第62話

俺は絶好のデート日和である青い空を眺めていた。なぜこうなったのかは、想像がつくだろう。


「最強と言われた男がいとも簡単にノックダウンとは情けない……」


そう言って、飲み物を渡してくれる志乃ちゃん。いつもなら飛び起きて喜ぶところなのだが、生憎今はそんな気分では無い。


「いや、志乃ちゃんがイカれてるだけだからねあんなに何回も乗るものじゃないよ、あれは」

「すまない……。楽しかったので、つい?」


そう言って頬をかく志乃ちゃん。楽しんでくれたなら何よりである。俺の命ひとつくらい容易いものだ。


そんなことを思って、ベンチに腰掛けていると志乃ちゃんがニコニコしながらカバンをゴソゴソしている。


カバンから取り出したのは某ネズミキャラクターのカチューシャ。それを頭につけると少し声を高くして、死にかけている俺に言った。


「ハハッ、僕の名前はミッ〇ー。夢の国の住民さ!」

「志乃ちゃん!?」


俺が驚くと、志乃ちゃんはさっきまでニコニコしていた顔を少し崩して恥ずかしそうに声を小さくする。


「僕が相模の願いを叶えてあげよ……ぅ」


最後の方は聞こえないくらいに声が小さくなってしまった。勢いでやってしまったのだろう。


テンションが上がって、突っ走ってしまったのか。何にしろ可愛いのには違いない。願いか……。


「膝枕して欲しいな、志乃ちゃん」


どうせしてくれないだろうが、ダメ元で頼んでみた。それを聞いた志乃ちゃんは恥ずかしさで下を向いて、カチューシャが落ちそうになる。


しかし今日の志乃ちゃんは違った。


「ぼ、僕はミッ〇ーだよぉ……。でも叶えてあげよう!ほらおいで?」


そう言って、その柔らかな太ももをポンっと叩く。多分、驚いて顔が硬直しているだろう俺の頭を抑えて、半ば強制的に膝枕してくれる志乃ちゃん。


「うぎゃぁぁ……」

「それは恥ずかしがってるのか」

「当然だ、今にも逃げ出したい。でも彼女らしいことしてあげたいし、頑張る」


そう言ってクスリと笑った。太ももの上で寝返りをうつと、恥ずかしいなぁ、と顔に手をやる志乃ちゃん。


その顔を見ていると気持ち悪い気分もどこかへと行っていた。少しゆっくりと話してから俺たちは次に行われるパレードに向けて、歩き始めた。


◆◆

「あ、師匠からメール着てる」


ふと、覗いて見たスマホには一通の写真と長めのメッセージが添えられていた。


写真は俺が1発の蹴りを入れた筋肉だるまが警察署の柱にぐるぐる巻きにされている写真だった。


顔に『凶悪犯』という貼り紙を貼られている。


ピース姿で写真を撮っている師匠と、恥ずかしそうに顔をしかめる少年。後処理をしてくれたのか。ありがたい。


そして長めのメッセージにはこう書かれていた。


『私は君を諦めたわけじゃないからね?今でもまだ好きだし、志乃ちゃんが羨ましいなって思うよ。いつでもお酒、付き合ってやるから連絡してこい!大好きだぁ!!』


師匠からのメッセージだった。俺はこの人ではなく、志乃ちゃんを選んだんだ。男として責任を取らないといけないな。


志乃ちゃんを死んでも幸せにしてやらないと、師匠に合わせる顔がない。次に会った時に幸せな顔すんな、馬鹿野郎って言われるくらいの……。


「踊らないと行けないみたい……。ほら、行こっ!」


そう言って俺の手を引いて、パレードを見ているみんなと一緒に踊り始めた。出会った頃とは比べ物にならないくらいの明るい笑顔を浮かべている。


この笑顔が見れただけでも俺が生きた意味があると思う。だって俺があの血腥い世界から連れ出したのだから。


◆◆

パレードも終わり、当たりが暗くなって来た。その頃には手を繋ぐということにも違和感を覚えないくらいにはなっていた。


夜には花火が打ち上がると言うので、俺たちは綺麗に見られるところまで移動してきた。


繋いでいた手を一度解いて、芝生があるところに腰を下ろして始まるまで待つことにした。


俺がいつから始まるだろうと、時計で時間を確認しようとした時、志乃ちゃんが長く息を吐いた。なにか気持ちを決めるように。


「相模……」


そう呟くと、俺との距離を縮めて顔を近づけた。


次の瞬間には俺の口は彼女の口によって覆われていた。彼女の柔らかい唇の感触が俺の唇を通して感じる。息が苦しくなる。それでも暖かいキスだった。


そして志乃ちゃんは俺の唇を割って、舌を入れようとする。それを受け入れてしまった俺はそのまま深いキスをした。


彼女の顔は赤く火照っており、さっきまで冷静な顔ではなかった。多分俺も同じような顔をしていることだろう。


「私はもう逃げない。私の過去とも戦っていく。だって一緒に戦ってくれる人が近くにいるからね」

「あぁ。俺は志乃ちゃん守り抜くと誓うよ」


俺がそう言ってもう一度キスをしようとすると、俺の胸に手をやって少し待ってと、言わんばかりに押し返す。


そして、にこやかに疑問を吐く。


「もう一度、聞くぞ?血の気の多い、可愛さもない、妻としては不出来な女でいいんだな?」

「もちろん。志乃ちゃんがいいんだ。……結婚しよう」


俺がそう言うと、志乃ちゃんはニコッと笑って目をつぶった。そしてこうつぶやく。


「私に拒否権はない。だって捕まっているのだからな。いつまでも相模という男に」


そう言って、一呼吸おくと志乃ちゃんはうっすらと目を開いて言うのだった。


「早くしてくれ、旦那様?」


その後にまたキスをした。



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俺を殺そうとしている暗殺者に「童貞のままじゃ死ねないから、俺の初めての人になってくれ」と提案してみた 大学生 @hirototo

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