05.カルテット





 私の予測は正しかったようで、次の日にはゆっくりだけれど歩けるようにまで回復していた。


 ルジストはあれ以来この部屋を訪れてはいないけれど、初めてルジストに冒険者ギルドに連れて来られた時に話しかけてくれたギルド職員のラリナさんが食事や身の回りの事を手伝ってくれて、なんとか困ることなく過ごせている。


 私が冒険者ギルドにいる事も、ラリナさんが迎賓館にいたロウェリーさんに伝えてくれて、私が眠っている時にどうやら来てくれたみたいで、手紙と新しい服、そして綺麗な一輪の花がテーブルの上に置かれていた。


 手紙には簡単に、お早い回復と帰りをお待ちしていますとだけ綴られていた。


 その一文に少し泣きそうになった。


 初めて尽くしのこの世界で、私の帰りを待ってくれている人がいる事に、じわりと温かさを感じる胸に両手を添える。


「ねぇ、リティス。私、悩んだんだけれど……冒険者ギルドには関わろうと思う」


 贈り物の隣に置かれた水色に輝く魔石を見つめる。


「正直、魔獣は怖い。だけど折角この世界に来たのなら、いろんな場所を見ておきたい。それで元の世界に帰れる方法も見つかればいいかなって」


 魔石を手に取り、ベッドに横になっている白い猫へ振り返る。


 リティスは今朝方この部屋に来てくれて、その柔らかい肉球で私を起こしてくれた。

 目を開けた途端、ヘーゼルの瞳が視界全体に広がっていて、正直怖かったけれど、また会いに来てくれたことが嬉しかった。


「お前がそれを望むなら、私はそれに従おう」

「従おうって、そんな主従関係でもないんだから、リティスは自由のままでいいよ。こうしてまた会いに来てくれただけで、すごく嬉しいから」


 ベッド脇の床に座り、両腕をベッドに乗せて凭れて、空いている片手でリティスの顎下をくりくりする。


 異世界に来てしまったけれど、こうして変わっているけど普通に猫と触れ合える事に感動する。


 やっぱり猫は存在だけで癒される。


「そうか」

「うん。あ、そういえば私の名前言ってなかったよね。この世界での新しい名前、ルリアネっていうの」

「ルリアネか」

「うん。あの後、ヴァレン様が付けてくれたの」

「そうか。……いい人間たちに出会えたみたいだな」

「うん。とても良くしてもらってる。でも、そろそろ自立しないとね」


 さすがにいつまでもその優しさに甘えてはいられない。


 枕元に置いたままにしていたルジストからもらった石を見る。


「ねぇ、リティス。こっちは魔石ってルジストに教わったんだけれど、この石は何かわかる?ルジストに今回の件での報酬って渡されたんだけれど」


 魔石とその石をリティスの前に並べる。


 魔石は綺麗だけれど、やっぱり元が魔獣の魔核だったのもあって少し不気味なんだよね。

 対してルジストから貰った石は綺麗で好感が持てる。

 

 ルジストから貰った石を指で突きながらリティスを見ると、いつもキリッとしている大きな目が細められて、遠くを見ているようだった。


「奴め、まさかこの石を渡すとは」

「へ?」


 どういうこと?と首を傾げるとリティスは小さく息を吐いた。


「この石は月華石げっかせき。極めて珍しい魔鉱石だ」

「魔鉱石?」

「魔鉱石はマナの濃度が高い場所でのみ発掘され、豊潤な純度の高いマナが含まれた鉱石だ。そしてこの月華石はマナの純度に加え、硬度と耐久性に優れているから割れることもなく、使用時の魔力効率などもいい」

「なるほど」

「魔石はその中に残ったマナが尽きれば砕け散り消えるが、魔鉱石はマナさえ補充すれば半永久的に使える性質がある」

「そう、なんだ。じゃあこの魔石は使えば消えちゃうんだ」

「ああ」


 それは良かった。

 獅子猿を彷彿とさせる石をずっと手元に残しておかないといけないと思っていたから。




 ◇ ◇ ◇




「では、まずはここ冒険者支援協同組合、通称カルテットについて説明しますね」

「お願いします」


 折角少しでも動けるなら動かないと!とギルドの1階にある受付カウンターを訪れるとちょうどラリナさんがいたので、ギルドについて教えてくれる事になった。


 リティスはというと、珍しく私の膝の上でくつろいでいる。

 今回は長く傍に居てくれるのかな?


「カルテットの本部はグラウデュース帝国、帝都アシュタリカにあり、支部は提携する各国の主要都市などに点在しています。

 またカルテットでは所属する冒険者のことを『奏者』と呼び、職員のことは『紡ぎ手』と呼びます。

 奏者の主な仕事は依頼内容によっては様々ですが、主に薬草・鉱石などの素材採取や魔獣討伐。そして迷宮や塔などの未踏領域の調査になります。

 また紡ぎ手の主な仕事は奏者のサポート、依頼の管理・仲介。魔石や素材の管理などになります。そして何らかの理由で奏者が不足した場合は紡ぎ手が奏者として任務に就きます。

 尚、任務中の怪我や死亡などの一切の責任をカルテットは負いませんので、依頼を選ぶ際はくれぐれも慎重に」

「わ、わかりました。あの、少し気になったんですが、どうして奏者と紡ぎ手と呼ぶのですか?」

「奏者は奏でる者。依頼を楽譜に見立て、冒険者は己の特色を活かしてそれを遂行演奏する。謂わば比喩ですね。

 紡ぎ手も奏者や依頼主、その他関係者たちを各々一本の糸に見立て、その関係を繋げる紡ぐという意味でそう呼んでいます」

「そうなんですね」

「もちろん、冒険者ギルドや冒険者など一般的な呼び方でも通用しますので、ご安心を」

「それは良かったです」


 ずっと冒険者ギルドと呼んでいたから、少しドキッとした。


「あの、カルテットという名前にも意味があるのですか?」

「はい。名前の由来はカルテット創設に携わった人数が4名だった為、そう名付けられたと伺っております」

「……その中の1人がルジストですか?」

「そうです。アーキビスト様については後ほど説明しますね」

「お願いします」


 アーキビスト様か……普通に呼び捨てで呼んでいたけれど、カルテットに所属するとなると改めないといけないよね。


「それでは次に奏者の等級などについて説明します」


 ラリナさんの説明によると奏者の等級は7段階あり、その階級は主に試験で討伐した魔獣から採取した魔石の色で決められるらしい。


 最下級のゾハルはまだ魔獣討伐ができない人に。

 下級のヴェレネは緑色の魔石。

 中級下位のズィアスは紫色の魔石。

 中級上位のエルミスは水色の魔石。

 上級下位のアリスは赤色の魔石。

 上級上位のフェガリは白銀の魔石。

 そして特級であるイリョスは黄金の魔石。


 この中での私の等級はというと……。


「ルリアネさんの場合は、アーキビスト様の試験を合格されたと伺っております。その時に得られた魔石を拝見するにルリアネさんの等級は中級上位のエルミスに相当しますね。ちなみにこの等級は紡ぎ手の戦闘等級にも適応されます」


 単独であの隻眼の獅子猿を討伐されるなんて素晴らしいです。と言われても嬉しくない。


 討伐はできたものの代償が大きすぎる。

 それに1人であの強さの魔獣を常に討伐できるなんて思われたくない。

 今回は運良く助かったけれど、どうして討伐できたのか、どうして傷が治ったのかとかわからないことが多過ぎる。


 次は本当に死んでしまうかもしれない。


 かくなる上はーー


「……すみません、ラリナさん。その、登録の際に等級を下げる事は可能ですか?」


 私の申し出にラリナさんは一瞬動きを止めるも、ニコリと優しい笑みを浮かべてくれた。


「可能ですよ。加入時の試験はもともと任意で行われるものなので、まだ魔獣討伐が未経験の方は試験を受けずに最下級のゾハルから始められます」

「そうなんですか!」


 ラリナさんから告げられた新事実に思わず声を上げてしまう。

 すると私の声に反応して他の人たちの視線が集まってしまったのを感じて、両手で口元を覆い俯く。


 試験がいらないって……じゃあどうしてルジストはあの場所に私を送ったの?

 私の力と適正を確認するとか言っていたけれど、別の目的でもあったのかな?


 なんであれ、またルジストに会って話さないといけない。


 そしてあの柔らかそうなほっぺを今度こそつねろう。

 

「やはり、どうやらアーキビスト様により、大変な目に遭われた様ですね」

「はい……なんとか生きてはいるし、その後ラリナさんにもお世話になりっぱなしで、文句はあまり言いたくはないのですが、アーキビスト様に会う機会を頂けたらと思います」

「承知しました」


 では後ほど、オルトゥスの間へお越しください。とさらりとルジストの居場所を教えてくれた。

 きっとラリナさんにも思うところがあるのだろう。

 初めて会った時も頑張ってくださいと声を掛けてくれたほどだし。


「では次に紡ぎ手の説明ですが、紡ぎ手になるにはあるを満たさなければなりません」

「条件ですか?」

「はい。それはか否かという事です」

「精霊が見える?」

「はい。精霊が見えない限り紡ぎ手になることはできません。ですが、アーキビスト様からルリアネさんはルチルを見ることができると伺っておりますので、紡ぎ手になる資格もお持ちだと推測しております」


 紡ぎ手になぜ精霊が見える事が必須なのかというと奏者などの情報管理はルジストを中心にあの大樹から生まれた精霊が行っているからだという。

 その為、最低でも精霊が見える人でないと紡ぎ手にはなれないらしい。


 でも、今の時点では紡ぎ手になるよりは奏者になった方がいいのかもしれない。

 カルテットから受けられる恩恵は今の私にとっては必要なものだから。


・仕事の紹介

・報酬の受け渡し

・魔核の買取

・動物の解体&買取

・素材の鑑定&買取

・魔獣と野生生物、自然素材の情報の開示

・貨幣の両替

・身分証明

・各地域の通行料免除

・各国各地域の情勢情報の開示


 奏者になれば、等級により依頼の受注期限はあるけれど、仕事の紹介を随時してもらえるから、危険は伴うだろうけどお金に困ることはないはず……。


 それにカルテットに関わると決めたから、ここに居るうちに奏者になっていた方が、都合がいいと思う。


「ラリナさん、奏者登録に必要なものを教えていただけますか?」




 ◇ ◇ ◇




「では今から奏者登録を行いますね、この石道を進んだ先にある大樹、精霊の揺籃インキュナブラにバングルを嵌めた方の手で触れてください。その後、バングルを外して大樹の前にある要石の上にバングルを置いてください。今回は精霊回廊には繋がっていないので、このまま大樹に触れることができます」

「わ、わかりました」


 右手首に嵌めた草花の模様が刻まれ水色の石が嵌め込まれたバングルをぎゅっと握り締めながら、足を進める。


「緊張しているのか?」

「少しね。まさかこんな仰々しいものとは思っていなかったから」


 足元を歩くリティスにこそっと答えつつ、水に囲まれた大樹の元へと続く石道を歩いて行く。

 そして大樹の元に辿り着くと、ラリナさんに言われた通り、バングルを嵌めた方の手で大樹のに触れ、バングルを外して目の前の要石の上にバングルを置く。

 

 途端にバングルが淡い光に包まれ、金色の粒子が辺りに溢れた。


「すごい量のルチル」

「ああ。どうやらお前について行きたいようだな」

「ついて、いきたい?」


 どういう意味?と一歩後ろに座っていたリティスへ振り返ると、そこに座っていたのは、家猫サイズの白い猫ではなく、大型のトラほどの大きさのとても綺麗な白い獣が座っていた。


「……え?リ、ティス?」


 突然の事に驚き言葉が詰まっていると、白い獣はゆっくりと立ち上がり、そっと柔らかく大きな額を私の額に押し当ててきた。

 風貌がかなり違うけれど、なぜかリティスだと確信が持てていたので、そのまま受け入れる。


 もふりと柔らかい感触にほんの一瞬だったけれど癒される。


「ルリアネ、奏者になるというのなら私と契約を結んでくれないか?」

「けい、やく?」

「そうだ。私からの要求は、ただルリアネのこの世界での旅路を傍で見届けさして欲しい。その代わり、ルリアネには私の加護を授けよう」

「加護?」

「ああ。私の加護があれば、大抵の事は問題ないはずだ」

「それって私にとっては都合が良過ぎるんじゃ」

「そうかも知れないが、人間の寿命は私たちにとってはとても儚いものだ。その儚い人生を傍で見守ることですら私にとっては束の間の出来事になるだろう。なればこそ、私をルリアネの傍にいさせてほしい」

「リティス」


 ヘーゼル色の瞳がまるで慈しむかの様に細められ、その美しさにそれ以上何も言えなくなってしまった。

 代わりにその綺麗な毛並みに触れて、次は私からリティスに額を寄せた。


 それを肯定と受け取ってくれたのか、リティスは私から少し離れ向き合う形になると、静かに言葉を紡いだ。


『汝 祖が定めし我が制約を満たす者

 我と絆を結ぶ者なりて 我は汝に祝福を

 我の加護にて汝に守護の力与えん

 我が名はリティス 汝を守護する者なり』


 ふわりと優しい風が頬を掠め、優しい光に包まれる。


 やがて光と風が収まり、静けさが辺りを包み込むとラリナさんの少し焦った声が辺りに響いた。


「ル、ルリアネさん!無事、登録も終わりましたので、こちらに戻ってきてください!」

「あ、わかりました……」

 

 ラリナさんの言葉に返事をして振り返ろうとした瞬間、今まで味わった事がないほどの疲労感に襲われた。




 ◇ ◇ ◇




「結局、等級はエルミスにしたんだな」


 つんつんと可愛らしい手で、水色に輝く石が嵌め込まれたバングルを突いてくる普段と同じ家猫の大きさになったリティスにゆっくりと視線を向ける。


「だって最下級のゾハルだと、活動範囲が限られていて、フローレン領から出ることができなかったから……」


 無事に奏者登録を終えたのはいいものの、病み上がりの身体で長時間動きすぎたのがいけなかったのか、目が覚めると自室のベッドに沈んでいる状況にため息が出る。


 一体この世界に来てから何回気絶したんだろう。


「そういえば、リティス。あの時のあの綺麗な姿が本当の姿だったりするの?」

 

 顔の形は虎の様だったけれど、耳の先は突がっていて、ふわりとした襟毛ラフや長い毛並みがとても綺麗だった。


「ああ、そうだ。あと、言い忘れていたが、今ルリアネの目の前にいる私は分身体にすぎない」


 突然のリティスの告白に目を見開く。


「分身体?じゃあ本体はまた別の場所にいるってこと?」

「そうだ。分身体も私である事に変わりはないがな」

「そか」


 なんだろ、リティスにも複雑な事情でもあるのかな?

 身体を横向きにしてじっとリティスを見つめると、ふにっと肉球で額を押された。


「焦らずともまたいずれ話そう。それよりもルリアネ、月華石を出してくれないか?」

「月華石?いいけど」


 枕元に置いていたポシェットから月華石を取り出して、リティスの前に置く。


 するとリティスはふさふさの長い尻尾を揺らした。

 途端に尻尾の先の空中に小さな穴が開き、その中からポロリとが出てきて、予想も何もしていなかった私は目を見張り、一瞬思考が停止してしまった。

 何故なら小さな穴から出てきた物は、あの時クラヴィスの森で失くしてしまった、荷物の中に入れていた筈の小さな箱だったから。


 それを認識した途端、ドクリと心臓が大きく脈打った。


 蓋の部分が歪み隙間が出来ていたり、泥や燃えた跡なのか、見た目はかなりボロボロなっていたけれど、間違いない。


「なんでこれがここに?もしかして、リティスが拾ってきてくれたの?」


 ゆっくりと上体を起こして、リティスが出してくれた小さな箱を手に取り、開けづらくなってしまった蓋を今ある渾身の力を込めて、ゆっくり慎重に持ち上げる。

 箱の中には白い花の装飾と天然石が施されたイヤーカフとイヤリングが入っていた。

 嵌め込まれていた石は取れてしまったのか、無くなってしまっていたり、白い花の装飾部も壊れている部分はあるけれど、また目にする事ができて良かった。


 目頭が熱くなるのを感じながらぎゅっとその2つを両手で包み込み、胸に寄せる。


「他の荷物は魔獣に荒らされ、灰になってしまっていたが、これだけは岩の隙間から見つけ出せたんだ」

「そう、だったんだ」

「絆の契約はしたものの、依代がない限り分身体を長時間維持し続けるのは今の私の状況では困難だったが、ルリアネが大切にしているこの装飾品と月華石があれば、私の依代ができ、常に共にいる事ができるのだが」

「この状態だともう使うのは難しいってことだよね」


 手のひらの上にある、壊れてしまったイヤーカフとイヤリングを2人して見つめる。

 もし、直す事ができたらリティスの依代にしたい。


「誰か直せる人がいればいいんだけれど」

「あら、私のこと呼んだぁ?」

「!?」


 後ろから突然掛けられた声にびくりと肩を揺らせ、慌てて振り向くと、部屋の扉がいつの間にか開いており、そこからガタイのいい……もといスタイルのいい

女性(男)が顔を覗かせていた。


「ク、クレイヴさん!?どうしてここに?」

「ごめんね、驚かせちゃった?ラリナちゃんからあなたが奏者登録を終えた途端に倒れちゃったって聞いたから、寝顔だけでも拝んでおこうと思って来ちゃった」


 ほら私、あなたの顔が本当に好みなのよねと反応に困る言葉を言い、てへっとお茶目な顔するが、全く可愛くはない。


「それで、ちょっと聞こえちゃったんだけど、その耳飾りを修復したいでいいかしら?ついでにこの開いている部分にその月華石を嵌め込むでいい?ルジストちゃんの様子がなんだかおかしいと思っていたら、あなたに月華石を渡したからなのね!安心なさい!このクレイヴが素敵に直してあげるわ!」


 ずんずんと部屋に入って来るなり、リティスと私の手元を確認して的確に言い当ててくるクレイヴさんに驚く。


「これ、直せるんですか?」

「何言ってるのよ!あなた!こんな破損、私の手に掛かればちょちょいのちょいよ!」


 立派な胸板を張り、ドヤ顔を決めるクレイヴさんの自信に満ちた姿におお!と期待の声を上げてしまう。


 だけど、問題解決の糸口が見つかっても、今の私は無一文だった。


 本当は奏者登録にも登録料が必要だったけれど、今回は私の奏者や紡ぎ手になるという明確な意思表示がないまま、危険な試験をカルテットについての説明の前に行い、生死の狭間を彷徨わせる状態にまで追いやった事を考慮して、奏者になる場合の登録料は免除されたんだよね。


「あのクレイヴさん、その……修理代のことですが……」

「そんなもの出世払いで良いわよ!あなた、そこのと契約したのでしょ!だったら出世払いで大丈夫よ!精霊は契約に特に煩いから踏み倒す事はないでしょ」

「あ……そうなの?」


 ちらりと目の前のリティスを見るとすんと何やら不機嫌そうな顔でクレイヴさんを睨み付けつつ、ああと答えてくれた。

 

呼ばわりされたのが嫌だったんだね)


「では、出世払いでお願いします」

「任されたわ!素敵に直してあげる!あとバングルは問題ないかしら?サイズが合わなくなったら直ぐに言いなさいよ!あなた痩せ過ぎなんだから、いっぱい食べてもっと太りなさい!」

「はは、わかりました。全快したらいっぱいご飯を食べます」

「そうしてちょうだい。じゃないとあなたの服も碌に仕立てられないわ」

「え、仕立てるって……服も作ってくれるんですか?」

「当たり前でしょ!そんじょそこらのただの冒険者ギルドと違って、カルテットうちは奏者の安全面にもしっかり重点を置いてんのよ!怪我や死亡の一切の責任を負わないって謳ってはいるけど、駆け出しは無茶をする子が多いから、武器と防具一式はこっちで用意するのよ!」

「そ、そうなんですね」


 元の世界の小説とかに出てくる冒険者ギルドは大体が自前で揃えていたから、これはもの凄く助かる。


「じゃあこの装飾品と月華石は預かるわね。装飾品の修理は直ぐに終わるけれど、月華石の加工には時間がかかると思うから1週間後に私の工房に来てちょうだい。それまでにあなたは少しでも元の体型に戻ってなさいよ!」

「わ、わかりました」


 じゃあね!とクレイヴさんはイヤーカフとピアス。そして月華石を慎重な手付きで受け取ると言葉の勢いとは裏腹に丁寧に扉を閉めて去って行った。


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その終焉に手向けの花を Hatsuki @moka68

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