空からの狂兵8 不落
産まれてすぐに両親と死別したわたしは、平たく言えば孤児だった。
産まれてすぐ、と言うのは……産声を上げてわたしが生きていると母に伝えた所で、母は亡くなったと聞いている。
父は母を捨てて蒸発していた事もあって、わたしは親からもらう“愛”を全く知らずに孤児施設で、その“愛”を補完した。
けど、それでも納得できる様な“愛”を与えられたかどうかは解らなかった。
「リエスじゃん。帰る?」
学校からの帰路。公園のブランコに座って夕焼けの空を見上げていたわたしは、良く知る姉さんに声をかけられた。
「オード姉さん!」
わたしはブランコから降りると彼女に走り寄る。そして一緒に帰路についた。
少し変わった性格のオード兄さんと、運動神経抜群のオード姉さんは一卵性の双子の兄妹だった。二人は施設で預かっている子供ではないが、よく手伝いに来てくれる事から施設の一員のようなものであり、わたしとしても身近な兄と姉のような存在だった。
「あんた、素質があるかもね」
「素質?」
白銀の長髪を緩く三つ編みに結んだオード姉さんは、わたしを見ながらそう呟く。
姉さんが呟いたのは、人に必要なモノ――“人の素質”の事だった。汚れやすく、殻に籠りやすいそれを、維持し続けるのは困難だと少し難しい言葉で語り出す。
「親父が言うんだけどさ。異質って奴? “正常じゃない人間”が世界には必要なんだって」
「カーターさんが?」
カーター。それは英雄の名前。この国――オールブルーでは知らぬモノが居ない程の歴史的人物の事だ。
「ちなみに、正常ってなんだと思う?」
少しだけ悲しむ様にオード姉さんはそんな事を聞いて来る。わたしは意味が解らなくて首をかしげた。
「怪我をしたら痛いとか、誰かが死んだら悲しいとか、そう言う感情を当然のように感じる事が出来るのが“正常”」
でもね、とオード姉さんは誰かを思い出すようにつなげる。
「稀に居るんだよね。そう言うのが正常に機能しないモノを持ってて、それに耐えられる奴が」
不安、恐怖、焦り。長く訪れない心の平穏。
日常にも潜むソレに耐える様に、訓練を積む事が出来る。短期間ならば常人でも耐える事が出来るだろう。だが所詮は“耐える”だけだ。適応できているわけではない。
「適応してる奴は別に“耐え”なくてもいい。だから、異常な環境に置かれても何日も何日も“いつも通りに元気いっぱい”でいられる」
そう言う人が居れば、異常に晒され続ける場では皆、心の支えとして助かる。そして、そう言う人間が“英雄”になったりする。
だが、気をつけなければならない。そんな人間は“戦場”では重宝するが、日常に帰れば――
「けどね。ソレは普通なら“異常者”の類なのよ」
日常では求められない“人材”。特定の環境下の行動に特化した“素質”を持つ異常者たち。ソレが今の世界には必要不可欠だと彼女は言う。
わたしはオード姉さんとオード兄さんに関わっていて、二人が“普通と違う”と知っている。だから、二人は自分達と同じ“ソレ”を持つ人間を見分けられるのだと言う。
人が持つ強い
本当はわたしも血の繋がった家族から貰うべきだった、教えてもらうハズだった“愛”が欠落していた。何かを強く思う感情が欠落していた。
心から悲しいとか、苦しいとか、思った事が無かった。だからオード姉さんはわたしに素質があると言ったのだ。
異常者としての素質が――
しかし、この時わたしは知らなかった。わたしも結局は……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
衝撃波は、山岳地区の地質を揺らし、まるで地震のような振動を生み出していた。遅れて発生する熱風は木々を焼き、根元から吹き飛ばしていく。
だが、その地に未だいる4機の【メイガスIII】はその身に襲い掛かる衝撃波と熱風に耐えながらも、何が起こったのかを各々が把握していた。
使用されたのは戦術兵器『サーモバリックショット』。使うはずがなかった。敵が
指揮官機の露見は、この戦場では戦局を左右する大きな
しかし、予想はグライスト小隊の想定した中でも、最悪の方向へ流れて行く。
「くっ……」
「隊長ォォォ!!!」
「読みを外した……」
「あ……あああ」
カルメラ、スペラ、フィオ、リエスは目の前の
「全機聞け! 作戦は継続! 【ジェノサイド】を破壊する!」
カルメラは【ジェノサイド】が『サーモバリックショット』を撃つと当時にカウントを開始していた。地形を変える程の兵器を小型化しているのだ。連射能力は高くないハズ。そして、弾数の限られていると考えても良いだろう。
問題は発射間隔だ。次弾までどれ程の時間があるのかソレだけは検証しておかなければならない。
自分達が全滅した場合を加味して、後続に情報を残すのだ。
【ジェノサイド】が動く。右腕部に装備している『サーモバリックショット』は薄く排熱を行っており、ソレを使うわけではなさそうだ。それどころか、自分たちを殲滅する為に、こちらに向かって来ている。
だが、低速で探る様に進んでいる事から『ACF』を見破ってまっすぐ向かって来ているわけではないようだ。
恐らく、敵としては先の『サーモバリックショット』で、部隊を殲滅できたと思ったのだろうが、破壊したのが一機だけに他は生きていると見たのだろう。
「山岳のポイントDに誘い込む。メイガ3と4は着弾地点で待機! 【ジェノサイド】が射程距離に入ったら『設備総射』で撃墜する!」
『了解!』
『了解。移動します』
スペラとフィロはカルメラの指示に、グライストの事は今は割り切って目の前の作戦を遂行する為に行動を開始する。
「メイガ5は、『設備総射』後に狙撃。装填の間を繋いで敵を足止めしろ」
『…………』
「どうした、メイガ5。復唱しろ」
カルメラはリエスだけが帰ってこない事に回線を開いて確認する。
『あ……隊長が……副隊長……グライストさんが……し、死んじゃいました。まだ……戦うんですか?』
死んだ。あんなにあっさり。今まで、何ども戦場をくぐり抜けて、死ぬところなんて全然予想できなかったのに……
隊長はまるで蟻を踏みつぶす様に、たった一発の攻撃で死体も残らず死んでしまったのだ。
ずいぶん若い奴が来たな!
「グライストさん……」
初めての部隊配属におどおどするわたしの頭を大きな手で撫でてくれた隊長は、どんな時でも笑っていた。当然、最後の通信も聞いていた。あの爆炎に包まれる刹那、隊長は笑っていた。
最後まで、彼らしく逝ったのだ。けど――
「カルメラさん。わたし……」
震えが止まらない。操縦桿を握る両手を握り合っても震えは一向に止まる気配が無かった。
『我々は軍人だ。時に剣であり、盾でもある。そして、今は盾だ。我々は人類共通の脅威から、人類を護る立場にある』
「…………でも」
死んでしまったら何も意味がない。生きていなければ、怒られる事もないし、笑い合う事もできないのだ。
『リエス、お前に命令を下す。これよりお前は、我々の戦いをモニター後に戦場を離脱。その眼で見た情報を総司令に伝えよ』
「え……?」
軍人として覚悟無き声に、リエスは怒られると思っていた。むしろ、ソレを望んでいた。叩いて焚きつけてくれた方が、震えながらでも【メイガスIII】を動かせると思ったからだ。
『これは絶対厳守の命令だ。それ以外の勝手な行動は処罰の対象になる。肝に銘じておけ』
「え……カルメラさん。わたし――」
『お前は軍人だが“兵士”ではない。何のつもりで機体に乗り、戦場に出ようとしたのかは否定しないが……もう帰れ』
「なん……で……わたし……わたしは……グライスト小隊の――」
『メイガ3、メイガ4! グライスト小隊三名! 【ジェノサイド】を破壊する!! 勝機はゼロでは無い! 作戦行動を開始する!』
そこから、カルメラ、スペラ、フィオはリエスとの通信をカットした。その必要が無い。彼女はもう“兵士”ではないのだから――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは凄い」
作戦展開前、カルメラはカナンから貰ったデータの中で、他に入っていた情報を見て確認を行っていた。
「どうした?」
グライストは【メイガスIII】のコアで横になりながら隣に待機しているカルメラの声を聞き逃さなかった。
下ではプログラム調整に戸惑っているリエスにフィロが呆れながら指摘し、スペラはコアの中で音楽を聞いている。
「この山岳地帯。山内部全体が要塞のようになっており、有事の際にはカタパルトとしても使われているとか」
カルメラが北部山岳地区の地形を調べていて小耳程度に挟んだ情報である。音波索敵を行うと、丘や森の中に偽装して設置してあるミサイルの発射台や大口径の機関砲や対空砲まで確認できた。
「マジか。噂では聞いていたが、内部にそんなもんがあるとは」
「重要度はかなりランクの高い機密の様です。しかし、現在では殆ど使われていないようですが」
「ほう。それで、総司令がお前にそのデータを与えたって事は」
カルメラの【メイガスIII】は中距離射撃機。大きく展開した時に、部隊間での通信中継器の役割も考えられ、電子戦も視野に入れられている。
「予想通りですよ。このデータ全てに、兵器の使用コードと雷管コード。発射コードまで全て揃っています」
さしずめ、使える物は全て使うという事を『サンクトゥス』に指摘され、今回使用する許可を取ったのだろう。
北部山岳地区は、『スタッグリフォード』でもほとんど開拓されていない。その全容は高官たちの緊急時の避難経路であり、その迎撃設備は全て防衛のためだ。
「使っちゃえ、使っちゃえ。『スタッグリフォード』市民の税金で造られたもんだろ。正しい使い方をしてやらんとな」
グライストは身体を起こすと、下に居る部下を見下ろす。
「それに、少しでも若い奴らの生存率を上げときたいってのも本音だ」
「そうですね」
戦場では何が起こるか分からない。
特に今回相手をするのは未知の敵『アグレッサー』だ。『サーモバリックショット』の事もある。今までの対人戦と同じように考える事は危険だろう。
状況が劣勢になれば、自機の北部山岳地区にある『設備総射』が命運を分けるだろう。
「任せたぜ。カルメラ――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「任されてます。隊長」
勝てる戦いだ。そう見ていれば、どんな武器を持っていたとしても一個中隊の弾幕射撃に耐えられるモノなど存在しない。
隊長は命を賭けて敵を引きつけた。ならば、ソレを繋ぐのが残された者の役目だ。グライスト小隊の作戦行動は終わっていない。
【ジェノサイド】は、北部山岳地区の丘で停止している【メイガスIII】(カルメラ機)をレーダーに捉えた。
そちらへ進行方向を変える。まるで重力など感じていないように噴射光も無しに滞空している様は未知の存在のように感じ取れる。
しかし、敵は未知の技術を持っているとしても決して破壊できないモノではないのだ。【ジェノサイド】の周囲を浮く円柱のユニットも同じ距離を常に保ちながら同じように移動する。
驕り。もし、ソレを今体現しているのなら、お前は深く入り過ぎた――
その時、花火のように低速で上昇する弾丸が夜空に上がる。ソレはスペラが撃った【ジェノサイド】の位置を明確に確認するための閃光弾だった。
目視で
「設備起動!」
一度に操作できる兵器には制限がある。だが、それでも一機のアステロイドを落すには十分すぎる火力だ。
山が音を立てて鳴動する。小丘に偽装されたミサイル砲台。森の中に隠された対空砲。今居る丘の至る所に亀裂が入ると僅かに動き、その奥から機関砲が姿を見せる。
『ミサイル砲台』5。『対空砲』11。『機関砲』24。
それが今操作でき、尚且つ斜角内で攻撃が可能な兵器の数だ。その全ての兵器を【メイガスIII】(カルメラ機)が掌握している。
即席の制御システムとして機能し、それを完璧に掌握する為に機体のコントロールは一時的に停止している。余計な機体の動作を挟むと制度と使える兵器の数が減るからである。
その出現を感知したのか【ジェノサイド】は辺りを見回す様にその場で停止し頭部を振っていた。
その閃光に照らされた【ジェノサイド】を全ての兵器が斜角に捉えロックする。
「ッ
カルメラの言葉と共に全ての兵器が一斉に火を噴いた。まるで大地が裂けたと錯覚するほどの轟音はコアの中に居てもそれ以外の音が聞こえない。
鉄と破壊の雨が【ジェノサイド】へ濁流のように襲い掛かった。
『『SOA』。起動――』
ただ静かに、誰にも聞こえないそのヴェロニカの声だけが笑いを堪えるように呟かれた。
目の当たりにした事が、自らにとって信じられない事柄だった場合、人はどのような行動を取るだろう?
「―――――」
今、カルメラ、スペラ、フィロはソレに遭遇していた。
ミサイルの弾頭が、音速で山をも吹き飛ばす大口径の弾丸が、全て
砲先が火を噴く様に形成されていく鉄の雨。止む事の無い無慈悲の破壊は、目の前の未知の前には取るに足らない有事のようなものだった。
『フフ』
思わずヴェロニカは歓喜が込み上げる。
北部山岳地帯に設けられた秘蔵の兵器。それによって形成された弾幕は、【ジェノサイド】の手前で全て撃ち落とされていた。
その原因は【ジェノサイド】の周りに浮かぶ八本の円柱のユニット。それは現在、僅かに表面がズレ、内部からレーザーを発射していた。
それによって、ミサイルも、弾丸も、一発一発丁寧に破壊時の破片の影響もない距離で全て撃ち落としているのだ。
「な……だが!」
目の前の事態に驚愕している間は無い。起動が遅れてまだ【ジェノサイド】真下に位置するいくつかの砲台はまだ動いていないのだ。
すると、今起動している砲台のいくつかが弾切れになりリロードに入る。それと入れ替えるように残った砲台へアクセスし――
「真下は防げるか?!」
【ジェノサイド】のほぼ真下に位置する砲台が火を噴いた。
『♪~』
だが、それも全て円柱のユニットから発せられるレーザーによって一部も隙間なく迎撃されていく。
「……なに……?」
そして、発射していた山岳設備の全ての兵器が三分間の装填作業に入った。モニターに表示されている兵器が全て機能を停止する。
攻撃が止んだ事に【ジェノサイド】は距離を詰める。
破壊した弾丸による煙幕。それに紛れて【ジェノサイド】は接近し、『サーモバリックショット』の射程に【メイガスIII】(カルメラ機)を捉えた。こちらは3分間のリロードを終えている。
『ごきげんよう。そして、さようなら』
トフッと、先の弾幕に比べてあまりにも静かに発射された一射は、動く事の出来ない【メイガスIII】(カルメラ機)へ――
「――――後は任せた」
火山が噴火した様に周囲の設備と弾薬に引火し、【メイガスIII】(カルメラ機)を地形ごと跡形もなく消し飛ばした。
クライシス~白銀の空~ 古朗伍 @furukawa
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