04.クラヴィスの森





「どうして、またこうなるの」


 鬱蒼とした森の中、気配に気を付けながら歩いて行く。


 まさかまた森の中を彷徨う事になるなんて……。


 泣きそう……。




 ◇ ◇ ◇




「そうか。こちらに来てまだ10日しか経っていないのか」

「まだ10日じゃなくて、もう10日だけどね。やっと外歩きができるくらいには回復して、今日は街の中を散策しようと歩いていたの」

「そこで私に捕まったわけか」

「そう、だね」


 相槌を打ちながらポシェットからジュースが入った瓶を取り出して口にするルリアネをルディスは興味があるのかじっと見つめた。


「どうしたの?」

「意外と手厚い庇護を受けているんだな」

「……」


 確かに。

 最初はやばかったけれど、ヴァレン様に保護されてからは生活に困った事がない。

 毎食必ず料理を用意してくれて、毎日お風呂にも入れて、着替えまで用意してくれている。


 それに今思えば、教会に私を預けて終わりだった筈なのに、何故か迎賓館に泊めてくれている状態。


 どういう意図があってそうしてくれているのかわからないけれど、今の私にそんな価値はあるのかな?


 空になったガラスの瓶を見つめたまま動かずにいるルリアネをルジストはつまらなそうに横目で見つつ、微精霊たちが運んでくる資料にまた目を通していく。


 一通りの資料に目を通し終わり、視線を再びルリアネに向けると、ルリアネの周りにいまだに集まり続ける微精霊たちにルジストは面白いと目を細めた。


「ルリアネ。ここで働く気はないか?」

「え?」


 突然の言葉に困惑の色を隠せないでいるルリアネにルジストはにやりと笑みを浮かべながら続ける。


「今更だが精霊が見える人間は貴重でな。その上微精霊まで見え、微精霊たちが好感を持つ人間は更に稀少な存在だ。ここで働くのなら衣食住は保証しよう」

「え?」


 それって住み込みで働けるって事だよね?


 というかそんなに精霊が見える人っていないの?

 普通に見えるんだけど。

 それに確かヴァレン様も初めて会った時、見えていたよね?


 それよりも住み込みでの仕事か。

 今の私にとっては好都合だよね。

 

「あの、仕事内容とか具体的に聞いてもいい?」




 ◇ ◇ ◇




 確かその流れだった筈なのに、どうしてこうなった?


 倒れた大木を跨ぎながらルリアネは、ルジストとのやりとりを思い出す。


『ああ。だが、まずはお前の力と適性があるのかを見極めさせてもらう。話はそれからだ』


 そう言い終わると同時に気が付くと私だけ森の中にいた。


 あっちから勧誘しておいて、この仕打ちは本当にどうかと思う。

 しかも、この森の嫌な雰囲気を私は知っている。


 まさか戻ってきたって事はないよね?


 だけど確証はないけれど、私の勘がこの森はクラヴィスの森だと告げている。

 もしそうなら最悪すぎるんですけど。


「それに試験ってどういう事だろう?」


 本人不在じゃ試験も何もないと思うんだけど。

 もしくは私が見えていないだけで、どこかから見ている?


 まあ何はともあれ、とりあえずこの森を抜けないと。

 聖女の結界内ならまだましだけれど、結界の外側ならまた死にかけるかもしれない。


 まだ日は高いけれど、魔獣は昼も活動するらしいから。

 それでも夜よりは力が少し弱まるみたいだけれど、やっぱり遭遇は避けたい。


 自身の勘に従い、ルリアネは極力音を立てないよう気をつけながら森の中を進んで行く。




◇ ◇ ◇




「ここって……」


 目の前に広がる見覚えのある光景に足を止める。


 勘を頼りに進んだ結果、辿り着いた場所はまさかの最初にこの世界に来た時の場所だった。


「どうして、この場所に……」


 ある意味勘は当たっていたけれど、まさかまたクラヴィスの森に来るなんて……。

 

 それになんでこの場所に辿り着いたの?


 予想外の事に戸惑うも、ゆっくりと荒れ果てた小さな池に近付く。

 この倒木の上にリティスが座っていたんだよね。


 池の上に倒れていた倒木を撫でつつ、池を見つめると、底から水が湧き出していた。


 じゃあ、これはただの池じゃなくて泉だったんだ。


 その事実を知った途端、背中に言い知れない悪寒が走った。


 その悪寒に両腕を抱えて耐える。


 どうしてだろう。

 何かが引っかかる。


 ぎゅっと手に力が入る。


 どれだけ経ったのだろうか。

 漸く悪寒が治り、その場に崩れるように座り込む。

 

 この世界に来てからずっと感じる違和感。

 これは何を示しているの?


 ゆっくりと深く深呼吸をする。


 とりあえず切り替えよう。

 今はこの森から生きて出ることが最優先。


 またあの魔獣に遭遇したら、次は助からないかもしれない。


 獅子猿。

 図書館にあった資料によると全身が黒い毛で覆われ、頭はライオンで胴体は猿の魔獣。

 獅子猿の武器は頭の角と鋭い牙に尻尾の先に付いている数枚の刃。

 そして倒木やそれを握り潰してできた木片などを投げつけるらしい。


 尻尾の刃は切り離して投げる事もできるって反則すぎるよ。

 しかもその刃は投げた後、数時間で再生するらしいし。


 でもあの時、私に傷を負わせたものは投げ付けられた木片だったのかな?


 どちらにせよ、よく生きてたな、私。


 何にせよ、また逃げ切れるかわからない以上、遭遇は避けないと。


 とりあえず、この場所に出たって事は何かある筈。


 この世界に来た時に背負っていたリュックとかは、獅子猿から逃げる時にすべて捨てちゃったから、さすがに見つからないよね。


 あとはそこの小さな泉だけだけれど、ちょっと汚いというかなんだろ?

 泉もだけれどその周辺の空気もなんか黒く淀んでいる様な不気味な感じがする。


 水は見た感じは普通の泉なのにどうしてだろう?とルリアネは戸惑いながらも泉の水に触れた。



「…………………」



 うーん、何も起きないね。


 ちゃぷちゃぷと水に何度も手をつけるも、やっぱり何も起きない。


 水はあらゆるものを写す鏡であり、その中でも水が湧き出る泉は別の世界へ繋がる扉って聞いたことがあったから、

 ひょっとしたらこの水に触れたら元の世界に戻れるかも?と思ったのに、やっぱり無理か。


 本当に元の世界に戻ることはできないのかな……。


 あの時は思わずルジストの前で大泣きしちゃったけれど、やっぱりまだ信じられない。

 

 ーーだから自分で探しに行こう。


 ぎゅっと握り締めた拳に力を入れる。


 その為にはこの世界中に拠点がある冒険者ギルドで働いた方が、今の私には都合がいいよね?


 それにしてもこの水、綺麗にならないかな?

 もっと清潔で綺麗かったら飲めたのに……。


 ずっと歩いてばかりだったから喉が渇いちゃったんだけれど。


「流石にこの水を飲んだらお腹は壊すよね。ほんと飲めるくらい綺麗にならないかな?」


 濡れた手を振って手から水気を飛ばして、立ち上がる。


 泉から少し離れて改めて周辺を確認すると、泉から湧き出た水が小さな小川となって流れていた。


 もしかしたら聖女の結界の境界線になっている川と繋がっているかな?

 そうだったらこの小川を辿って行けば安全域に入れるよね?


 なら急がないとと歩き出そうとした時だった。

 不快な臭いと共に後ろの木々の間から微かにガサリと何かが落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。


 すかさず鞄から空になった瓶を取り出し、音が聞こえた方に振り向くと、そこにいたに瓶を投げ付けた。




 ◇ ◇ ◇




「この先か」

「はい。この先に例の場所があります」

「そうか」


 鬱蒼とした森の中、道なき道を3人の人間と3頭の駈竜が辺りを警戒しつつ歩いていた。


「それにしても主君自ら聖女の結界の外側でもある森の奥にまで来て再調査なんて、本当何かあったんですか?」

「おそらく先日届いた書状の事だろう」

「……一体どんな内容だったんですか?もしかしてあの事件とも関係ある感じですか?」


 何も言わず先を歩く主君の後ろ姿に目をやりつつ、小声で話しかけてくる無駄に察しがいい部下に小さくため息を吐く。


 10日前に保護した少女。


 記憶がない上に彼女の事を知る者は調査した結果、周辺地域には誰1人として見つからなかった。


 それだけでも怪しいのに、主君は彼女を修道院や施設に預ける事はせず、あまつさえ自身が過ごす屋敷に彼女の部屋を用意し、時間が出来れば彼女の部屋を訪れる始末。


 彼女の世話役となった者も主君の対応にはじめは戸惑いを隠せずにいた。


 いくら彼女がに似ているにしても、これは異例の出来事だ。


 何にせよ、この先にあるを考えると気が重くなるな。




 ◇ ◇ ◇




 グルルルル


 低い唸り声と鋭い牙。

 長い立髪を逆立て威嚇の姿勢を見せる目の前の黒い獣から視線を逸らす事なく泉を背に対峙する。


 あの時、咄嗟に瓶を投げた事でなんとかこの距離を取れたけれど、ここからどうする?

 目の前の魔獣はきっと前回の様にはもう逃がしてくれない筈。


 素人のルリアネがわかるほどに目の前の獅子猿は殺気だっていた。

 

 まさか同じ個体相手にまた出会うなんて……。


 隻眼の獅子猿。


 そんなにこの魔獣は私を殺したいのかな?

 それともただこの周辺がこの魔獣のテリトリーだから?

 とりあえずこの魔獣を倒さないと、私には「死」しかない。


 私にできる?

 武器なんて何も持っていないこの状況で。


 極度の緊張と恐怖で身体が震える。


 初めて会った時は無我夢中で気にする余裕もなかったけれど、魔獣の独特な臭いに顔を顰めそうになる。


 この臭いをどう形容すればいいんだろう……。


 とにかく鼻に付く腐敗臭のような嫌な臭い。


 元の世界で野生動物と遭遇する機会が全くなかったから、この場合の対処法なんてテレビや動画で見たもの以外わからない。


 とりあえず背を向けず、視線を逸らさずにいるけれど、一歩でも動けばきっと襲いかかって来る。


 前は相手も初見だったから逃げられたけれど、今回は違う。


 一瞬でも隙を見せた途端ーー

 

「……え?」


 突然の衝撃と共に身体が宙に浮く感覚に襲われた直後、凄まじい水飛沫と共に身体中に強い衝撃と激痛が走る。


 ーー何が、起きたの?


 突然の出来事に思考が追いつかない。

 ただ視界が半分赤に染まる。

 両手の感覚が、ない。


 朦朧とする意識中、背中から伝わる木の感触と全身を濡らす水の感じから、やっと泉まで吹っ飛ばされたんだと理解できた。


 あまりの激痛に悶えつつ、顔を上げたルリアネは恐怖のあまり絶句した。


 嗤っている。


 獅子の顔をしたそれは口の端を吊り上げ、目を細めて不気味な嘲笑の笑みを浮かべていた。


 そのあまりの悍ましさと恐怖に無意識に身体震える。

 

 怖い。

 痛い。

 死にたくない。

 誰か……。


 誰か助けて……。


 頭の中でただこの言葉だけが渦巻く。


 たった1度の攻撃で大怪我を負い戦意が喪失したルリアネをただ獅子猿は嘲笑った。


 やはりこの人間はただの人間で脅威ではなかったと。

 

 ルリアネの身体から流れ出る血が泉から湧き出る水と混ざり合う。


 獅子猿の嘲笑の不気味な声を聞きながら、ルリアネは唯一感覚が残る唇を噛み締めた。


「……ふざ、けんな」


 腹の底から微かに出たルリアネの声に獅子猿は嘲笑が止む。

 唇に血を滲ませながら、ルリアネは曇りのない鋭い視線を獅子猿に向けた。


 やっと自立しようと動き出したところなのに。

 こんな意味のわからない場所でなんて死ねない。


 死にたくない。

 私は、生きたい。


 生きたいんだ。


 今にも途切れそうな意識の中、そう強く願った瞬間、泉からとてつもなく凄まじい光が放たれ、その光はルリアネと獅子猿を包み込んだ。


 眩い光の中、視界の端にあの人の姿が見えたけれど、私の意識はそこで途切れてしまった。




 ◇ ◇ ◇




「これは……」


 さっきの凄まじい光といい一体何が起きたんだ?

 連れている駈竜たちも臨戦態勢に入っている。


 光が発せられる直前に見えたあの魔獣は中型の獅子猿か?


「主君!あまり近付かれないでください!まだ安全確認ができるまでは……」


 目の前に広がる光景に森を進んでいた3人の男たちはただ立ち尽くした。

 

 林冠が途切れた空間。

 本来ならば禍々しい瘴気が蔓延して常人であれば立ち入る事ですらままならない場所の筈が、先ほどの凄まじい光によってか清々しい程の清らかな空間へと変貌していた。


 そして空からの日の光に照らされた泉の中に力なく座った状態の人影とその周りに残る赤い血の痕。

 人影の前には青色の輝く石が転がっていた。


 泉の中の人間の生死を確認すべく更に近付くと、その人物の顔が見えた途端、走り出していた。

 

 なぜ、彼女が此処に?


 彼女の傍まで来た時だった。

 突然の風により、舞い上がった落ち葉に視界が奪われた瞬間、白い衣を来た少年が彼女を抱えていた。


 その片方の手には輝きを放つ水色の石が握られている。


「どうやら、まだ覚醒には至らなかったか……」

「!貴方は……」


 唐突な少年の言葉に主君と呼ばれた青年が少年を睨み付ける。

 青年の不服が込められた声と表情に少年は一瞬きょとんとしたが、青年の顔を確認して何かを思い出したかのように少し目を見開いた。


「ああ、グラウデュースのガキか。久しいな。……どうやら、この娘の世話をしていたのはお前のようだな。だが、今回は私がこの娘は連れて行く」

「それはどう言う意味ですか?まさか貴方が彼女をこの森に連れて来たのですか?」

「そうだ。この娘の力を見極める為にな」

「その結果がこの有様だと?」


 未だ血に濡れたままの青白くなった彼女の顔を見る。

 呼吸はあるようだが、まだ一刻を争う状態の筈。

 不本意極まりないが、ここはこの少年に彼女を任せる他ない。


「もし死なせでもしたら、貴方の存在を抹消する」


 青年の言葉に少年は一瞬目を見開くと、その言葉を鼻で笑った。


「やってみろ」


 その言葉を残し、少年は姿を消した。

 もちろん彼女の姿もなく、その場に残されたのは清められた泉と血の痕。

 そして投げられ、飛散したガラスの瓶の破片が残った。


「主君、これからどうしますか?」

「この一帯を調査を終え次第、速やかにフィオレンティアへ帰還する」

「「は!」」




 ◇ ◇ ◇




 ゆっくりと瞼を開けると、たくさんの木の枝と葉、そして薄ピンク色の花と太い幹が目に入った。

 葉の隙間から差し込む光に目を細めていると傍から声が聞こえた。


「起きたか」

「……ちょっと殴っていいかな?」

「それは遠慮する」


 本当は身体のどこも動かせないほど、疲労感が凄いけれど、この悪びれる様子もなくこちら覗き込む可愛い顔をした少年の顔は本当に殴ってやりたい。


 睨み付ける私にはお構いなしに、ルジストは予め用意していたのか、水が入ったコップを手にすると、ゆっくりと例の如く私の身体を浮かしてくれて水を飲ませてくれた。


「……ねぇ、ルジスト。あれからどれくらい経ったの?」

「そうだな、3日は経ったところか?」

「アバウトだね」

「これでも精霊だからな。人間ほど時間には頓着しない」

「そか」


 今回は3日間か……。

 前回よりも短かくなっていてよかった。

 まだどこも動かせないけれど、痛みは感じないから、あの時みたいに傷は治っているのかな?

 

「えと……私の怪我って」

「心配するな。傷跡一つ残らず全て完治している」

「……ルジストが、治してくれたの?あの、魔獣はどうなった?」

「お前の傷はお前自身が治して、あの魔獣はお前が倒した。これがその証拠だ」


 ボトっとお腹の上に輝きを放つ綺麗な水色の石が落とされる。

 これは一体なんだろう?

 見た目はとても綺麗だけれど、あまりいい印象が待てない。


「これは?」

「あの魔獣の成れの果てだ。魔獣は瘴気が集結して結晶化した魔核から構成されていることは知っているか?」

「うん」

「これはその魔核が浄化され、禍々しい瘴気だけが消えて魔石化したものだ」

「魔石化?」

「そうだ。詳しい事はまた後にしよう。これ以上この空間にいるとかえって悪影響に及ぼすからな」

「悪影響?」


 ルジストの言葉が理解できず、ゆっくり視線を辺りに巡らせる。

 どうやら私は普通の部屋で眠っていたわけではなかったらしい。


「ここは、フィオレの間?」


 見に覚えのある大樹の根元付近に、まるで鳥の巣のような、赤ちゃんが使うクーファンのような物の中に寝かされていた。


「ああ。あまりにもお前の魔力枯渇の状態が深刻だったからな。マナが潤沢なこの場所なら現世うつしよよりは全てが早く回復するが、人間が長く居座り続けると人間ではなくなってしまうから、このまま移動するぞ」

「え?」


 何かさらっと怖い事言ったよね?この人。


 そんな私の心境を他所にまた一瞬で景色が変わった。

 ずっとあった浮遊感が消えてぽすりとベッドの上に降ろされる。ついでにルジストもベッドの端に座ったみたい。


「えと、ここは?」


 見た感じ6帖くらいの広さで、小さなテーブルと椅子、そして寝かされたベッドのみの質素な部屋。


 ここはもしかして……。


「冒険者ギルド内に用意したお前の部屋だ」

「私の、部屋?」

「そうだ。衣食住は保証すると約束したからな。お前の適性も問題ない。自由度が少ないギルド職員になるのか、どこへでも行ける冒険者になるのかはお前自身が決めるといい。ただどちらを選んでも、今回のような魔獣と対峙する事が増える上に、戦闘訓練や実戦経験を積む必要がある」

「……………」


 今回のような魔獣……。


 それを聞いてあの獅子猿の不気味な笑みを思い出す。


 あれは完全に愉しんでいる顔だった。


 グッと唇を噛み締める。

 

 怖かったけれど、何もできなかった自分が悔しかった。

 助かったけれど、どうやってあの窮地を乗り越えたのかがわからない事がもどかしい。


 私は、一体なんなのだろう……。


 森での事を思い出しているのか、目に涙を溜め、唇を噛み締めるルリアネにルジストはふっと溜め息を吐くと、ルリアネの額を指で弾いた。


「いた!」

「そんなに気にしすぎるな。お前がこの世界に来てまだ13日くらいしか経っていない。しかもその大半は気を失った状態か、今の様にまともに動けない状態で過ごしていたんだ。

 何もわからないのも、魔獣を前に何もできなくても、お前は悪くない」

「……ルジスト」


 ルジストの慰めの言葉に溜めていた涙が一筋流れた。


「やっぱり殴らせて」

「それは断る」


 ルリアネの怒りの矛先が再び向きつつあることを察知したルジストはベッドから離れ、部屋の扉へと向かう。


 そんな彼の様子を逃げたと思いながら、目で追っていると、ドアハンドルに手をかけた状態でこちらを振り向くと、空いていた手を向けられた。


「これは私からの報酬だ。好きに使うといい」


 ぽとりと目の前に落とされたのは月を彷彿とさせるような綺麗な石だった。


 これは何?と聞こうとするも、渡した本人は既に部屋を出て行ってしまっていた。


 (逃げたな)


 ふぅと溜め息を吐いて、ゆっくりと両手をあげて掌を握って、広げてを繰り返す。

 

 寝起きだったからなのか、フィオレの間から出た途端、身体にあった疲労感が少しずつだけれど、抜けてきている。

 これだとあと1日で普段通りに身体を動かせる様になるかもしれない。

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その終焉に手向けの花を Hatsuki @moka68

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