第3話 二十歳になった引きこもり

 そうか、僕は今日二十歳になったんだ。


 だからといって何も変わるわけではなかった。


「もういい、あなたはそうやって、一生を過ごしたらいい、姉さんも好きにさせてもらうから」

 姉はそう言うと廊下の奥、突き当たりの納戸へ向かったようで、ギシッ、ギシッという音が遠離って行った。


やがて納戸の引き戸を開けるガラ、ガラッという大きな音がし、またガラ、ガラッという戸を閉める音がした。


 夜になっても姉の出てくる気配がなく、心配になって僕は納戸の前で、

「姉さん、姉さん」

と声をかけながら引き戸に手をかけたが、中から突っ張り棒をしているのか、その戸はビクともしなかった。


 祖父母の代からあるこの家は納戸までがかなり頑丈に造られていて、ちょっとやそっとでは開きそうもなかった。


「姉さん、これじゃ、あべこべだよ。出てきてよ」


 姉は返事をしなかった。


「姉さん、お腹が空いたよ」

 僕は少し甘えた声を出した。

 それでも姉は反応しなかった。


「姉さん、僕、風邪をひいたみたい。、頭が痛い」

 いつもならこれで体温計を持って来てくれるのに。


「コホッ、コッホ、コッホ」

 あの手この手を使うが、納戸の中からの返事はなかった。


 ここの棚には客用の布団が置いてある。


 そういえば先日の休みの日、姉はその布団を引っ張り出して天日干ししていたような気がする。


 万が一の時に備えての水のペットボトルやクラッカーなどの食料が備蓄されている。

 それに災害用の簡易トイレまで用意されている。

 廃品回収に出す予定の雑誌や文庫本まで積まれている。

 籠城するにはうってつけの場所だった。


 姉さんは一度決めたら梃子でも動かないようなところがある。


 僕が登校拒否になったときもそうだった。

 近所の人に何と言われようが、中学のクラス担任が何度家に足を運んで来ようが、そして、僕はわがままだの、しまいには人間失格とまで言われたが、姉は耳を貸さなかった。


 何とか納戸から姉さんを出すことが出来ないかな。


 僕も姉さんと同様、一つのことに拘ったらその事が解決するまで執拗だった。


 そうだ。

 頑固な姉さんに対抗するには、アレだ。

 僕は掌に、もう片方の握り拳を打ち当てた。

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