歴史推理ゲームに挑め!2

白里りこ

歴史推理ゲームに挑め!2


 高校の文化祭が近い。

 文化祭では部活動ごとに出し物をすることになっている。

 僕の所属している部活は、ちょっと珍しい。歴史研究会というものだ。


 部員は二人。部長の平松さんと、彼女に惹かれて入部した僕だけだ。


 因みに僕は歴史の知識はさっぱりで、活動時にはもっぱら平松さんの話の聞き役に回っている。

 ところが平松さんは気遣い上手で、僕が退屈しないようにと、よく歴史のクイズを出してくれたりする。

 僕は話を聞くだけでも充分幸せなのだけれど、平松さんが僕のことを気にかけてくれるのは嬉しいので、いつも喜んでクイズに参加する。


 お喋りやクイズによって、僕は少しずつ歴史のことを知っていった。

 合戦の天才である源義経の、活躍と死に様のこと。同じく戦争の天才であるナポレオンの、躍進と失脚のこと。第一次世界大戦で使われた、飛行機や戦車などの近代兵器のこと。日本と中国の戦争で、日本はひどい空爆をやったこと。第二次世界大戦での日本の特攻と呼ばれる自爆攻撃は、敵軍を慄かせたこと。などなど。


 さて、このところ平松さんは、文化祭で出す掲示物の作成に勤しんでいた。

 先の例に挙げた通り、平松さんは戦争の歴史に興味がある。今回の掲示物にも第二次世界大戦についての調査結果を載せるつもりらしかった。

 僕はというと手伝えることが少ないので、模造紙に文字を清書するといった雑用をこなしている。しかも、ごく初歩的な部分のみを任されている。


 今書いているのはこんな文章だ。

 

 第二次世界大戦に参加した主な国

 枢軸国:ドイツ、イタリア、日本など

 対

 連合国:アメリカ、イギリス、フランス、ソ連(ロシア)、中国など


 僕が作業机に齧り付いて、真剣な表情でペンを走らせていると、ガラガラと部室のドアが開いて、平松さんが入ってきた。その腕には資料らしきたくさんの紙を抱えている。


「お疲れ様、ありがとう、安藤くん。ちょっと休憩しようか」


 平松さんは言った。

 僕はありがたくお言葉に甘えることにした。模造紙を脇に避ける。


 僕と平松さんは向かい合って座った。平松さんは机の上に資料の束をどさっと置いた。

 その中から、ずるっとクリアファイルがずり落ちてきた。

 そこには平松さんの筆跡で何か書いてあるメモが入っていた。


 僕は何となくそれに目をやった。


「あっ、……これは」


 平松さんは決まり悪そうにもじもじして言った。


「これって、もしかして、平松さんの作ったクイズ?」


 僕は尋ねた。図星だったようで、平松さんはほんのり頬を染めた。


「うん……あの、安藤くん、最近ずっと地味な作業ばかりだから、たまには楽しんでもらおうと思って……」

「そんな、気に病むことはないよ。でも、クイズは面白そう」


 僕は言った。

 本当に、平松さんが気に病むことは何一つない。しかしせっかく平松さんが考えてきてくれた尊いクイズだ。解いて差し上げなければ男が廃るというもの。


「今回はどんなやつ?」

「……推理ゲームだよ。私が問題を出すから、安藤くんは私に対して『はい/いいえ』で答えられるような質問をして、答えを導き出すの」

「ああ、前にも出してくれたやつだね」

「そう。あの……やってみる?」

「うんっ」


 僕は食いついた。平松さんははにかみ笑いをした。


「じゃあ、慣れてると思うけど、最初は簡単な問題でウォーミングアップをしようか」

「よろしくお願いします!」

「うふふ。じゃあ……これを読んで」


 平松さんはファイルからメモを取り出して、僕の前に差し出した。それには、こうあった。


『男がとある施設に放火してそこに住む大勢の人を殺した。

 その後、男は人気者となった。

 何故でしょう?』


 うーんと僕は考え込んだ。

 普通ならこんな非人道的な猟奇的殺人事件の犯人が人気者になるなんて到底考えられない。

 ……とりあえずは、一番ありそうな可能性から潰すか。


「その施設は悪の組織の根城とかだったりする?」

「いいえ」


 平松さんはおかしそうに笑いながら否定した。まあ、そうだろうな。

 さて、どうしようか。どこから切り込むべきか、普通なら迷うだろう。

 だが僕は知っている。ここは歴史研究会で、平松さんは歴史にまつわる問題を出すと決まっているのだ。

 史実に則った問題なら、時代と場所を特定すれば、ぐっと答えに近づくはずだ。そこで僕はこう尋ねた。


「事件の起きた場所は海外?」

「いいえ」


 日本か。なるほど。


「事件の起きた時代は現代?」

「いいえ」


 やはりな。

 昔のことなら、殺しがたくさん起きていてもおかしくない。

 たとえば戦国武将なんかは戦争でたくさん人を殺しているが、現代では人気者だったりするではないか。


「男は戦国武将?」

「はい」


 ほら来た。僕が思わず口元を緩めると、平松さんも微笑んだ。その笑顔に僕は見惚れそうになったが、今は問題に集中だ。


「殺された人々は男の敵だった?」

「はい」


 うん、だいたい予測がついたぞ。ここらで決定打を加えよう。

 こういう問題は言葉を言い換えたりして回答者の混乱を誘ってくるものだ。この問題で一番怪しいのは「施設」という言葉。これに騙される。施設というと、墓地、関所、寺社など様々考えられるが、そこに人が住んでいるとなると……。


「施設とは寺か神社のことかな?」

「はい」

「男は寺か神社を焼いたんだね」

「はい」

「そっか」


 僕は頷いた。予測は確信に変わった。

 肩慣らしに出す問題なら、マニアックではないはず。有名な戦国武将で、寺か神社を焼き討ちしたことで知られる人物で、なおかつ人気の高い偉人となると、答えはもう決まっている。


「分かったよ」

「では、答えをどうぞ」


 平松さんに促され、僕は若干前のめりになって答えを口にした。


「男とは織田信長のことで、事件は比叡山焼き討ちのことだね? 織田信長は、数多くの敵を倒したことで、天下統一のいしずえを作った男。その敵の中に、比叡山延暦寺の人々も含まれていたんだ。現代では織田信長は天下統一を目指した点などが評価されていて、人気の戦国武将の中にも高確率で織田信長が挙げられるくらいになっている!」

「お見事」

 平松さんはパチパチと小さく拍手をくれた。

「やったー」

 僕は喜んでみせた。


「じゃあ、ウォーミングアップはこれでおしまい。これから本題に行くよ」

「分かった。やるぞ〜!」

「タイムリミットも五分で設定するから、その間に推理してね」

「了解です!」

「では、これを」


 平松さんは別のメモを差し出した。僕は真剣にそれを注視した。


『若者がとあるパイロットに憧れて自分もパイロットになった。

 ある日若者は偶然、その憧れのパイロットと、同じ時に、同じ空域を飛行した。

 無事に帰還した若者は、数日後、二度と飛行機に乗らないことを決めた。

 何故でしょう?』


「ほおん?」


 僕は首を捻った。


「読んだ?」

「うん、読んだよ」

「じゃあ、タイマーをつけるよ」


 平松さんはスマホを操作した。

 さて、シンキングタイムのスタートだ。


 これは、憧れのパイロットと一緒に飛行した時に何かが起きたに違いない。そういう匂いがする。ただ、何が起きたのだろう?

 今回のシチュエーションは飛行機が実用化された後の時代のことだと分かりきっているから、さっきのような時代を特定する手を使ってもあまり効果は無さそうだ。今はやめておこう。

 僕はメモを更に凝視した。


「無事に帰還した……ってことは怪我で引退というわけでもないし……うーん……」


 しばらく考えていたが、やがて僕は「あ」と言った。


「憧れのパイロットの方は、無事に帰還したの?」

「いいえ」


 おおっと、一気に不穏な雰囲気になった。


「憧れのパイロットは事故を起こした?」

「いいえ」


 ん? 事故じゃないのに無事ではない……?


「憧れのパイロットは事故以外の理由で無事に帰れなかった?」

「はい」


 一体どういうことだろう。

 だが悩んでいては時間がもったいない。ここは詳細を詰めていくしかない。


「憧れのパイロットは死亡した?」

「はい」

「そのパイロットは、若者と一緒に飛行していた時に死んだ?」

「はい」

「パイロットに健康上の問題はあった?」

「いいえ」

「自然災害はあった?」

「いいえ」

「うう〜ん?」


 僕は唸った。謎は深まる一方である。

 おそらく若者は、憧れのパイロットが目の前で死んだことがショックで、飛ぶのをやめた。これはほぼ確定事項だろう。

 だが、死因が不明ときた。

 「何か不慮のことがあって死なれたから」と言ってしまっては、答えとして格好悪いし、正確性に欠ける。ちゃんと理由を突き止めないと。

 憧れの人を追いかけて夢を叶えた者が、二度と飛ぶまいと決意するほどの、強烈な死因を……。


 僕は考えあぐねてきょろきょろと狭い部室を見回した。部室の棚には色んな資料やノートやファイルが置いてある。そして作業机には書き途中の文化祭の出し物が。


 死。悲惨な死。……戦争。

 世界大戦で使われた近代兵器。その中には飛行機も含まれていた。

 僕は口を開いた。


「もしかして……戦争に関係がある?」


 平松さんは生真面目な表情になった。


「はい」


 不穏さが増した。


「第一次世界大戦?」

「いいえ」

「第二次世界大戦?」

「はい」


 ──第二次世界大戦での日本の特攻は敵軍を慄かせた。ここでの特攻とは、爆弾を積んだ飛行機で敵軍に体当たりして、パイロットもろとも敵をやっつける攻撃のことだ。この強制的な自殺行為には多大な勇気が必要だっただろう。そう、例えば……。


「憧れのパイロットは特攻をやったけど、この若者はできなかった。そのことを若者は後ろめたく思ったから?」


 平松さんは少し目を見開いた。

 そして静かに言った。


「……いいえ」


 ありゃ、違ったよ。残念。

 でも第二次世界大戦というところまでは突き止めたのだ。正解まであと少しかもしれない。

 僕は、机に置かれた平松さんのスマホをちらっと見た。残り時間はあと一分半。

 早くしなければ。


「二人のパイロットは日本人?」

「いいえ」


 外国人か。外国、外国、外国……。

 僕は自分の清書していた文字に何となく目をやった。

 枢軸国対連合国。そして外国の国名がずらり……。

 僕はハッとした。


「ねえ、二人のパイロットの国籍は同じっ!?」


 平松さんの瞳に愉快そうな光が宿った。


「いいえ」

「ぎゃー!」


 僕は頭に手をやって天井を仰いだ。

 恐ろしい結論に辿り着きそうになっていた。


「二人のパイロットは敵と味方に引き裂かれていた!?」

「はい」

「ぎゃあー!」


 そして僕は最後の質問をした。


「若者は、憧れのパイロットと一緒の場所で飛んでいたことを、元から知っていた?」

「いいえ」

「ぎゃああー!」


 僕は痛ましい思いで叫んだ。

 パイロットの死因が分かった。何ということだろうか。これではあまりに救いがない。

 僕は、答えを口にした。


「つまりこうだね? 若者は憧れのパイロットの乗った飛行機を、敵国の戦闘機だからと思って撃墜した! そして数日後になってから、それが憧れのパイロットの飛行機だったと知ったんだ! 自分が憧れのパイロットを殺してしまった事実にショックを受けた若者は、飛ぶことをやめたっ!」


 平松さんは微笑んで拍手をした。


「すごい。正解です」


 その時、ピピピピピとタイマーが鳴った。


「よっしゃ!」


 僕はガッツポーズをした。


「いやー、びっくりしたよ、平松さん! まさかこれも史実なの?」

「うん」


 平松さんは頷いた。それからこんなことを言った。


「『星の王子さま』って知ってる?」

「え? あの有名な本の?」


 読んだことはないが、名前は知っている。表紙の独特の絵柄も記憶にある。


「うん。あれの作者のサン=テグジュペリが、この問題文の憧れのパイロット。フランス人。サン=テグジュペリは他にもいくつか本を書いているんだけど、それらを読んで彼に憧れた……ええと……リッパートだっけ、その人がこの若者。ドイツ人だよ」

「ぎゃあああー!」


 第二次世界大戦ではフランスとドイツは敵国同士。

 これはまさに戦争が生んだ悲劇だ。

 可哀想すぎる。胸が痛い。


「何という……! 何というつらさ……!」

「本当にね」


 平松さんは寂しそうに言う。


「戦争なんてなければ誰も傷付かずに済んだのに」

「そうだね……」

「そもそもこの第二次世界大戦っていうのは、1939年にドイツ軍がポーランドに攻め込んだことから始まったんだよね。そこで、ポーランドの味方だったイギリスとフランスがまずドイツに宣戦布告をしたんだけど、最初のうちのイギリスとフランスの動きはというと……」


 平松さんがお喋りモードに入った。僕は興味深く相槌を打ちながら、話に聞き入った。

 残酷な話を訥々と語り、人々の死を嘆き、平和を願う。そんな平松さんの表情は、時折どきっとするほど美しい。

 いつまでも見ていられる。ほうっと感嘆の溜息をつきたくなる。


 綺麗で優しくて博識でトークのうまい平松さん。

 僕の好きな、素敵な人。

 今日のゲームでまた一歩お近づきになれたようで、嬉しい気持ちがする。


 二人きりの歴史研究会の活動時間が、今日も楽しく過ぎゆく。




 おわり

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