最終話 メロ✕セリてえてえ
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、兄は黒い風のように走った。
野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。追いかけるのが大変だった。
一団の旅人と
「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ」
ああ、その男、その男のために兄は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、お兄ちゃん。
はるか向こうに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様」
うめくような声が、風と共に聞こえた。
「誰だ」
兄は走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます」
その若い石工も、兄の後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かっ……アイタッ!?」
「黙れっ
私はフィロなんとかの後頭部に思いっきり小石をぶち当てていた。
「いや、まだ陽は沈まぬーッ!!」
兄はフィロなんとかを置き去りにして走っていった。最早兄には赤く大きい夕陽しか見えていない。
猛然と走っていく兄の後を、私はほうほうの体でついていった。
なんとか処刑場にたどり着いた私は衝撃の光景を目の当たりにした。
「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」
セリヌンティウスは、すべてを察した様子でうなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高く兄の右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
兄は腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ」
二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
──え、なにそれ。尊すぎでは?
群衆の中からも、
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」
──よかったぁぁぁ王様もメロ✕セリ派だったぁぁぁ!!しかも間に入りたいタイプのやつだったぁぁぁ!!ちょっとキモぃぃぃ!!
どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、王様万歳」
ひとりの少女が、緋のマントを兄に捧げた。兄は、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
勇者は、ひどく赤面した。
私と王も、同じくらい赤面した。
うちのお兄ちゃんがこんなに走れるわけがない 菅沼九民 @cuminsuganuma
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