空からの狂兵6 敵指揮官機

 スタッグリフォードの上空に『スカイホール』が現れて、僅か一時間。


 遥か500キロ離れた場所からの狙撃――艦隊連動式大型狙撃電磁加速砲インサイト・オブ・オーバーの射光は北部山岳地区へ部隊展開している、グライスト小隊も確認していた。


「すっご……」


 最も高い丘を陣取り、狙撃状態を維持して待機している【メイガスIII】(リエス機)はスコープを使って戦地の情報を確認していた。


「最初に、山岳地区こっちに配属された時は外したと思いましたけどね」


 丘の麓に存在する背の高い林に『ACF』を展開して待機している【メイガスIII】(スペラ機)も自分達ではまともに立ち回れない程の戦場であったと再認識する。


「リエス。よそ見してないでちゃんと上空警戒してなさいよ。その為に広範囲の索敵仕様にしてるんだから」


 スペラから少し離れた位置で同じように待機している【メイガス】(フィロ機)も相変わらずなリエスへ通信を送った。


「えーっと、上空には何も来てません!!」

「見りぁ、解る!」

「今は死角になる位置を警戒しててくれよ」


 と、三人が緊張感の欠片も無い様子でそんな事を言い合っている中、グライストとカルメラは互いに戦局から、状況を冷静に分析していた。


 【メイガスIII】(カルメラ機)は、フィロとスペラの近くに待機しているが、【メイガスIII】(グライスト機)は四人から最も離れ、都市の入り口が見える低い丘で直接戦場の雰囲気を肌で感じ取っていた。


「隊長。戦局はあまり良くありませんね」

「ああ。あれほどの切り札をそうそう使えるとは思えねぇ」


 グライストが隊長にもかかわらず、あえて近接で戦うのは、“戦場の空気”を常に感じとることを意識しているからである。

 間によって気の抜ける瞬間が最も戦場では危険な状況であると認識しているからこそ、常に緊張感を維持したいのだ。

 未だに爆炎の収まらない上空。一撃で多くの敵機と上空を制圧した光景は、その“間の抜ける”時間帯となっている。地獄のようだった主戦場では歓喜に包まれているのだろうが、ソレが一番差し込まれやすい状況なのだ。


「たぶん、カナン司令も同じことを考えてると思います」


 あれほどの切れ者がこの状況が良くないモノであると気がつかないハズが無い。今は最も警戒している時間帯だろう。


「市民の避難も間も無く完了する。それから人類オレたちがどう動くか、だな」


 元よりこの“スタッグリフォード防衛戦”は人類側が不利なのだ。そして未だ『スカイホール』が消失しない所を見ると、敵にまだ戦う意志がある事だ。


「――――ちっ、こっちが“当り”かよ」


 夜闇を照らす不自然な光を感じてグライスト小隊は北部山岳地区上空に『スカイホール』が現れた事を悟った。






 上空に展開された白銀の海スカイホールからソレは現れた。

 スタッグリフォードに現れたどの敵機アグレッサーよりも、人形に近い姿をしておりそれだけに汎用性にとんだ能力を持っている事を意味している。


 地に立つ為の標準的な両脚。頭部の中央に生える様に伸びる一本の角は、アンテナの様にその機体の価値と階級を表していた。

 四つの細長いデュアルセンサーには闇でもハッキリと判別できる水色の光が灯っている。そして、その両腕にはそれぞれの射撃武器らしき、武装が固定されるように取り付けられていた。


「――――」


 現れた機体アグレッサーは浮いているにも関わらず、機体にあるはずの噴射光が見当たらない。僅かに周囲に漂うような緑色の軌跡が人類でも最新の高空機関――ジャナフを搭載していると告げているのだ。


 『スカイホール』より機体の全身が現れた後に、その周りへ配置されるように円柱状の物体も現れる。計六本の機体と同全長の細長い円柱。機体とから一定の距離を取り、護る様に同じ高度を保っていた。


 現れた敵機アグレッサーは単機。


 しかし、その両腕に装備された武器はこの戦況をひっくり返すには十分な武装モノ。人類を殲滅できる装備を携えたその機体にとって、今最も警戒するのは防衛軍司令官カナン・ファラフリただ一人だけであった。

 故に、その降下は中心街の『スカイホール』から再び現れた大軍アグレッサーに合わせるように、まるで身を隠すような出現だった。






「単機ですね」


 初めて未知の敵アグレッサーを直に確認したグライスト小隊の考えはリエスの一言以上には言葉が出てこなかった。


 まるで重力を感じていない様に安定した対空性能は例の『セブンス』の専用機である【インゼル】タイプに類似した高空性能を保持していると推測できる。


「――――リエス。奴の武装が見えるか?」

「え、はい。えーっと、映像を送ります」


 と、全ての機体へ狙撃スコープから捉えた敵機の拡大映像を送る。

 水色の四つのデュアルセンサーに頭部の中心から伸びる一本のアンテナ。デザインは見たこと無いが、そのシルエットは自分たちの乗るアステロイドとなんら遜色もない。


 どういう原理かは知らないが、敵機の周辺に浮いている六本の円柱が不自然な注目を浴びる。だが、グライストが映像を送る様に言った理由は、円柱の武装でなく両腕部に装備している武装だった。


「カルメラ見てるか?」

「はい。あの右腕部の武装はデータにありませんが……左腕の武装は――」


 決して無視できない装備を持った敵機。その左腕部に持っている装備は、戦いの前にカナンに手渡されたデータの中にあった敵勢力アグレッサーでも最も警戒するべき武装の一つだった。






 カナンに呼び出された際に、グライストとカルメラはあるデータを見せられていた。


「グライスト小隊には、現れた敵機の情報を見て任務にあたってほしい」


 そのデータは武装情報。しかし、軍属暦の長い二人でも大半の武装が見た事の無いモノばかりだった。

 カナンは詳しい説明を省き、警戒の必要がある武装を二人にいくつか見せる。


「中でも、この装備を持っている敵機を確認した場合は特に警戒してくれ」


 一つの銃器型の武装の所で画像が止まる。銃口と銃身が同じ大きさのバズーカを細長くしたような銃器であった。


「これは?」

燃料気化爆弾専用射出銃器サーモバリックショットと『サンクトゥス』は呼称している」

「……失礼ですが、これはあまりにも……」


 カルメラはカナンの告げた呼称があまりにも非現実的であると認識していた。


 燃料気化爆弾サーモバリック

 それは現在、核に準ずると言われる非人道兵器である。威力も核に劣らず、環境や状況によって多少は威力が増減するが、それでも連合条例によって使用と保持が核と同じように制限されている兵器である。

 今現在の最小サイズは巡航ミサイルほどと言われているが……


「ああ。『セブンス』もコレがそれほどの兵器だとは外見からは想像もつかなかった。だが何故、『サンクトゥス』がアグレッサーに対してそれほどに重要視しているかを考えてみてほしい」


 絶対にコレだけは無視できないと、カナンは二人に告げる。

 アグレッサー燃料気化爆弾サーモバリックを銃器タイプにて射出できる程にまで小型化に成功し、ソレを使用して来る。

 そして今回の戦いで間違いなく、この装備を持った敵が現れる事を意識しておく必要があると言うのだ。


「今見せた装備を持った敵機アグレッサーの有無でこの地に居る戦士たちの運命が大きく変わる。判断は現地の部隊に一任するが……その一進一退が人類の命運を左右すると思っておいてほしい――」






『……隊長、カナン総司令と通信が通じません。上空との通信環境に不具合が出ているようです』


 カルメラの言葉を聞いてグライストは出来る事の一つが無意味となった事を悟る。

 通信途絶。恐らく、あの敵機が現れた『スカイホール』が通信電波を遮断しているのだろう。まるで雲の間から光を差す様に、不自然に北部山岳地帯は明るくなっている。

 しかし、戦場の注目は中心街。こちらまで事細かに把握するほど余裕のある状況ではない。


「カルメラ。お前の意見を聞かせてくれ」


 グライストは現れた敵機アグレッサーを見上げつつも即座に判断を決められなかった。あの敵機アグレッサーの持つ武装は、明らかにこの戦いの戦局を左右するモノだろう。


 燃料気化爆弾専用射出銃器サーモバリックショット


 無視は出来ない。だが、こちらの武装では敵に先制攻撃さえも出来ないのである。リエスは命中率に不安があり、スペラとカルメラでは射程が足りない。

 もし、戦場全体の勝敗を考えるのならここで命を捨てるのが正しい選択だ。あの武装を使わせるだけでいい。一発だけ『サーモバリックショット』を撃たせれば、カナン司令もこちらに気づくだろう。


 だが、それはグライスト小隊の全滅を意味していた。敵としては無傷で現れた時点で第一関門は突破しているのだ。

 後は『サーモバリックショット』の射程に防衛軍じんるいを捉えるだけでいい。

 その一射で、取り返しのつかないダメージを負い、人類は立て直す事か不可能になる。

 だが自分たちは助かる。現在、無理にでも噛みつく状況ではない。そもそも、あの敵機とまともに戦うにはそれなりの高度に降ろさなければならないのだ。


 その策も無いわけではないが……一射で全滅が必至である以上、一個小隊ではリスクが大きすぎる。


『……私は戦うべきだと思います』

「お前もそう思うか」


 迷っていたが、グライストとしては今自分たちに出来る事が何なのかを改めて考えさせられたのだ。

 この場にいる意味。正体不明の敵アグレッサーと対峙する意味。

 そして――この戦いが多くの者達の未来を決める一手だと――


「全員に通達! これよりグライスト小隊は解散! お前らは防衛軍の他軍の指揮下に入る! 死亡フラグを立ててる奴は今のうちにこの場を離脱しろ!」


 グライストの通信は小隊を解散し自らの指示に従う必要はないと告げていた。

 これからの戦いはあまりにも危険だ。敵の武装で解っているのは『サーモバリックショット』のみ。それ以外は周囲に浮いている円柱を含めて未知数だ。

 だから無駄に命を散らす事は無い、己の意志で行動しろと言う意味だった。


『なら、私は北部山岳の防衛に就きます』


 カルメラは任された場を簡単に離れる程、安い志を持っていなかった。


『隊長。何年の付き合いだと思ってるんですか? 俺がグライスト・パーカー以外の下で働くハズはないでしょ?』


 スペラは小隊創設当初からのメンバーとして、この場に残る事を選択する。


『私も、まだ隊長から学ぶことは多々あります。英雄セレグリッド・カーターに追い付く為に』


 フィロも、英雄と共に戦ったグライストだからこそ、“解散”の言葉の裏を理解していた。


『グライスト隊長! あたしは、情勢とか! よく解らないですけど……みんなで力を合わせれば、どんな奴でも敵じゃないと思います!!』


 リエスだけがグライストの言葉の意味をよく理解していなかった。ただ、皆が逃げずにアグレッサーと戦う事を選択したと感じ、当然ながら自分も戦うと意志を現したのである。


『リエス、あんた隊長の言葉の意味を理解してないでしょ?』

『皆で、アグレッサーをやっつけるんですよね! 理解してますよーだ!』

『まぁ、最終的にはそう言う事だよな』

『まったく……緊張感の無い……』


 リエスとフィロの会話にいつもの様にスペラが呆れてカルメラが頭を抱える。

 その様子にどんな状況でも一片と変わらない者達がいた。その様子にグライストは、かつて共に戦場を駆けた戦友たちを思い出す。


 赤い髪を持つ陽気な英雄。飄々として掴みどころのない白銀髪のエース――


 「ふっはは。ったくよ……長生きはしてみるもんだぜ!」


 その言葉にグライスト小隊は部隊長の一存で解散できない事を悟った。


「行くぞ、お前ら! あの敵機アグレッサーを墜として、この戦いを人類の勝利で決める!」

「「「「了解!!!!」」」」


 そして、この判断が……グライストにとって、最も間違った判断であったと、この時は思いもしなかった。

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