第4話 姉さん引き出し作戦

 いつも夜中に行くコンビニに向かった。


 僕はコンビニの店の前にたむろする顔見知りの4人の少年たちに声をかけた。


 家に帰ってもやはり姉さんは納戸に引きこもったままだった。


「おじゃましやーす」

「へえ、兄貴の家ってこんな感じなんすか、いいっすね、昭和の香りってやつ」


 少年たちはコンビニで買い込んだペットボトルで乾杯し、袋を開けた拍子にスナック菓子が大量に床にこぼれ落ちるのを見て、笑い声が弾けた。

 

リビングのテレビの歌番組が、かつてないくらいの大音量で流された。


 納戸の前の長い廊下では、靴下が汚れるのも気にせず助走を付けてはスライディング。


「あっ、おもしろそう、俺もやる」

「今度は、俺の番」


少年たちはよく遊ぶ。


「俺のほうが距離がある」

「いや、待てよ、俺のほうが長いぜ、よく見ろよ」

「ちょ、待てよ、俺の勝ちだって」

 どれだけ廊下を滑れるか少年たちはその長さを競い合っている。


 少年たちが大声で言い争うその喧噪の中、納戸の戸が少し開けられた。


「いったい何なの?」


 納戸の引き戸を開けた姉さんは、少年たちの姿に一瞬ギョッとしたようだった。


「おじゃましましたー」

 少年たちは姉を見た途端、玄関先に脱ぎ散らかしたスニーカーを履くのももどかしい様子で、慌ただしく帰って行った。


 大人の女性は彼らには苦手のようだった。


 家の中は急に静まりかえり僕の声が一層大きく聞こえた。


「姉さん、僕、明日から仕事に行くよ」


 納戸の前の床はとても冷たくて、その冷気が靴下を通して伝わってくる。それに負けないように僕は両足の指先に力を込めた。


「実は、前から『コンビニの店員にならないか』って、店長から誘われていたんだ。僕、毎晩のようにコンビニに行っていたら店長と話をするようになって、 皆勤賞をくれるって褒めてくれたよ」


 納戸の戸が大きく開けられた。


 こうして僕と姉さんの引きこもり生活は終わった。


 躰をふらつかせながら納戸から出てきた姉さんは、一気に老けたようだった。

 涙を拭う姉さんの顔は死んだ母さんによく似ていた。


「僕が『ここの店にいた前の店員みたいに、レジのお金を持ち逃げしたらどうするんですか?』って、店長に訊いたら『君はそんなことが出来る人間じゃないよ、いつも雑誌を読み終わると商品をキチンと並べ直してくれているだろ。この仕事をしていて、けっこう人を見る目は確かだと思うよ』って、そこの店長に言われたんだ」


 僕は外を歩いていていると胡散臭そうな目を向けられて、中学のときの先生には「人間失格だよ」と太宰治の本のタイトルのようなことを言われた。


 このとき初めて僕を認めてくれる、姉さん以外の大人に出会ったような気がした。




【了】

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引きこもり オカン🐷 @magarikado

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