第4話

第四話

場面・ナツキの部屋


ナツキ「いやいや生きてるし」

ナツキ「なんか怪しいやつ来てるんですけど」

ナツキ「ねえユウキ?」

ワタル「時間がないんだ」

ワタル「頼む、開けてくれ」


『ドンドンドンッ』

玄関のドアが何回も叩かれる。


ナツキ「近所迷惑だろ!」

ワタル「どうせ近所付き合いねえだろ!」

ナツキ「何がわかるんだよ!」

ナツキ「つーかあんた誰だよ!」

ワタル「俺は」

ワタル「ユウキの夫だよ」

ナツキ「はいっ?」

ナツキ「頭おかしいの?」

ナツキ「聞いてるユウキ? 旦那とか言ってますよ」

ナツキ「なんで妹のわたしが知らないんだよ!」

ワタル「気付いてるんだろ」

ワタル「きみ一人だけそこで立ち止まってるんだよ」

ワタル「その部屋で」

ワタル「引きこもって」

ナツキ「何なの」

ワタル「ユウキは」

ワタル「就職先で上手くいかなくて」

ワタル「パワハラにあって」

ワタル「退職して始めた居酒屋のバイトで俺と出会った」

ワタル「結婚後、すぐにユウキの病気がわかって」

ワタル「でもユウキは言った」

ワタル「ナツキも大変だから言うなって」

ワタル「だけど、ナツキちゃん、きみは」

ワタル「ユウキの話を、ちゃんと聞いてあげたことがあったのか?」

ナツキ「何それ」

ナツキ「自分の挫折が、私に迷惑かけるってこと」

ナツキ「結婚が、プレッシャーになるってこと」

ナツキ「病気が、なに、どういうこと」

ナツキ「全然わかんないよ」


回想・ナツキの部屋


ユウキ「おうち時間が長いのも良いよね」

ユウキ「ずっと夏休みみたいでさ」

ユウキ「わたしもナツキと此処にいようかな」

ナツキ「え、狭すぎ。やめてくれない」

ユウキ「なんでよ、昔は姉妹一緒の部屋だったじゃん」

ナツキ「そうだけどさ。ユウキ、そっちは最近どう?」

ユウキ「わたし? 特に何もないかなあ」

ナツキ「そうなんだ。まあユウキは順風満帆だよね」

ユウキ「ナツキと変わらないよ」

ナツキ「そういうの、いいよ別に」

ユウキ「ママもパパも遊びに来たらいいのにね」

ナツキ「やめてよ」

ユウキ「ねえナツキ、幸せって何なんだろうね」

ナツキ「どうしたの? 真面目かよ」

ユウキ「あはは、確かにね」

ナツキ「幸せなんて真面目に考えるより」

ナツキ「一日中寝てたほうが感じるもんだよ」


ユウキの笑い声が聞こえる。


私は、私は、いったい────


場面・現在、ナツキの部屋


ワタル「タケウチも連れてきている」

ワタル「約束だろ、会ってもらえないか」

ナツキ「…………」


『ガチャリッ』

鍵が開く。


ワタル「……いいのか」

扉の向こう側、息を吞むのがわかる。


ナツキ「いいよ」

ドアが開く。


この人が義理の兄。

髭にパーマをかけた七三のロン毛。

ミュージシャンみたいな出で立ちで、

派手なアロハシャツが様になっている。


ナツキ「ユウキ、こういう人がタイプだったんだ」

ワタル「もちろん、ディスってないよな」

ワタル「それより」

ワタル「こちらがもう一度会いたいって言っていた」

ワタル「タケウチくんだ」


ワタルの後ろで青年が

おずおずと頭を下げる。


タケウチ「オオタさん」

タケウチ「ひさしぶり」


ナツキ「竹内くん……」


ワタル「良かったな」


ナツキ「じゃ、ないわ!」

ナツキ「マジで誰だし!」


タケウチ「え、タケウチですけど」

ナツキ「タケウチ違い!」

ワタル「おい、おまえ誰なんだよ」

タケウチ「へっ、だからタケウチ──」

ワタル「感動の再会は無し、予定変更だな」


ワタル「急ごう」

私は腕を引っ張られ、アパートの外へと出る。

三年もの間かたくなに閉ざしていた

世界への扉は、強引に

ユウキたちによって、

開けられてしまった。


ワタル「後ろ、乗って」

ワタル「少し飛ばすぞ」


ナツキ「あんたも偽物だったりして」

ワタル「誘拐か」

ワタル「金は持ってなさそうだけどな」

ナツキ「失礼かよ」

ワタル「俺は大坪渉、正真正銘ユウキの夫だよ」


ワタルはスマホで、二人が仲睦まじい様子の写真を見せた。


ワタル「信じたか、じゃあ行くぞ」

私はヘルメットを被ってバイクの後部座席にまたがる。


『ブオォォッ、ズドドドッ』


風を切ってバイクは走る。


ワタル「総合中央病院だ」

ワタル「そこにユウキはいる」


久々に感じた風は、ねっとりとして生温かった。


ナツキ「ユウキは」

ナツキ「死なないよね?」

ワタル「…………」

ナツキ「ねえ」

ワタル「ユウキは」

ワタル「絶対大丈夫だ」

ワタル「信じよう」


排気ガスとロードサイドの飲食店群、

照りつける太陽に自分の透けてしまいそうな薄白い肌。

街の風の匂いも生命の息づかいもごちゃごちゃとしていて

すぐにでもむせそうだった。


ワタル「どうだ、久しぶりに外へ出た気分は」

ナツキ「今のところ最悪だね」

ワタル「そんなもんだよな」

ワタル「世界なんて」


場面・病院


バイクが止まる。

ワタル「着いた」

目の前の病院は巨大な冷蔵庫のように無機質で

命の気配がそこかしこの扉の隙間から漏れ出していた。


ワタル「ちょうど二時間。走ろう」


ワタル「なあ一個聞いていいか」

ナツキ「なに」

ワタル「さっきのタケウチ」

ワタル「あいつは結局誰だったんだ?」

ナツキ「こっちが聞きたいよ!」

ワタル「だよな。あと、もう一個だけ、いいか?」

ワタル「本物に会えたとして」

ワタル「なんか伝えたいこととかあったのか」

ナツキ「いまそんなの考えられないよ」

ワタル「だよな」


入口を通り抜け、階段を大股で駆けあがる。

息を切らせながら病室の前に着くと、

知った顔がいた。


ナツキ「お母さん、お父さん……」

父「ワタルくん。……ナツキ、なのか?」

両親に会うのも三年ぶりだ。

母は父の胸にうずくまるようにして泣いている。

ナツキ「本当、なの?」

ワタル「ユウキィィ!」


病室のベッドで、

ユウキは息を引き取っていた。

穏やかな顔で、

ただ眠っているだけのように

私には見えた。


ナツキ「何してんだよ」

ワタル「ユウキ……ナツキちゃん連れてきたよ」

ナツキ「おい、起きろよ!」

ワタル「遅くなって……ごめんな」

ナツキ「起きろよ!」

ナツキ「起きろ!」

ナツキ「ねえ起きてよ!」

ナツキ「ユウキ……」


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