......。」
「ねぇ、ミアちゃんのパパってどんな人?」
「ミアでいいわ。そうね......、パパはなんて言うかキミに雰囲気が似てる......かも?」
作業に取り掛かりながら何気ない会話でお互いの理解度を少しでも深めようと言葉を交わす。流石に得体のしれないまま置いておくという訳にもいかないので。
「雰囲気?随分とざっくりしてるね。そういやパパさんだいぶお金持ちだと感じたけどお仕事とか何してるんだろう?」
「う~ん、パパはよくお家にいるしご飯食べて本読んでお風呂入って寝てる、大体どのときもママとすっごく仲良くしてるって印象しかないんだけど......。」
「愛妻家なんだ。きっと家族の前ではうまいことやってるんだね。」
「あ~いいなぁ~。私もいつかママみたいにいい人と一緒になれるのかなぁ。」
年頃の少女らしい純粋な感情だ、恋人が欲しいとか将来の結婚願望を夢見れるのは健全の証拠そのものだろう。
「キミはさ、恋人って居るの?」
「『居た』よ。」
おそらくもう二度と彼女に会えることの無いだろうという心のどこかで漂っていた感情に言葉に出して居たと言うことでそれが確定した事項になったそういう錯覚を覚えてしまう。しかしそれはこの世界を出る方法、あちら側には既に戻る為の肉体すら存在しないであろうという色濃く感じる気配がより強く目に映る現実としてただ重くソコにあった。
「あっ......ごめん。」
「謝るようなことでもないよ。」
「そう......なの?」
「正直僕もまだ実感が湧いてるとは言えないからね。生きてたらいつかどこかで彼女に会えるんじゃないかって可能性もない希望に縋ってるだけの情けないウサギだよ僕は。」
「えっと、こんなこと聞くべきじゃないってわかってるんだけど彼女さんとはどうして?」
天井から漏れる光を探して穴を塞ぐように細かい端材に接着剤を塗っては埋めてという作業の手を止めることなく答える。それは私が彼女のことを知ろうとするように彼女もまた私のことを知りたいとするいわば等価交換だ。
「それがはっきりとわかればいいんだけどね、僕の憶測に過ぎないけど『死に別れ』って奴だよ。」
「彼女さん、きっと生きてるよ。」
「ああ、そうだね生きてる。だって死んだのは僕の方だから。」
「へ?」
キョトンと手を止めて困惑するミア、行っている意味がまったく理解できてないといった様子でこちらに振り向く。
「僕は元々そんなに強い身体じゃなかった、ベッドの上でゆっくりと残りの余暇を過ごしていたんだ。でも人間、終わりって言うのは必ず来る。最期に僕は彼女の声を耳に残して死んだ、はずだった。」
体感ではほんの数日前の出来事、実際にはどれほどの時間が過ぎているのかは検討もつかないが確かに起こった出来事を淡々と何も知らない彼女に伝えていく。
「目が覚めてみればこの森に居た、なんでかなんて僕も知らない。だけど体は動く、口にする食べ物はおいしい、全部が新鮮でとても懐かしいとさえ感じたんだ。でも彼女は居ない、僕が置いてきてしまったようなものだからね。」
少し寂しげにつぶやく。別にミアにとって私のことを知ってもさほど意味はないとわかってはいる。
「それって......。」
ミアは何かに怯えてるようにも見える小さな声で呟いく。
「それってつまり、キミはおばけってこと!?!?」
「......はい?」
想定外の方向性の返事に今度はこちらが困惑させられてしまう。後ずさるように私から距離を置こうとするミアに少しだけ苦笑いしながら天井の補修をするために乗っかっていた土台の上から手を差し伸ばす。
「おばけ苦手なんだ。でも僕は違うよ、確かめてみて?」
「う、うぅ......。」
恐る恐る近づいて差し出された手に触れようとゆっくりと手を伸ばすミア。指先がちょこんと触れた時驚いて一瞬手を引いてしまった彼女だが、触れられるとわかるともう一度確かめるように手に触れた。今の私と同じように小さな手は少しだけ自分より冷たい手をしていて思わずそっと握り返していた。
「......あったかい。」
「ほら、僕はここにいる、おばけなんかじゃない。怖がる必要は――ってあれ、泣いてる!?」
本当に何から何までよくわからない娘だが思いがけない涙にこちらまでつい動揺してしまう。
「あ、あれ?本当だ、えっと違うの。家族以外と手を繋ぐなんてしたこと無くて......。」
「そ、そうだったの。なんだか悪いことしちゃったね。」
「ううん、むしろ嬉しい。私、友達って全然居ないから......。」
知らずの内に意図せず彼女の傷に踏み込んでしまっていることに気が付いて罪悪感を覚える。彼女の抱えてる事情など私は知りえないし出会ってまだほんの少ししか経たないだけに距離感が少し難しい。
「あの......。泊めてもらうだけじゃなくてワガママなんだけどお願い聞いてもらっていい?」
「うん。」
私は聖人なんかじゃない、全ての人の悩みを聞き入れることは出来ないとしても身体が動かせる今、目の前に居る子のお願いなら聞いてあげよう。それが私にできるこの罪悪感へのせめてもの罪滅ぼしだ。
「私の、お友達になってほしい......!」
ワガママというにはとても小さなお願いを力いっぱいに真っ直ぐな瞳で伝えるミアに私はただ、在りし日の彼女にミアが重ねて見えて胸の奥から熱く込み上げてくるものを感じながらそのお願いを受け入れた。
「本当に?本当の本当に?」
「うん、本当に。なんにせよここに泊まり込むって強引に押しかけられたけど、どうせなら仲良くしていった方がいいよね!」
私まで涙を浮かべてしまっては彼女を困らせるのだからと精一杯に笑顔を作ってみせる。まるであの日のように。
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