第1話 薬師

 小鳥の囀りに木々のざわめきをBGMに森のスローライフを満喫しているとふと思い出したしばらく放置していたこの世界が何処なのか、そして何故ここにやってきたのかという疑問を空に問いかける。

「私は死んだ、はずだ。もしここが死後の世界だというにしては"生きてる"という感覚が強い、どちらかと言えば作品として多い異世界転生のような感じ......。」

だからと言って女神が特別な力をくれる訳でもなく、人智を超えるほどの魔法が使える訳でもない。子供のように木の枝を振ろうがごく普通に空を切る音だけが虚しく響くだけだ。

 これらはどちらかと言えば後者の問いであるが、前者の問いに関しては見当はついている、それはこの住処を作る為に材料を集めている時に遡る。人里から離れているであろうと感じるこの静かな森で偶然か必然か、水の流れる音を聞き分け進んでいると湖と呼ぶには小さい池のような水場を見つけることが出来たのだ。飲み水が確保できるという喜びもあり急いでボロ小屋にあった中身の腐った物だけを捨てておいた空き瓶を手に戻ったのだ。して嬉々として空き瓶を洗い、水を汲んでいると不意に声をかけられたのだ。

「こんなところに獣人なんて珍しいわね。」

「っ!?」

想定外の出来事に反射的に飛びのいてしまう。

「あら、驚かせてしまってごめんなさいね。」

 外見50歳程だろうか、淑やかと印象を受ける女性が一人こんな森の中にいる。それだけでも不思議極まりないのだがよく見て見ると手荷物は何かが入った籠と使い古されてるのだろうかおそらく採取用のナイフぐらいとだいぶ軽装だ。

「え、えっと......?」

「初めましてウサギさん。私は近くの村に住んでるマリーと言うわ。もっとも村ではマリーおばさんって呼ばれてるけどね。」

「マリーさんはどうしてこんなところに......ッ!?」

僅かに風の影響なのか籠にかけてあった布がずれ、その中身が目に入ってしまう。

「こ、これ......もしかして、猛毒のクラの実!?まさか食べようと!?」

「あら、詳しいのね?」

詳しいなんてものじゃない、これは紛れもなく自身の描いた物語の中で作ったオリジナルの植物だ。まさか本当に今いる場所がアクアリウムの世界であると言っているようなものだ。

「でも違うわ、これは薬にする為に集めてるの。」

「薬......?」

「ええ、そのために他にもいくつか薬草も入っているわ。」

籠の中には色とりどりの薬草や木の実がいくつか確かにあった。

「アトラス草にカカンの実、ねじまき蔓、ミカヅキの根......?誰かお腹でも悪いの?」

 どれもこれも心当たりのある薬草達でますます疑惑が確信へと変わってゆく。正直複雑な気持ちだ、生前書きかけでぐちゃぐちゃだった物語の続きをこうして自らが体験しようというのは筆者としてはとても願ったりかなったりみたいなところはあるが、もし、この世界に住む"主人公達"に存在が知られようものなら酷く憎まれるだろうという覚悟が必要だ。

「...すごいわ!材料を見ただけで何の薬かわかるなんて、あなたもしかして薬師くすし?」

「そんなことはないよ、ただの一人で森に住んでいる獣人にすぎないよ。」

「猫の手でもというし......この際丁度いいわ。あなたこのあたりで"ホシワレの草"は見なかった?」

ホシワレの草、名前の通り星が割れて分かれたかのような二枚の葉が特徴的な霊草だ。しかし普通の薬草とは違って希少性が少しばかり高い。

「急ぎって訳か......。」

 女性はこくりと頷く、ここで見捨てるというのは非常に心持ちがよくない。

「わかった、それじゃあアトラス草とナイフ貸してくれる?」

「え、ええ、わかったわ。...一応聞くけどどうするつもり?」

「ホシワレの草は流れ星の欠片から産まれた草だって聞いたことはある?星に由来する名前の理由は見た目、伝承それ以外にも理由があるんだ。」

霊草の説明をしながら細かくしたアトラス草と何かに使えるかもと持ち歩いてた白い魔晶をナイフで削って二つを持ってきた瓶の中ですり合わせる。

「星空の下で煌々と輝く様子から特に群生地なんかでは星空の大地なんて呼ばれていたんだ。」

よくすり合わせて振って混ぜ合わさってくると瓶の中身がどんどん黒く染まってゆく、そしてその中にいくつもの小さな輝きが産まれ消え、まるで小さな星空を描いていた。

「ま、僕は魔法が使えないから少しの間だけどね。"仮初の星空"をこのあたり一面に広げるくらいしかできないけど......!」

 瓶の中身を空に振りまくとたちまち辺り一面は暗くなり作られた夜が支配した。精々効力は15分程度、その間に目的のものを探さねばならない。

「ルシール...!」

「魔法......!」

光の玉を生み出す事で広範囲とは言えないが周囲を照らすことのできる基本的な魔法だ。本物の魔法をまさかこの目で見ることができるとは思ってもおらずつい興奮を覚えてしまった。

「初歩的なものだけだけどね。それにしても驚いた、アトラス草にこんな使い方があっただなんて。あなたって随分博識ね?」

「"偶然にも"知っていただけだよ、それよりも時間はあんまりないんだ、早く見つけよう。」

周辺の探索を二人で開始する、ホシワレの草は人の手が入り込んでない森であれば比較的見つかりやすい、きっと彼女もそう考えてここまでやってきたのだろう。何とか見つかればいいが......。

 それから5分、10分と時間は過ぎていく。徐々に焦りを覚える彼女の顔が自分の身より余程その患者の事が心配なんだろうと思う、そもそもこんな軽装で森に入り込んでくるくらいだ、本当は私のことなど感けてる余裕などなかったのだろう。

「......あっ!あった!」

声が上がったのは運よくも太陽が再び顔をのぞかせる直前の事だった。地面に膝を突き大事そうに両手でしっかりとホシワレの草を抱きしめるマリーの姿がそこにあった。

「見つかってよかった......!でもソレが必要なくらい今は時間がないんでしょ?早く戻った方がいいよ。」

「ええそうね、急ぎましょう......。それと調合が終わってからになるけどあなたにお礼したいわ、一度私の家まで来てくれるかしら。」

特に断るだけの理由もない、彼女はこの世界に住む一般人にすぎない。仮に行動を共にしたとして私が何者であるかなんて知り得ることもないだろう。誘いに了承して彼女の後を追う、念のためだが通る道にいくつか目印もつけておこう。


 急ぎ足で森を抜けると少し先に小さな集落が見えた、あそこが彼女の言うところなのだろう。しかし突然先を急ぐ彼女の足がふと立ち止まる。

「しまった!忘れてたわ!」

そういうと身にまとっていたケープを私に被せローブのように纏める。

「ごめんね、知ってるかもしれないけど人間と獣人ってすごく仲が悪いの。ううん、人間が一方的に貶めてる。帝国の息がかかる私の村でも例外とは言いにくいからせめて村の中だけでもその耳と尻尾は隠しておいてね。」

「仲が...悪い...?」

少し意外だった、私が知りえる世界なら帝国とはともかく、その他の人間達と仲が悪いと言うほどのことはないだろうと考えていた。

「もちろん私のように獣人に理解を示そうとする人間もいるけど......少数派ね。」

 思い悩む様にして彼女は言う。だけどすぐに微笑んで前を向いてまた進みだした。

「あなたのように心優しい獣人もいる、昔私を助けてくれたあなたによく似た獣人の為にもお互いが分かりあえるように努力していくわ。」

 よく似た獣人。この世界に住まうウサギのような姿をした存在は実はごく少数、いや本来であれば特定の個人を表すほど特徴的なのだ。つまり彼女のいう獣人は限りなくこの世界の"主人公"のことだろう。彼が今どこで何をしているのかは知るすべなのどない、私の作ったデタラメを越えて幸せに生きていてくれるならそれでいい。


 青空を仰ぐ、どこか遠くから微かに潮の香りが運ばれてくる。

(そういえば私のいた病室も窓を開ければ潮の香りがしたな......。)

そう遠くない記憶に懐かしさを覚える。私は好きな香りだけど彼女は「潮風は髪が傷むから嫌だ。」なんていつも言ってたな。

「会いたいな。」

ぽつりとつぶやく言葉も風にそよぐ新緑達に掻き消される。

 今はただこの不可思議な未来においていかれないようただ足を進めるだけなんだ。

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