空からの狂兵7 狂兵の狼煙

 かつて、この世界に危機クライシスを伝えた者がいた。


 直接では無いが……ソレは意志となって世界のあちらこちらに特定の機体を投下し、人類に敵となる存在と技術の可能性を暗示していた。

 誰が伝えたのかは解るはずもない。人類としても、ソレと接触したのは一握りの人間だけだからだ。

 知らなければ発想さえ出なかった武器ソレは、本来ならアグレッサーとしても予想していなかったモノ。

 その武器とは――人型戦術戦略兵器アステロイドの事だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「記録開始。創世歴7800年×月×日、20時39分。記録者『ナイトメア』所属――コード、【ブラック】」


 一つの影が、戦火渦巻く戦場スタッグリフォードで、報告の為に状況を観測していた。

 戦火に包まれる中心街の小さなビルの屋上で、戦場の状況を事細かに把握し、彼の存在は『サンクトゥス』以外には知られていない。


 「スタッグリフォードにて、中規模敵勢戦力と相対。敵の戦略は『G』に類似したモノと考察――」


 その時、撃ち落とされたアグレッサーが落下し、彼の建物へ直撃した。辺りでは数多くの爆発と炎が上がっており、ソレも単なる無数にある火の一つとして処理された事柄である。


 「最悪だな。状況は最悪だ。セイバー3では手数が足りない」


 建物だった瓦礫から“観測者”は無傷で這い出る。そして崩れた道路へ立ち上がった。辺りで燃える火災でその姿が明確に映し出される。

 その様は生身の人間ではない。

 センサーの様に光る眼に頭部は、アステロイドを連想し、更に無駄を省いた装甲で人の筋肉質を表現したように絞った体躯を表していた。


 装着型小型試作AR――ソリッド・アーマー。


 『サンクトゥス』総帥――エルサレム・ソロモンがアグレッサーの技術を見て、見よう、見まねで造り上げた、次世代の対人白兵戦用の装備である。

 現在は試験運用として、『ナイトメア』に所属の部隊員――ブラックに、データ回収を任せていた。


 「……昔から引かれ合う運命と言う。特に戦争では、ソレが謙虚だ」


 奇しくも、この戦場には『グラウンドゼロ』と同じ構図が出来上がってしまっている。

 ソレには、お互いの“指揮官”も気がついているだろう。故に、この戦いは互いの型にはまった戦術では人類こちらに勝ち目がない。


 「流石に、カナンは気がついている……問題は敵に在り……か」


 記録する者として徹する為に、ブラックは機体を持って来ていない。敵としてはこの防衛展開は予想外。ならば態勢を立て直すには現地への指揮官の召喚が必要不可欠だ。


 この戦いで人類の“勝利”はない。圧倒的な質量の前に“敗北”は約束されたモノだ。それでもせめて“引き分け”に終わらせるには、主力戦力を温存しつつ、どこかに現れる敵の指揮官を討つしかない。


 「――――出た。場所は……北部山岳地区――」


 この戦いの命運は、グライスト小隊に託されたと言っても過言では無かった。






 グライストは浮遊している“アグレッサー”の指揮官機の真下へ向かう様に【メイガスIII】を走らせていた。メイガスタイプは指定範囲で高機動戦闘を考えられて設計されている為、他の世代のアステロイドと違い足の裏にはローラーが無い。

 本来なら、脚部を使っての全力走破は凄まじい負担になり、機体寿命を極端に減らす行為と言える。加えて【メイガスIII】は試作機。あまり推奨されない行動は戦闘行為に支障が出る事も懸念された。


 脚部跳躍補佐機構Jユニット


 『オールブルー』が自国の環境にアステロイドを対応させる為に開発した、主に移動による脚部消耗を軽減し、機動性と行動範囲を上げる事を目的に開発されたユニットである。

 【メイガス】と【メイガスII】への対応は内臓式に至るまで調整されているが、【メイガスIII】への対応は未だ調整中であり、外側でも見えるような形で現在試験を行っていた。


 だが、基本性能を数段引き上げた【メイガスIII】は『Jユニット』が無くとも、前世代のメイガスタイプを越える機動力と脚部耐久性を目的として設計されている。


 「奴は作戦行動に伴い【ジェノサイド】と呼称する。リエスは狙撃位置そこで待機。カルメラたちは、俺の指示通りに配置に着け!」

 『了解サー!』


 疾走。【メイガスIII】(グライスト機)は山岳地区特有の凹凸の多い地形を競走選手のように、滑らかな動作で速度を落とすことなく走っていた。

 目的は、敵機――【ジェノサイド】の真下に向かう事。奴は真っ直ぐ都市スタッグリフォードを目指していた。


 移動中でも【メイガスIII】専用装備である『ACF』を発動しているが、【ジェノサイド】がこちらに気づいている様子は全く無い。


 「まったく……本当にヴェロニカは優秀だったんだな」


 グライストは、【メイガスIII】と専用装備の設計案を残した技術者である旧友の名前を呟いた。彼女の残した機体案を本国の技術者が理解するには20年の時間が必要だった。


 “いずれ、必要になるわ。ただ、理解し実用化に至るには時間がかかるけど。後、『サンクトゥス』には私が開発したって言わないでね”


 その言葉を残し、彼女は現在行方不明になっていた。そして、今――


 「――――」


 グライストは【ジェノサイド】の真下を通過したタイミングで、『ACF』を解除する。その姿と、レーダーに映る反応の全てが解放された。


 「…………」


 姿を現し、レーダーに捕捉されたハズだ。もし、【ジェノサイド】が“指揮官”機であるのなら、不意にレーダーの中に現れた敵機メイガスIIIの存在は絶対に無視できない存在であるハズだ。


 来い……来い……


 【メイガスIII】(グライスト機)は、姿を現した後も更に疾走していた。そして、全ての索敵機能と、味方を中継するモニター映像で【ジェノサイド】の動向を随時確認する。


 来るか? いや……必ず来――


 その時、【ジェノサイド】は都市スタッグリフォードから敵機メイガスIIIに方向を変えた。


 「釣れたぞ! サインAだ!」

 『了解サー! 各員、武装のロックを解除しろ!』


 カルメラによる、部隊散開の指揮を聞きつつ、グライストは目標の地点に向かって駆ける。

 後は、部下の射撃武装の包囲に【ジェノサイド】を入れるだけだ。そこまで誘い込む事が出来れば、いくらでも手を打つ事が出来る。

 この一瞬が綱渡りだったが、何とか場を作ることはでき――


 「――――」


 そこで、グライストは敵機の映像を見て機体の動きを止めた。


 「……全機に告げる。作戦は終了だ。退却しろ」

 『隊長? ――――隊長!!』

 『何が―――リエス! アンタは見えてるでしょ!!』

 『た、隊長……逃げて……』

 『今、牽制に向かいます!!』

 「リエスは絶対に撃つな! 全機、この場を離脱! これで結果的には作戦は成功だ」


 グライストが悟り、部隊の全員が見たのは【ジェノサイド】が追従しながらも左腕部の武装――『サーモバリックショット』を向けている姿だった。

 敵機が持つ左腕部の金属の筒から、トフッと発射された弾丸は既に間に合わない事を認識させていた。


 「じゃあな。お前ら――」


 その瞬間、【メイガスIII】(グライスト機)を着弾した光が包む。そして、灼熱と衝撃波が周囲の木々や地形を更地にしながら全てを吹き飛ばした。

 そして、その爆音と震動は、激戦の最中である都市内の戦闘部隊は気がつかなかったが、上がった“きのこ雲”は、その兵器の威力を物語っていた。






 北部山岳地区の“スカイホール”にカナンが、気がついたのは『サーモバリックショット』が発射された事で発生する“きのこ雲”と衝撃を、モニターと各種レーダーセンサーに捉えた事だった。


 「イヴ! 北部山岳地区を索敵! 視野情報では詳しい状況が解らな――」

 『来たよ。またまた来たよ。ミスターァ、カナァ~ン』


 そして、割り込む様に入ってきた通信はカナンの言葉を失わせるには十分だった。

 この戦の最中、不要な情報の入れ込みを避ける為に“イヴ”に通信網の線引きを行わせていたのだ。その通信網を無理やり抜けて、この機体に通信を入れて来たのである。


 『どうせ返答はしないだろうから、一歩的に喋らせてもらうよ。僕はお喋りなんでね』


 ソレは、この戦場にいる存在からの通信。ソレはグラウンドゼロでも一度邂逅した、決定的な敵――

 カナンは驚きと衝撃に染まった眼を、いつもの冷静に戦場を見定める鋭い視線に戻す。


 『ちょっとびっくりしたけどね。それでも君たちの結末は変わらない。わかるかな? 君たちは家の中に“虫”が入ってきたらどんな手でも使って排除しようとするだろう? 同じだよ。全くもって君たちのやっている事と同じ――』


 その口ぶりは、まるで一つの真理を悟った賢人であるかのような口ぶりである。


 『“知識の玄人”。こっちで出来る事はそっちでは“出来ない”。決定的な思考理論の差が技術の差となって、世界そのものから“不可能”と“可能”を――理不尽に、自己的に、君たちは判断している。故に、僕たちには永遠にたどり着けない』


 それが愚かな事だと言わんばかりに――そして、崇拝者のような口調へと変わる。


 『けど違う。『総長』は全く違う。彼は“人の危険性ソレ”を既に知っていた。だから、総長は“彼ら”を見て『彼』と創ることを決めたのさ。僕達――『星の使徒』を』


 同じだ。あの時グラウンドゼロと同じ――会話をする事で何かの時間を稼いでいる。その言葉は意味の無いモノを組み合わせたただの雑音だ。


 『それじゃあ、さっさと君たちを皆殺しにしよう。ソレだけの装備をこっちは持ってきているし、僕はカアサンを見つけないといけないからね――』

 「おい」


 それでも、カナンは言われるだけ言われて、一言も言い返さずに黙る程、出来た人間ではない。


 「俺達を――人類をなめるなよ」

 『アハハ。わかってるよ。わかっているとも! 特に君たち『セブンス』は綿密に、侮る事無く、敬意を表して、丁寧に、心を込めて殲滅するつもりだよ』


 そして、通信が消えた。カナンは今の会話が履歴にも残らない程の徹底ぶりから、間違いなく奴であると確信した。


 「イヴ!  来たのは“ヴェロニカ”だ! “小規模スカイホール”で現地の『グライスト小隊』と連絡が取れない。機体を旋回し北部山岳地区を『インサイト』の射程に入る地点を算出。ギリギリまで接近させろ!」

 『了解イエス・マスター


 間に合うか? 今の戦場はギリギリだ。それも奴の指示なのだろう。北部山岳地区に増援は回せない――

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