第2話 開かれた鳥籠

 森で出会ったマリーという女性に誘われ促されるまま彼女の家にお邪魔させてもらうことになった。彼女は自宅に入るやいなや急いだ様子でバタバタと調合の準備を始めた、元より患者の為に素材を集めていたのだから仕方のないことだ。

 私はというと彼女が「待っていて」と言われた通り適当な椅子に腰かけて部屋の中を眺めていた。窓辺に育てられたいくつかのハーブとみられる植物、机の上に積まれた本と書き殴りのメモ、彼女の作業をする台には調合用とみられる瓶や薬研が幾つもあった。小さな村だ、このような薬師の存在はとても大きいだろうとうかがえる。

そう物思いにふけていると時間はあっという間に過ぎていた、作業に一段落のついた彼女が奥の部屋からやってきた。

「ごめんなさい、呼んでおいて待たせることになっちゃって。」

「お疲れ様です、患者さんはどうでした?」

「うん、なんとか間に合ったと思う。おそらくだけど間違ってキバナモドキを食べてしまったんだと思う、幸い毒が回るのが緩やかでよかったわ。」

「なるほど、それは辛そうだ......。」

 キバナモドキの毒は神経毒、おそらく内蔵が痙攣したりあるいは機能が止まったりで腹痛という形で現れたのだろう、この毒素を濃縮したものは安易に心臓や脳さえも麻痺させてしまうため暗器にも使われたりするほどだ。ホシワレの草の調合反応速度を上げる作用で薬を完成させるのを急がなくてはいけないのも納得。

「でもあなたがホシワレの草を一緒に探してくれたおかげだわ......。そういえば今更なんだけどあなたの名前、聞いてなかったわね?」

「僕は......。」

 名前を言おうとして口噤んだ、私はこの名前を伝えるべきか?いくらなんでもこの見た目に似つかわないというものだろう。何かぴったりの名前はないだろうかとふとある言葉が脳裏に浮かんだ。

(アセスルファムカリウム......?)

 なぜこんな言葉が浮かんでしまったのか、人工甘味料の名前がなぜこのタイミングで出てきたのか自分自身でも謎だがその瞬間、閃いたのだ。

「僕は......ファムって言います!」

「ファム君ね、いい名前じゃない。」

我ながら偶然とはいえなかなかにいい感じに名前を思いついたものだ。

「ところでなんだけどお礼といっては何だけどお昼ご飯食べて行かない?」

 空を行く太陽は気が付けば高く上がっていた、それに森の小屋に僅かに食料が残っていたとはいえ満足いくような内容とは言えない。御馳走になれるものならそれも悪くないだろう。提案に頷くと彼女は疲れた様子など見せずキッチンに足を運んだ。

「なんだか少し悪い気もする......。」

 僅かに罪悪感を覚えつつもしばらく待っていると食欲を誘う香りと共に彼女は戻ってきた。

「簡単なものだけどお口に合えばいいわ。」

 いくつかの野菜の彩りにお肉を合わせて炒められた大皿料理で、して主食としてなるのはガレットと呼ばれるものだ。いわば甘くないクレープの生地のようなもので、主に野菜や肉などを巻いたりして食べる。

「おいしそう...!"いただきます"。」

「"いただきます"......?」

「東の国の方で伝わる挨拶みたいなものだよ。食事を作ってくれた人、食材そのものに感謝を告げる言葉、それが"いただきます"。」

「へぇ、素敵な言葉ね。私も使おうかしら。"いただきます!"」

彼女も同じように手を合わせて食事を始めた。久しぶりに食べるしっかりとした食事の味はとても濃く感じそれでいて懐かしく、またこのような食事ができることを奇跡とさえ思えた。


 会話と食事を楽しんだところで、私もあまりここに長居する理由もないだろう、お礼でも告げてあとにするとしようか。そうと席を立とうとしたところを呼び止められる。

「あ、待って!あなたに渡したい物があるのよ。」

そういって彼女は空いた皿を片付けるついでにキッチンの方から包みを持ってきた。

「はいこれ、干し肉とか保存のきく物とパンとか幾つか食べ物を詰めてあるわ。それとそのケープ、きっと出歩くときも必要になると思うわ、貰っていきなさい?今日は本当にありがとうね、こんなおばさんの話し相手にもなってくれてうれしかったわ。」

「こんなにたくさん......!ありがとうございます!」

想像以上のお礼を頂いて驚いてしまった。ただ霊草の一つを一緒に探しただけにすぎないのにこれほどもらってしまっていいのだろうかと思うが私とて現状がいいとは言えない、厚意を有難く受け取るとしよう。

「本当は私が送ってあげられればいんだけど患者の様子見なきゃいけないから...。ごめんね?」

「むしろ僕こそこんなにいただいて申し訳ないくらいです!マリーさんもお仕事頑張ってください。」


 さて、そうして帰ってしばらくが過ぎたわけだが一人で考えていても仕方がない、せめて時間を少しでも有効に使うべきだろう。住処の補強などがある程度住んだとはいえ所詮は初心者だ、まだ隙間風もあれば雨を確実に防げるという保証もない。

「とりあえずは木材か......。それと接着剤、ネバリ草を探すとするか。」

ベッドというにはいささか不格好な刈り取った草を詰めただけの布から身体を起こすと貰ったケープを片手に外へ出た。

 まだ日は高い、日没までは十二分に時間はある。身体を隠す為じゃなく拾った素材を運ぶためのケープに使えそうな素材を選び選び詰めていく。そんな作業をしばらくしていた、そろそろ一旦荷物を降ろそうかと戻りかけた時、静かな森に突然不自然な音が響いた。

 ガサガサガサ!鳥たちが一斉に飛び立つ音に混じって木の枝が折れる音が鳴り響く。いくら森にどんな生物が居るかわからないとはいえ拠点の近くだ、一目だけでも確認しておきたい、もしも危険生物だとしたらこの場をすぐにでも離れなければ......。

 なるべく音をたてないように草木を掻き分けて異変の元をたどる。少し進むと木々の天井にぽっかりと穴の開いた木漏れ日の中に金色の髪をした少女が天を仰ぎながら大の字で腐葉土と青草の地面に背中を預けていた。

「おなかすいた。」

 「痛い」だとか「苦しい」だとか苦痛を浮かべる訳でもなくただ少女が口にした言葉は安心とか心配だという前に困惑してしまうほどだ。正体の確認が取れた所で一歩踏み込んだところ落ちていた木の枝を踏んでしまい、青空を眺めていた少女はこちらに気が付いた。

「あれ?こんなところに人......?まぁなんだっていいわ。キミ、何か食べるものもってない?」

「今手元にはなにも......。すぐ近くに家あるから何かもってこようか?それに怪我してるならあまり動かない方がいいとおもうけど。」

「ううん、心配ありがと。怪我はないから自分でついていくわ、そんなことよりもご飯ご飯♪」

 いろいろ聞きたいことがあるが一先ずは彼女の保護が最優先だろう。いくら平穏そうに見える森とはいえ危険が無いとは限らない、先ほどの音で万一にでも魔物がやってきでもしてしまえば最悪の事態とも言えるだろう。

 腹ペコ少女を連れ帰路につくがこの少女が一体何者で何故空から降ってきたのか、そして何故傷一つないのかどれをとっても皆目見当もつかない。何はともあれ少し歩いて拠点のボロ小屋に戻ってきた。

「どこか適当なところに座って待ってて。えーっと、干し肉と......あとは......。」

「肉!!!!!」

肉という言葉に反応して彼女はキラキラと目を輝かせる。好きなのだろうか、肉。

「えっと、食べる?ちょっと硬いけど......。」

「もちろん!む......むぐぐぐぐ!硬いけど......美味しいわ!」

手渡した干し肉を何ともワイルドに齧りつく姿がどうにも子供らしくて妙にほほえましくなる。

「パンとジャムも置いておくよ、慌てないでゆっくり食べてね。」

「ふごっは!(わかった!)」

食欲旺盛な少女を横目に私も軽く昼食としよう。一切れのパンにジャムを少し塗り手でちぎりながら少しずつ食べる、自分の食べる分は少量でいい、常に食糧に恵まれてるなどとは限らないのだから常に最低限だ。

 一心不乱に渡した食べ物を全部綺麗に完食した少女は満足げにドヤ顔をしている、なんで?

「美味しかったわ!ありがとう!ところでキミ、名前なんて言うの?」

「ファムだよ、君は?」

「ミアよ!よろしくね!」

元気いっぱいの少女はミアと言うらしい、差し出した手に応えるように握手するとぶんぶんと力強く振り回される。

「ミアちゃんね。よろしく。ところでいくつか聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」

「ええもちろん、食べ物を分けてくれた人が悪い人な訳が無いもの!」

 とんでもなく警戒心が無くて心配になりそうな子だ......。

「そうだね、まずはたぶん空から森に落ちてきたよね?何があったの?」

「よくぞ聞いてくれたね!そう私は何を隠そう魔法使い!......見習い。」

そういうと彼女の担いでいた杖を振り掲げた。なるほど、いかにも魔法使いらしい。

「そして私は空を飛ぶ魔法を練習していたわけなんだけど、魔法を使うとお腹が減る訳なの!」

「......それでお腹空いて力が出なくて落ちてきたの?」

「正解っ!」

いやそんな自慢げな顔で言われてもどう反応したらいいんだ。

「はぁ、まぁいいや。それでもう一つだけど、どこから来たんだい?少なくても身なりが良いからそれなりに裕福なお家だろう?親も心配してるんじゃ......。」

「どこから......?うーん、わかんない。お家も裕福なのかな???あっ、でもこのお家よりは広いよ?」

 わかんない?そんなことがあるのだろうか。いや見るからに見た目は子供だ、今の私よりは少しばかり背があるが迷子の可能性だって十分にある。ただこの子になにかあれば私の身が危ないであろうということは明確だろう、早急に家に送ってあげるべきだが......。

「困ったな......。」

 万が一にでも人間にこの状況が見つかろうものなら獣人が子供を攫ったなどと間違われてしまう事態になるだろう。だからと言って少女一人を森の外まで送り出したところで安全なはずもない。

「ねえミアちゃん、お家ってどれくらい遠い?」

「お家?えっと......すっごい遠い!私がしばらく帰れないかもって言ったらパパが泣きだしそうな顔してた!」

「しばらく帰れないって。今どれくらいお家に帰ってないの?」

「ううんまだ三日、魔法の練習とかしたいから良い所探してたの。そうだ!」

何を思いついたのか酷く嫌な予感がする。

「私をここに泊めてくれない?」

なんとなく予想はついていたが返事は一つだ。

「無理だ。」

「これでも?」

少女は何処からともなく袋を取り出して差し出してきた。中にはぎっしりと詰まった金貨。

「100万メル。」

「い、いや......。こんな大金出されても......。」

金貨袋を突き返す、しかし少女は不満を隠しきれず次の提案をする。

「お金じゃだめなの?それなら私の身体を差し出すわ!」

「待て待て待て!?女の子がそんな簡単に身体でなんて言わない!と、とにかく無理!泊めるほどの余裕はない!」

 少女は更に不満を募らせた、最終手段と言わんばかりに提言してきた。

「...いいわ、私がこの森を出たら近くの村にでも行って『獣人に襲われたんです』とでも言いふらしにでも行けばいいわ。」

「待って、待ってほしい。冷静になろう、僕が悪かった。泊まってくれて構わないからそれだけはやめてほしい。」

「最初からそう言ってくれればいいのよ♪」

若干脅迫めいた言葉に折れてしまったのが悔しいが致し方ない。一応は安全の為だ。

「はぁ......。念のために聞くけどいつまでいるつもり?」

「そんなのはもちろん私が一人前になるまでよ!」

なんて?

「なんて?」

思わず心の声が漏れてしまう。

「一人前になるまでよ。それまで百年だって二百年だって一緒だからね♪」

「どうしよう、頭痛が痛いや......。」

「倒れた倒木?」

「何気に上手いことを言うんじゃないよ。はぁ......。」

一体この先どうなるんだろう、ミアが言った通り一人前になるまで一生涯居続けると本気で思っているのなら明日すらも考えるのが嫌になりそうだ......。

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