王子の偽婚約者になったら警護団が作れました!

高岩 沙由

死に誘う紅茶

 レーヌは痛さで目が覚める。

(ここはどこだろう……?)

 あたりを見回すと、薄暗くてかすかに石造りの部屋というのはわかったが、窓がないため今の時間がわからない。

 徐々に感覚が戻ってくると自分の体は全身を縄で縛られ、手足を動かすことができない状態で冷たい床の上に横たわり、口は布を噛まされているのがわかった。


 レーヌは状況を確認しようと部屋から出た時のことを思い出してみる。

 エドメに呼び出され、部屋からテオドール殿下の執務室に向かう途中の廊下で、突然目の前に甘い匂いのする液体を吹きかけられ、意識を失った。

 そこまで思い出した時、静かにドアが開き廊下から光が漏れてくる。

 真っ暗な部屋の中にいたので、少しの灯りでも目が痛い。

 目を細めながら、開いているドアの先を確認すると、見覚えのある女性が立っているのが見える。

「あら? やっとお目覚めになったのね。そのままずっと眠っていてもよろしかったのよ?」

 憎しみ交じりの声で話しかけてきたのは、テオドール殿下の婚約者だったアデールでレーヌを見下ろしている。

 その顔は慰労会で見た時よりも怖い顔をしていて、レーヌをにらみつけている。

 部屋の灯りをつけ、ドアを後ろ手に閉めるとつかつかとレーヌの元に近寄り、右足でレーヌのお腹あたりを踏みつける。

「……!」

 声が出なくて息が漏れるような音しかでない。

 アデールはしゃがみこむとレーヌの体を起こすと、ぱんっ、と頬を思いっきり叩く。

 その衝撃で体が横に動きそうだったが、アデールは縄を持って動かないようにすると反対の頬も同じように思いっきり叩く。

「私のテオドール様を奪おうなんて、許さないわ! テオドール様の横には貴方のような醜女なんてふさわしくないのよ!」

 アデールは激高しているようで、さらにレーヌの頬をぱんっ、と叩くと立ち上がり、座らせているレーヌの背中を思い切り蹴る。

 口に布を噛まされているため、うぐ、としか言えないレーヌにアデールはさらに背中を思いっきり蹴ると床に転がし、再び、お腹のあたりを踏みつける。

 レーヌは抗う術もなく、アデールのなすがままになっていたが、その時、部屋のドアを開ける音が聞こえた。

「アデール、レーヌの様子はどうだ?」

 聞き覚えのない男性の声が聞こえてくる。

「お父様! 目覚めたようですわ!」

 アデールは喜々とした声を上げる。

(あれが、イアサント宰相なのかしら?)

 レーヌは痛みでもうろうとしながら目の前の光景を見る。

「毒薬はもう作りまして?」

「ああ、できた。今度はかなり強力な毒薬を作れたぞ」

 イアサント宰相もまた喜々とした声でアデールに返事をする。

(毒薬? どういうこと?)

 痛みが全身を襲っていて、しっかりと考えることのできないレーヌにイアサント宰相は近づくと、気味の悪い笑顔を浮かべる。

「初めまして、レーヌ・アストリ様。私はこの国の宰相を務めています、リシャル・イアサントと申します」

 丁寧に挨拶しているが、その顔は怒りを含みレーヌを見下ろす。

「私がこの国の地位を強固にするためには娘をテオドール殿下に嫁がせないといけないのです。そのためには貴方が邪魔なんですよ」

 リシャルは、くつくつと笑いながら懐から細いガラスの容器を取り出す。

「貴方に傷をつけたくないので、2つの選択肢を用意しました。1つ目はテオドール殿下の婚約者を辞退し、速やかに王城から去ること。2つ目は……」

 リシャルはそう言うと後ろを振り返り、テーブルの上に置いてあったティーカップを手に持つ。

 にや、と楽しそうな笑顔を浮かべてガラスの容器をレーヌに見せる。

「これはアデールにつきまとっていた男性を殺したのに使った毒薬でしてね」

 そう言いながら、ガラスの容器から液体をティーカップに垂らしていく。

「その男性を殺した犯人はいまだ捕まっていません。なので、あなたが犯人として、同じ毒薬をのんで自害したことにするのです」

 それと、と懐から封筒を取り出すとレーヌに見せつける。

「この手紙には、貴方が男性を殺し自害したと書きました」

 ふふ、と笑うリシャル。

「さて、どちらがいいですか、レーヌ嬢?」

 その言葉に返事をしたのはアデールだった。

「お父様、私に恥をかかせておいて、生きて帰すなんてありえませんわ!」

 アデールは怒りの混じった声でそういうとレーヌの口の布を取り、イアサント宰相からティーカップを奪い取ると口元に持っていき、レーヌに飲ませようとする。

 レーヌは顔を左右に振り、何とか逃れようとしているが、イアサント宰相が後ろからレーヌの頭を押さえつける。

 アデールは恍惚とした表情を浮かべ、レーヌの口元にティーカップを押し付ける。

(ああ、もうこれまでかしら)

 覚悟を決め、目を瞑り涙を一筋流した時、突然男性の声が聞こえてくる。

「イアサント宰相、そこまでだ!」

 声が聞こえたほうを見ると、リアムが立っていて、その後ろにテオドールがいるのが見える。

 テオドールはリアムをよけながら部屋に入るとイアサントの近くに寄る。

「イアサント宰相、私の婚約者に何をしているのだろうか?」

 今まで聞いたことのない低い声でイアサントに話しかける。

「ああ、これはテオドール殿下、ごきげんよう」

 イアサントは引きつった笑顔を浮かべながら挨拶をする。

「挨拶は結構だ。何をしているのか聞いているのだが?」

「ええ、王城の廊下で気を失い倒れている、レーヌ嬢を発見しましたので、こちらの部屋に運び入れ、気付け薬を飲ませようかと思っておりました」

「ほう。見ている限り、我が婚約者は気付け薬が必要な状況ではなさそうだが?」

 テオドールが黒い笑顔を浮かべながらイアサントを問い詰める。

「失礼しました。愛しい殿下の声が聞こえたので意識を戻したのでしょう」

 イアサントは落ち着いた声で言い返す。

「そうか?」

 テオドールは腕を組んで考えこんだあと顔をあげ、イアサントににっこりと笑いかける。

「その薬は気付け薬といったな? せっかく作ってきたのが無駄になってしまったな。そうだ、イアサント宰相、その薬を飲んでみてくれないか? 効果がはっきりとわかれば、王城御用達として発売しよう」

 テオドールの言葉に怯えるイアサント。

「いえいえ、無駄になっても問題ありません。レシピはありますので大丈夫です」

「いや、飲んでみてくれ。どのような効果があるのか目の前で確認したいのだ」

「いえいえ、対象者がいなければ試しようがありませんよ、テオドール殿下」

「なぜ、そんなに飲むことを否定するのだろうか、イアサント宰相? ああ、親が拒否するのなら、娘に飲んでもらおうか?」

 イアサント宰相は脂汗を浮かべながらテオドールを睨む。

 テオドールは座り込み固まっているアデールから持っているティーカップを奪い取ると、アデールの口元に持っていく。

 すかさず、イアサント宰相は右手でティーカップを払い、中身をその場にぶちまける。

「必要ない、と言ってるのだ、テオドール殿下」

「ほう。そうか。ならば、それが本当に気付け薬なのか、この部屋にいる者に聞くとしよう」

 テオドールが合図をすると、部屋のクローゼットから2名、隣の部屋から1名、男性が現れる。

「この部屋にイアサント宰相が出入りしていると情報を聞き、王城の中でも優秀な諜報員、3名を忍ばせておいた。その証言によってその薬の正体もわかるだろう。そして、アデール嬢。あなたのやったこともすべてわかっています」

 そこまで話すと、リアムを呼び、騎士が数人部屋に入ってきて、呆然とするイアサントとアデール親子を拘束して部屋から連れていく。

 レーヌは2人を見送ると安堵したのか、体から力が抜けていくのを感じる。

 異変に気付いたテオドールがとっさに腕を伸ばすと左手首に着けているブレスレットが見えた。

 そのブレスレットがレーヌが着けているのと似ているような気がしたと思った瞬間にある人の名前がよぎる。

「リュカ……」

 愛しい人の名前を小さく呟くと、そのまま意識を失った。

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