魔女探偵☆星咲魔美魅

山岡咲美

理科室の魔女

 その魔女は小さな地方都市の高校に通っていた。



豊崎とよさきさん、あなたの教科書を中庭の池に棄てた犯人だけど、まずダウジングで占ってみるわね」


 オカルト研究会の名をかかげた理科室に魔女、星咲魔美魅ほしざきまみみはいた、ふわりとしたショートヘアに制服のブラウスの上から白衣を着ている、科学の学舎まなびや理科室は彼女、魔術を操る魔女、星咲魔美魅はふさわしくない場所かもしれない。


「………」

 依頼人、三つ編み女子豊崎蜜柑とよさきみかんは裏返した写真を並べた理科室の大きな机の前に座り机の上をじっと見つめていた。

 

「わかったわ豊崎さん、クラスメイト、豊崎さん、私、関係の深い担任の先生や部活顧問の先生、写真の中で犯人だと指し示したのは愛東あいとうさんの写真だったわ」

 星咲魔美魅は紫水晶にプラチナチェーンのペンダントを写真の上に垂らし関係者の中からこの事件の犯人をわずか5分ほどで見つけ出した。


「星咲さん、でもそんな単純な占いで本当に当たるの?」

 豊崎蜜柑は少し心配に思う、ただカードゲームの神経衰弱の様に裏返して机の上に並べたプリントアウトされた写真のなかからその人物の写真の上で他では右周りをしていたダウジングの紫水晶が左回りをしただけなのだ。


「当たるの? じゃないわ、犯人は愛東さんで決まりよ」

 星咲魔美魅は自分の占いに絶対の自信をもっていた事実何度やっても、豊崎蜜柑が写真を入れ換えても必ず愛東穂希あいとうほままれの写真の上だけで紫水晶は左回りを示すのだ。


「…………そうね、やっぱりそうよね」

 豊崎蜜柑はクラスメイトの全員から、少なくともクラスの女子の大半から無視されていた、そしてそれを先導しているのは愛東穂希である事は公然の秘密だった。


「そもそも愛東さんがあなたをイジメているのは明白なのだしダウジングで調べる必要もなかったわね」

 星咲魔美魅は「豊崎さん自身それは分かってるんでしょ」と少し冷たい目線を向け紫水晶のペンダントを首にかけブラウスの中にしまった。


 紫水晶が示した写真を裏返して愛東穂希の姿を見た時、豊崎蜜柑は驚く訳もなく「……やっぱり」と思い悲しい顔と成っていた。



☆☆☆



「では捜査を開始しましょう」

 星咲魔美魅は白衣を脱ぐと制服のブレザーを折り目正しく着込み、聞き込みに向かう準備を始める。


「捜査? 犯人は愛東さんなんでしょ?」

 豊崎蜜柑は犯人が分かってるいるのに何故捜査が必要なのかと思った。

 

「そうよ、でもそれをみんなに信じさせるにはある程度の証拠を示さないと」

 証明出来ない正しさなど集団の嘘の前では無力なのだ。


「信じさせる???」

 豊崎蜜柑は星咲魔美魅のこれからの行動に思い当たり少し不安の表情を浮かべる。


「豊崎さん、あなたまさか犯人を知りたかっただけなんて言わないわよね」

 犯人が分かったってイジメを止められなければ意味がないと星咲魔美魅は考えるのだ。


「でも……」

 豊崎蜜柑は愛東穂希を嗅ぎ回ればもっとイジメが酷くなると心配になった。


「豊崎さん、イジメなんて三年我慢すれば解放される、なんて思ってるの?」

 星咲魔美魅は冷たく怖い声でそう言った、窓から先込む逆光の中で彼女はたたずみその表情は読み取れない。


「え?」

 星咲魔美魅はまるで自分の心を見透かされた様に驚き思考が止まる。


「三年では終わらない、あなたはこれからの一生をこの思い出と共に生きるのよ、忘れる事なんてないわ」

 それはとても恐ろしい魔女の呪いの言葉だった。


「一生……」

 この思い出が頭から離れず一生なんて、考えただけで恐ろしい事だった。


「だから変えましょう、この思い出を勝利の記憶で上書きするのよ!」

 星咲魔美魅は豊崎蜜柑に手をさしのべる、彼女がその手を取り立ち上がる、不安な彼女に暖かな光がさした。



☆☆☆



「一年A組の愛東穂希さんが二日まえの放課後、中庭の池の辺りにいなかったかしら?」

 星咲魔美魅は豊崎蜜柑を連れ立ち自信満々にその質問を中庭を挟んだ体育館を使うバレーボール部やバスケットボール部、中庭が眺望できる二階の渡り廊下を通る文芸部や科学工作部、美術部の生徒達に聞き回った。


「いや、見てないな」

 二階の中庭を見渡せる渡り廊下の中で科学工作部の男子がそう言う。


「さあ、誰かいたかもしれないけど誰かまでは……」

 文芸部女子はちらりと人がいたかも? と証言するが視力が落ちたとかでハッキリしない。


「見てない! なんなのあんた?!」

 美術部に席を置くクラスメイトの女子があからさまな不快感を星咲魔美魅に示し、豊崎蜜柑を睨みつける。


 一階中庭近くの体育館前に聞き込みの場所を移す。


「教科書大変だっな、俺が見つけて職員室に届けたんだ、もうグショグショだったけど」

 バスケットボール部の男子が星咲魔美魅といる豊崎蜜柑を見つけ近づいたが星咲魔美魅の方に声をかけた、豊崎蜜柑は星咲魔美魅の後ろに隠れたからだ。


「教科書の事調べてんの? 犯人やっぱり愛東?」

 バレーボール部に席を置くクラスメイトの男子がそう言った、教科書の話はバレーボール部とバスケットボール部男子の間では話題になっていたが女子の問題であると距離をとっていたらしい。


「星咲さん、こう言うの止めない、あなたにも害があるかもよ?」

 男子達と話しているとバレーボール部に在籍するクラスメイトの女子が忠告に来た、男子達はその行動に不快感を示すが少し遠巻きに立ちその光景を見つめる。


「星咲、豊崎、愛東の事を聞き回ってるそうだな、何かあったのか?」

 星咲魔美魅の派手な行動は職員室までは届いていた、それは人心を操る魔女、星咲魔美魅の望みどうりの展開だった。


「いえ先生まだ分かりません、豊崎さんの教科書が中庭の池に捨てられていた事を調べているのですが、誰がそんな事をしたかまでは……」

 聞き込みではハッキリと愛東穂希を名指ししていた事は先生の耳にも届いているはずだ、だが星咲魔美魅はあえて噛みつきやすそうなところをはぐらかした。

 

「星咲さん大丈夫かな、やっぱりこれじゃ愛東さんを疑ってますって言い回ってるみたいだよ?」

 先生が来た事で豊崎蜜柑はまるで自分が人の名誉を棄損してるような罪悪感に包まれていた。


「気にしなくて良いわ、目的はあやふやな証言を取ることではなく愛東さんが疑われてるという噂をたてる事なんだから」

 星咲魔美魅はまるで週刊誌を読んだ人々が噂の独り歩きをさせるようにあちらこちらに噂の元ネタを蒔いていったのだ、それは中世の魔女狩りで魔女達が学んだ情報戦の大切さを示していた。

 


☆☆☆



 次の日、星咲魔美魅の目論見は成功する、彼女がハッキリ愛東穂希の名前を出しながら聞き込みをするものだから、その日の朝には愛東穂希犯人説がクラス、いや、学校じゅうの生徒先生に広まっていた。



「どういうつもりなの星咲さん、私迷惑してるんだけど!」



 愛東穂希は白に近いほどの金髪ロングをひとなでし片耳に着けたルビーのピアスいじりながらクラスメイトの二人の女子と三年生の四人の男子を連れ立って一年A組の教室、星咲魔美魅の机を取り囲んだ、星咲魔美魅は机に広げていたタロットカードをかき混ぜ、三つを分けまた重ねてからカードを整えるように何回か回しそのタロットカードの束を教室机の真ん中に置いた。


「あらどうなさったの愛東さん? お友達を連れ立って大袈裟な♪」

 星咲魔美魅には恐怖心はなかった、それよりも事が思いのほか上手く行っている事に喜びの笑顔を浮かべるのを抑えるのに必死だった。


「どうもこうもないわ、あなたが昨日した事で先生に目をつけられたじゃないの」

 愛東穂希は昨日の聞き込み騒ぎを知りその時は冷静を装い自宅に帰るが怒りが収まらず、さらには朝に担任から教科書の件をそれとなく質問された事でイライラが募っていた。


「あらそうだったの?」

 星咲魔美魅はあえてとぼける、こうなる事は読めていた、何せ教科書はバスケットボール部男子から職員室に届けられ、そこから豊崎蜜柑の手に戻っていたのだからあんな派手に聞き込みすれば学校じゅうに知れわたるし、先生も愛東穂希に質問くらいするだろう。


「お前ふざけてんのか? 穂希が教科書を池にぶっ込んだ証拠でもあるのか!」

 愛東穂希の彼氏らしき三年生の男が愛東穂希を押し退けて星咲魔美魅に詰め寄る。


「あら、まるで三文小説の悪役のようね♪」

 星咲魔美魅はこの状況を楽しんでいるかのように見える。


「かわって! あなたがどう思うかは勝手だけどまるで私を疑ってますみたいな事はしてほしくないの、分かった?」

 愛東穂希は怒りの感情を何とか抑えながらも「あなた周りを囲まれてる状況分かってる?」って感じで脅しをかける。


「それはいいのだけれど、これではまるで私がに囲まれて脅迫されてるみたいにクラスのみんなが思ってしまうわ、先生にその事を聞かれたみんながあなた達に都合の良い証言をするとは思えないのだけれど……」


 星咲魔美魅がそう言うと豊崎蜜柑の時は愛東穂希の味方をしていたクラスメイトが自分が先生に証言を求められた時、この状況で愛東穂希に味方をするリスクを考え今まで愛東穂希についていたとは思えないような冷たい視線を愛東達に向け始めていた。


 星咲魔美魅は机の上のタロットカードの一番上を一枚めくり【愚者の逆位置】のカードを引いた。


 それは愚かで軽率な行動を表していた。



☆☆☆



 放課後の教室で机の中を見た星咲魔美魅は微笑む。


「あら教科書が一冊ないわ♪」


 机の中に置いていた一番上の歴史の教科書がなくなっていた。


「でも国語の教科書は鍵のかかった通学カバンの中で無事なのよね……」

 星咲魔美魅は机の横にかけた通学カバンを見つめる。


 人は簡単には変われない、今まで成功してきたやり方を簡単には変えれないのだ。


「タロットカードの通りなのだけど……こんな簡単に釣れるとは思わなかったわ」


 結論から言うと愛東穂希はしくじった、星咲魔美魅の行動を止めようとするあまり彼女に嫌がらせを始めたのだ。


「まさか私が何の準備もしてないとでも思ったのかしら?」

 魔女は計略をめぐらす。


「星咲さんごめんなさい」

 豊崎蜜柑が星咲魔美魅の教科書の件に気づき、イジメに巻き込んでしまったことを後悔して謝ってきた。


「いえ、気にしないで、私達魔術を使う者の歴史は差別と闘う歴史だから、こんなのなんとも思わないわ」

 そう言うと星咲魔美魅は教室の入り口を見つめる。


「星咲の言った通りだったぜ!」

バレーボール部の男子が走り、やってやったって顔で慌てて教室に入って来た。


「ああ、本当は止めようと思ったけどこれで良いんだよな」

 豊崎蜜柑の教科書を拾って届けてくれたバスケットボール部の男子がそのあとゆっくり入ってきてスマホを見せる。


「ええ良いのよ、私の教科書ひとつでイジメが止むのだもの、それにその教科書は愛東さんが大切に使う事に成るから気にしないで」

 星咲魔美魅はそのずぶ濡れの教科書を自分で使うつもりは無かった。

 

「星咲さん?」

 豊崎蜜柑は愛東穂希がその教科書を使うとはどういう事だろうかと疑問符がつく。


「豊崎さん、確かあなたが棄てられた教科書はの教科書だったわよね」

 星咲魔美魅は念のため確認した。



☆☆☆



 次の日の教室でクラスメイトのチラチラとした視線の中、星咲魔美魅は静かに愛東穂希の机に近づきクラスメイトに聞こえないほどの小さな声で愛東穂希に話かける。


「はい、証拠♪」


 星咲魔美魅は男子二人が体育館に潜みスマホで撮った動画を愛東穂希に見せる、そこには中庭の池の横を通り過ぎる瞬間にブレザーの中から一冊の教科書を取り出し投げ捨てる愛東穂希の姿がハッキリと写し出されていた。


 男子達とてイジメをよしとしてはいないのだ、こちらから助力をこえばその正義感を発揮してくれた。


「高校卒業までは静かにしていて下さいね、あと私の歴史、豊崎さんの国語の教科書はあなたの教科書と交換してくださるかしら?」


 星咲魔美魅は多くを望まない、だが決して譲らない。


 愛東穂希は生臭い池の水に使った歴史と国語教科書を愛用する事となった。



「棄てられた教科書が同じのでなくて本当に良かった♪」



 この高校には魔女が通っている。



 その魔女は理科室の魔女と呼ばれた。

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