第5話

第五話

場面・病院、病室


ワタル「シンプルに会いに行ったほうが」

ワタル「いいんじゃね?」

ユウキ「それだとナツキは変わらないよ」

ワタル「でもさ」

ユウキ「あのこが自分から外へ出ることが大事なの」

ユウキ「それがわたしの最後の使命」

ワタル「最後って」

ユウキ「ワタル、こんなこと頼むのもあれだけど」

ユウキ「ナツキをよろしくね」

ワタル「やめろよ」

ユウキ「ところでどうやって探すつもりなの?」

ワタル「ジャアーン! 卒業アルバム」

ユウキ「普通だね」

ワタル「なんだよ。せっかくお母さんに借りてきたんだぜ」

ワタル「なあ見て。タケウチ多くね?」

ワタル「どれだと思う? タケウチって苗字にはマーカーで丸をつけてる」

ユウキ「ナツキに怒られるよ」

ワタル「大丈夫だろ」

ユウキ「あんた女子にも丸つけてるじゃない」

ワタル「タケウチマイコは」

ワタル「さすがに違うか」


場面・別の日 病室


ユウキ「辛い」

ユウキ「もう嫌だ」

ユウキ「なんで私」

ユウキ「死ぬのは」

ユウキ「怖い」


病室の窓から見える外の世界は、

鮮やかな色彩で、

光に満ちていた。


『ガチャッ』

ワタル「おお、起きてた」

ユウキ「公園でも行きたいね」

ワタル「元気になったらな」

ユウキ「……最後の晩餐ってあるじゃん?」

ワタル「今日で世界が終わるとしたら何食べたいってやつだろ」

ユウキ「唐揚げとか蟹ざんまいとか」

ユウキ「好きなものがポーンっと思い付くのかと思ってたの」

ユウキ「でもさ」

ユウキ「ワタルが作ったベチョベチョの焼きそばとか」

ユウキ「ナツキと食べたコンビニのアイスとか」

ユウキ「思い出と一緒に、思い付くんだよね」

ワタル「毎日持ってくるよ」

ユウキ「ふふ、でも最後に会いたい人はそんなにいないね」

ワタル「頻度の問題だろ。家族や親友は長く時間を過ごしたんだ」

ワタル「毎日チャーハン食ってりゃ最後も欲しくなるのと一緒」

ユウキ「本当かなあ。その理屈」

ワタル「タケウチも早く見つけないとな」

ユウキ「そうだね」


ワタルが帰ると病室が静かで心細くなる。

夜は、闇を連れてきて心も暗く染めていくのだ。

彼が置いていったナツキの卒業アルバムを

パラパラとめくる。

ナツキが楽しそうに写っている写真は

全くない。

ユウキ「わたしのせいだよね」

もっと妹にしてあげられることはあったんじゃないか。

今となってはそう思う。

竹内くんに会えたら嬉しいだろうか。

ナツキの笑顔を思い出す。

産まれた時から知っているのだ。

たとえ卒業アルバムに載っていなくても

簡単に思い出せる。

もう、ナツキに会えないかもしれない。

この一週間で自分の身体が急速に弱っているのが

痛いほどにわかった。

アルバムをめくっていた手が止まる。

ユウキ「タケウチアキラ……」

ユウキ「何だろう、ここだけ読まれたあとがある気が」

姉の勘だった。SNSで検索してみる。

出た。

マチュピチュを背景に、笑顔の彼がいた。



場面・ナツキの部屋


『ドンドンドンッ』

ワタル「おーい起きろ!」

『ドンドンドンッ』

ナツキ「うるせえな、起きてるっつーんだよ」

ワタル「小さな荷物とかは、俺の車で運んでいくからな」

ナツキ「はいよ」

ワタル「ん、名残惜しいのか」

ナツキ「そりゃあね、三年以上住んでたわけだし」

ワタル「ま、いいんじゃねえの。仕事も見つかって」

ワタル「新しいスタートだろ」

ワタル「じゃあ早速積んでいくから」


あの日、ユウキが死んで、

ワタルさんは海が見える街で珈琲屋を始めた。

私にはちょくちょく連絡をくれる。

ユウキのようで本当に鬱陶しい。

私は、数か月をかけてゆっくり気持ちを整理した。

絶対大丈夫だ、とよくユウキは言った。

そんなことはないと今でも思う。

でも、生きている限りは、もしかしたら

絶対大丈夫、なのかもしれない。

私はまだ生きている。まだ始められる。

重い腰を上げて、好きなゲーム会社の面接を受けた。

奇跡的に受かった。事務のアルバイトだったけどそれでもいい。


カーテンを外した窓から、外を覗く。

窓を開け放つと心地よい風が室内を駆ける。

見慣れた風景は色を変え、私を送り出してくれた。

雲間に光が差し込み、

色褪せた公園の遊具さえヴィンテージのように見えた。

ナツキ「ユウキには」

ナツキ「こんな風に世界が見えていたのかな」

ワタル「おい、ナツキちゃん!」

ワタル「ポストにこれが」

ナツキ「手紙?」

ワタル「差出人の名前ないな」

ナツキ「何だろう、胸騒ぎがする」

封を開けて、中身を読む。

私は気付くと走り出していた。

その姿はきっと変わらず不格好に違いない。


場面・外


ユウキ「ナツキへ」

ユウキ「この手紙を読んでいるってことは」

ユウキ「お姉ちゃんの勝ちだね」

ナツキ「ユウキ何で?」

ユウキ「わたしはどうやらそこにいないみたいだけど」

ユウキ「ナツキは絶対大丈夫」

ユウキ「あんたが辛い時、悲しい時」

ユウキ「わたしはそばで見守っているから」

ユウキ「忘れないで」

ナツキ「大丈夫なんかじゃ、ないよ」

ユウキ「本当はもう一度会って伝えたかったよ」

ユウキ「うまれてきてくれてありがとう」

ナツキ「わたしは、何も言えなかった」

ユウキ「この手紙はあんたが会いたがってた竹内くんに託しました」

ナツキ「聞いてないよ」

ユウキ「だから、この手紙がちゃんと届いたなら嬉しい」

ユウキ「もう一度、会えるね」

ナツキ「ユウキには、もう会えないよ」


手紙はそこで終わっていた。

ナツキ「ありがとう」

ユウキ、そこにいるんでしょ。

今さら遅いけど、でも。ありがとう。

私は竹内くんのもとへ、走って走った。

彼にもう一度会って伝えたい。

「ありがとう」と言いたい。

そうしてはじめて、

引きこもっていた自分も、

ユウキがいないことも、

全部受け入れて進めそうな気がする。


何であの日、

久しぶりに会えた彼に対して、

知らない素振りをしてしまったんだろう。


部屋に閉じこもっている私を、

見てほしくなかった。

自信がなかった。

でも今は、

今なら──


私は、走った。

不格好でも構わない。

誰に笑われようと、

会いたい人と会えない人が

私を強くする。

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ナツキとユウキ 森下千尋 @chihiro_morishita

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