廃墟の奥に消えた君

木沢 真流

冒険の行き先は廃墟だった

 冒険なんてやめておいたほうがいい。


 もし君が冒険を楽しい、なんて言うならそれは怖い思いをしたことがないからだ。僕はあるよ、あれは小学校六年生のことだった。あの頃は学校が終わるとみんな近所の公園に自然と集まって、学年や学校が違っても一緒にドロケイやポコペンをして遊んだものだ。ショウタを知ったのも公園で遊んでいる時だった。ドロケイの刑務所で2人になって、彼が隣町の磯別府小学校の同じ6年生だということを知った。

 ある日、日も暮れかけた頃に公園に行くと、遊んでいる子はほとんどなく、ショウタだけがブランコに揺られていた。僕がよう、と声をかけると、向こうも嬉しそうに手を挙げた。


「これから冒険行かない?」


 冒険、という響きに僕は胸が躍った。行き先は町外れにある旅館の廃墟。ショウタは今までに何度も行っていて慣れているそうだ。僕は喜んでついていった。道すがら「何があるの?」と聞くと、ショウタは急に真面目な顔になった。

「後少しなんだけど、一人じゃ無理なんだ」

 ショウタの顔はどこか急いでいるように見えた。住宅街から離れるにしたがって、だんだんと人や建物がまばらになった。さらに進んだ丘の上に廃墟はあった。「立ち入り禁止」と書かれた防護網のうち、一箇所だけペンチで開けた抜け道があって、ショウタは慣れた様子でそこに入っていった。僕も負けじと後をついていった。つるべ落としのように落ちて行く夕日が僕の不安を煽った。

 建物の側面にある窓はやっと手が届くくらいの高い位置にあった。隠してあったビール瓶を入れるケースを持ってくると、ショウタはそれに乗り、窓を抜けた。

「ちょっと待ってよ」

 僕は置いていかれないよう、必死に乗り越え中に入った。床に着地すると、ちょうどショウタが懐中電灯をつけるところだった。中は意外とがらんとしていて、懐中電灯の明かりでガラクタや古びたポスターが浮かび上がったが、今のところ幽霊が出てくる様子はなかった。あの頃の僕は幽霊より大人の方が怖かった。

「ねえ、大丈夫? こんなことして、怒られない?」

 ショウタはまるで僕の声が聞こえていないかと思うほど迷わず進んでいった。それはまるで目的に向かって最短距離を進むように。上り階段の奥に消えたショウタを追いかけると、厨房のような部屋にショウタの背中が見えた。近づいてみると、ショウタがとある一点を見つめていた。

「この扉がどうやっても開かなくて」

 がっちりとした、業務用の冷蔵庫のような四角い入れ物をショウタは指さした。

「一緒に開けてくれない?」

 今なら絶対できない。得体の知れない場所の得体の知れない箱。それを開けるのは大人でさえ勇気のいることだろう。あの頃の僕は恐怖より好奇心が優った。僕は言われるがまま、扉に手をかけた。

 全力で扉を引っ張る。うーん、うーん、手がちぎれそうなくらい引っ張った。ある時、ストン、と抵抗が無くなったかと思うと扉が勢いよく開いた。開ききった扉が、ガコン、と壁にぶつかり、静寂の中に響き渡った。

 尻餅をついた僕は、ショウタを探した。おそらく同様に倒れ込んだせいか、ショウタの持っていた懐中電灯のライトが消えた。外からのあかりはもう暗い紫色に変わろうとしていた。

「ショウタ、ショウタ?」

 ショウタがどこに行ったのかわからなくなった。元々扉には興味がなかった僕は、ショウタがどこに行ったのかが気になっていた。しかしどこを見ても、ショウタは見当たらない。あたりは虫の息一つ聞こえない静寂。

 もう一度叫ぶ、ショウタ、ショウタ、ショウタ——。虚しく響くその音に、僕は怖くなり、その場を逃げ出した。一階で一度転び、鉄屑の破片で手を切ったようだが、そんなのは関係ない。徐々に暗くなる廃墟を、まるで大きな闇の手が自分を飲み込もうとしている気がして、必死に逃げた。何とか窓を越え、防護網を越え、息をする間もなく走り続けた。

 家に着いた時、母に「どうしたの、そんなに急いで」と声を掛けられた記憶を最後にあとのことは覚えていない。あれからショウタを公園で見かけることもなければ、廃墟も今はさら地になっている。あんな怖い経験をしたことがあるから、僕は冒険なんてまっぴらだ。


 あれから誰に聞いても、磯別府小学校にショウタという人は存在せず、公園にもそんな子は遊びに来ていないという。一つだけ心残りなのは、やはりあの扉の中身をしっかりと見てあげるべきだったのではないかということだった。

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