ねえちゃん、よかったね

 ふみかねえちゃんのいえで、オレがきのうのよるねえちゃんがオレにいったことを、ほとんどそのままいった。


 ふみかねえちゃんは、ずっと下をむいてるねえちゃんのせなかをそっとなでた。


 オレがいいおわるまで、ねえちゃんもふみかねえちゃんもみくねえちゃんもかおるも、なんにもいわなかった。




「勝美………」

 すべていいおわると、ふみかねえちゃんがやさしいこえでねえちゃんをよんだ。

「文香…」

「そんなに思い詰めてるなんて、私知らなかった。同じ学校に通ってるのにごめんね」

「いいのいいの」

「でもね、うぬぼれ屋って言った事については謝らないよ」


 ねえちゃんはうぬぼれやだって、ふみかねえちゃんにはみえるらしい。

 オレがみくねえちゃんに、ねえちゃんがうぬぼれやに見えるのってきいたらなんにもいわないでくびを上下にうごかしてた。

 やっぱりみくねえちゃんもそうおもってるんだ…。



「勝美、あなた今、何ができる?何をどうやったらお金を稼げるの?まあねえ、私が今度なんかの漫画の賞に応募して何かの賞を取って賞金やら何やらをもらったとすると、確かにそれは私がお金を稼いだって事になるんだろうけどさ、そんな事が出来るほど私天才じゃないよ」

「そうそう、私たちまだまだそんな大層な人間じゃないよ~まあこれからゆっくりと、ゆっくりと時間をかけてそういう人間にならなきゃいけないんだろうけどさ~、勝美っていつからマグロになったの~」


 マグロっていうおさかなはおよぐのをやめるとしんじゃうらしい、だからいまのねえちゃんはまるでマグロみたいにうごくのをやめることができないっていうこと?


「私はただ、ただ父さんと母さんに迷惑をかけたくなくて…」

「だからー、今の勝美や私じゃ無理だって。大体さ、勝美のパパとママってまだ四十一歳でしょ?こんな時代にそんな年齢で死ぬような事なんかそうそう起きないっての。下手に動くとかえってパパやママの負担が増すよ。そんなの嫌でしょ?」

「パパやママだってちゃんと気を抜いてる時はあるんだからさ~、勝美もそうすればいいじゃない」

「……………ごめん、どうやって?」


 ねえちゃんは、目をまっかにしながらふみかねえちゃんとみくねえちゃんにうったえてる。

 どうやったら気をぬくことができるのか、ねえちゃんはほんとうにしらないみたい。

 おねがいたすけて、どうしたらいいの。わたしにはぜんぜんわかんないよって…こんなにつらそうなねえちゃん、いままでいちどもみたことがない。ほんとうにかわいそう。ねえちゃんがあんまりにもしんけんに二人をみつめてるから、オレもかおるもなんにもいえなかった。







「…………とりあえず、祐二君から離れたら?」

「えっ」

「そうそう、それがいいよね~。勝美ってお料理しててもあんまり楽しくなさそうだけどさ~、祐二君に何か注意する時ってすっごくきびきびしてるじゃない」

「私も美紅の言う通りだと思う。勝美が元気な時って、大抵何か人に向かって注意する時なんだよね」

「私はただ…!」

「ちょっと二人とも、ねえちゃんはわるくないよ」

 ねえちゃんはほんとうに、ほんとうにオレのことをかんがえてる。だからああだこうだいってるんだ。

「あんたねえ、十五歳にもなって六歳の弟に気を使わせて情けなくないの?」

「悪いけど~、祐二君の方がお兄さんみたいな感じ~」


 ええっ、オレがねえちゃんのおにいちゃん?


「もちろんこれからもいろいろ教えなきゃならない事はあるとは思うよ~、でも勝美が自分の手で全部してやんなきゃって段階はもう終わっちゃった気がするな~」

「薫は今日ずっとおとなしくしてたじゃない、私は勝美ほど弟の面倒付きっ切りで見てるつもりはないんだけどなあ」


 たしかにオレとねえちゃんとかおるとふみかねえちゃんの4人でいるとき、ねえちゃんがオレにああしろこうしろといってくるのはよくあったけど、ふみかねえちゃんがかおるにああしろこうしろといってくるのはきおくにない。


「オレのあたまがわるいから?」

「そんな事はないよ祐二君、私も文香が薫君にあれこれ言ってるのって記憶にないし~」

「大体さ、いくら勝美の母さんが祐二君を生んで一年足らずで仕事に戻って子守をやる事になったからってさ、あくまでも勝美は祐二君のお姉さんに過ぎないのよ?もういい加減休んだら?そうでないと勝美倒れちゃうよ?それで勝美のパパやママに迷惑かけたい訳?」

「いやそれはわかってる、でもどうやったら祐二から離れられるのかわかんなくって…!」

 ねえちゃんがこんなにくるしんでるのに、オレはなんにもできない。

 くそっ、こんなときもしヒカレンジャーだったらわるいやつらをドッカーンってやっつけてねえちゃんをすっきりさせてくれるのになー…。




「……ゲームやんない?」

「ゲームってテレビゲーム?」

「そう、薫」


 オレはテレビゲームなんてやったことない。でもかおるがゲームのきかいをもってきて、きようにつないでるのはしょうじきうらやましい。


「仲良くやりましょうよ、ねえほら」

「1人余っちゃうよ~スマブラって4人用なんだけど~」


 じゃオレやんない。よくわかんないけど見てるだけでもおもしろそうだもん。


「私がやるの?」

「そうそう、たまにはさ、たまにはこういうのに身を任せてみるのもいいじゃない」

「ほんの1時間ぐらいいいじゃない~、ああ勝美のママに連絡しとくから」

「……うん」


 ねえちゃんはぜんぜんのり気じゃないみたいだけど、オレはなにもいわないことにした。


 ねえちゃんはいま、ひっしにがんばってるんだ。それをとめちゃいけない。


「大丈夫、これ私だって半年以上やってないんだから。でも薫はやってるでしょ」

「もったいないんだもん」

「まあそうよね、せっかく買ったからにはしっかり遊ばないとね。でも悪いけど、ハンデをつけていいかな。勝美もいるし」

「やだ、かつみおねえさんにはあげてもいいけどおねえさんとみくおねえさんにはあげない。かつみおねえさんにかってほしいんだもん」

「いら……お願い」



 ねえちゃんはついにコントローラーってやつをにぎった。ふみかねえちゃんがゲームきのスイッチを入れると、パッケージそっくりのきれいながぞうがでてきた。


 きれいだなあ、たのしそうだなあ。でもオレは見てるだけ。



「薫、美紅はともかく勝美は全くの初心者なんだから手加減してあげてね」

「わかったよ、かつみおねえさん。ここをこうしてね…」

「ああ、ありがとう薫くん…」


 うわー、かおるつよいなあ。ねえちゃんはともかくみくねえちゃんやふみかねえちゃんにもつぎつぎにかってる。

 かおるって、オレより足はおそいけどこういうのは上手にできるんだ、いいなあ。

 でもオレはねえちゃんにかってもらいたいからねえちゃんをおうえんする。ねえちゃんがんばれ、ルールはあんまりわかんないけどがんばれ!


「ああもうまた負けた!」

「でもさっきより随分ましになったよね~」

「そうそう、ゆっくり、ゆっくりとでいいの!何だって同じでしょ、道のりが厳しいほどできた時の喜びが大きいってのは」




 そして1じかんぐらいあと、ねえちゃんはついにかった。




「やった…!」

「勝美おめでとう!」

「いやーやられちゃった」

「ほんとうにうれしそうだね」


 オレはきがつくとはくしゅしてた、それにこたえるようにふみかねえちゃんもみくねえちゃんもかおるもはくしゅしてた。


 ねえちゃんはまたないた。


 でもこれまでのとはちがう、ないてるけどあんまりかなしそうじゃない。ほんとうに、ふみかねえちゃんのいうとおり、きびしいみちのりをひっしにがんばってついにできたってかんじ。ねえちゃんがこんなにたのしそうにわらってるのって、いったいどれだけぶりなんだろう。オレ、わかんない。







「勝美、お帰りさない。あらあら随分元気になったわね、よかったよかった」

「うん…母さん…私もうちょっと楽に生きようと思う」


 かえるっていってたじかんよりかなりおくれちゃったけど、ママはにこにこしながらむかえてくれた。まあふみかねえちゃんはねえちゃんのともだちだからね。そのことはママもパパも、もちろんオレもよーくしってる。


「私…祐二にあんまり欲張っちゃダメだよっていっつも言ってたけど、私は祐二よりずっと欲張ってた。あれもこれも、必要のある事しかしたくないって、しちゃいけないって思ってた。ちゃんと決まりを守って動かないと絶対痛い目を見る、だからちょっとでもそういう所から外れそうになるのがもう怖くて怖くて仕方がなくて……」

「ねえちゃん、ほんとうにつらかったんだね」

「文香と美紅がいなきゃ私はその事に気付けないままだったわ、2人にはどうお礼を言ったらいいかわかんない…もちろん祐二にも感謝してるから。祐二、でもこれだけは言わせてちょうだい。お友達は大事にしてね」


 もちろんだよ、かおるもゆういちもオレのともだち。

 だから、オレだいじにする。いやもっとたくさんともだちをふやす。ふみかねえちゃんやみくねえちゃんみたいな、いいおともだちを。




 つぎの日よう日、ねえちゃんはゲームきをじぶんのおこづかいでかってきて、リビングのテレビにじぶんでつなげた。

 たのしそうにやってるみたいだけど、オレはしょうじききょうみない。ヒカレンジャーのゲームがあるんならちょっとやってみたいけど。


「ああ55分経ったのね、今日はおしまい」


 でも、おもちゃやにいかないでどこかのやすうりのおみせでやすくかってくるあたりねえちゃんらしく、またじかんがきたとおもうときっぱりやめちゃうのもねえちゃんらしい。そうやってまじめでしっかりしてるのがねえちゃんのいいところ。

「今日は母さん遅くならないと返って来ないからね、晩御飯は私の作るナポリタンよ」

 ねえちゃんのおりょうり。なんかこれまでとくらべるとなんだかはやくてかっこいい。これまではなんかあれやんなきゃダメこれどうかしらとかいっつもふあんそうにしてたけど、いまはなんだかすいすいうごいてる。


「ああそう!いやあ正直これでいいのかなと思ったんだけど、祐二にそう言ってもらえると何かほっとするわ」

 それでナポリタンスパゲッティもおいしいし、オレしあわせ。

「口元はしっかりと拭いてね、お洋服汚さないでね」

 うんわかったよ、あんまりおいしいからついたくさん口に入れちゃったんだ、たぶんそのせいだよね、ごめんねねえちゃん。

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