第7話
冬月はその当時のことを思い出すと心が痛む。
死者は出なかったものの、大人4人と高校生2人に重軽傷を負わせた彼女はアイドルグループにお金を費やし借金を家族に内緒でしていたなどネガティブな話が最初に表に出たが、冬月が女に聞いた話を元に彼女が家族から受けていたモラハラを受けていた記録が提出された。
また義親の親戚間の遺産相続の件、女の義弟夫婦のダブル不倫などが次々と出てきたため、彼女に対しての同情の声が上がり、週刊誌やワイドショーが加熱した。
また、彼女の3歳と1歳の子供達は事件当日行方知らずだったが、彼女の実家に預けられていて母親のしたことを全く知る由もなかった。彼女はきっと、事件に巻き込みたくない、自分の鬼の形相を見せたくない気持ちで預けたのだろう。
しかし女のしたことは大きな罪である。
そして冬月はこれ以上彼女の子供達が辛い思いをしないようにと、ペーペーの巡査ではあったがあれこれ裏で手を回して事件の鎮火をし、世間ではこれ以上大きく報道されることはなくなった。
「あくまでも……彼女の子供のためだ、俺のやったことは」
上司と共に駐在所でまったりコーヒーを飲む。今日はそんな日のようだ。
「そうだな、子供には罪はない」
「嫁姑のいざこざなんてどこでもあったし、婿姑、兄弟、親子、親戚、夫婦。家族なのに、家族になったのに、歪みあって……さ」
「結婚嫌にならんか」
「……そうっすねー、もう少しいろんな人見ますよって、俺には彼女いますからっ」
と言う冬月に対して上司は
「容疑者の女性に惚れてたんだろ? どうせ」
また図星のようだが、冬月は横に首を振る。
「あの事件以来、交番勤務の時は積極的に声かけしたり、少しでも違和感を感じたら話をさりげなく聞いてみた。そういうこと心がけようって思いました」
上司はうんうん、と聞く。その彼が持つ落とし物の中の一つの雑誌に例のアイドルが写っていた。
「心なしか、この片割れがお前に似てる気もしないがな……」
冬月はギョッとした。
「なわけな……似てる」
ふとあの女の顔を思い出す。自分を見ていたのは唯一の楽しみであるアイドルへの愛を冬月に重ねていた。
「少しでも俺は彼女の生きる希望になってたんすかね……」
「さあな」
冬月は思い出した。あの時抱きしめた時に彼女はその好きなアイドルの名前を言っていたことを。
終
掬えなかった水 麻木香豆 @hacchi3dayo
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